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697話 教頭先生は学園長になる

 結局お世話になっていた先生方にも買うことになり、金貨一枚という出費をしてしまいましたが、普段からあまりお金を使うことがないので丁度良かったのかもしれません。

 そんなことを考えながら歩いていると、あっという間にハールマナ魔法学園に到着しました。


 こうして入場の許可を得るのも久しぶりですね、と小さく笑いながら門番さんの方へと近寄っていくと、私達に気が付いた門番さんが声を掛けてくださいました。


「ん? あぁ! シルヴィ先生、お久しぶりです!」


「お久しぶりです。あれ以来、本業が忙しくて顔を出せずにすみません」


「いえいえ! 我々も復興だなんだと忙しくしていましたからお気になさらず! 今日は、お二人の復帰手続きですか?」


「いえ、今日は」


「あぁー! シルヴィ先生ー! お待ちしてましたよー!」


 私が答えるよりも早く、中庭の方から懐かしい声が聞こえてきました。

 そちらへ視線を向けると、今日も今日とて教職員としては露出が多めなエルフの女性――イルザさんがいらっしゃいました。


「イルザさん! お久しぶりです!」


「教頭先生こんにちはー!」


「こんにちは教頭先生!」


 にこやかな笑みを浮かべていたイルザさんでしたが、エミリ達の元気な挨拶を聞くと、何故か瞳を閉じて黙り込んでしまいました。

 もしかして、今の発言で何か気に触れてしまう事でもあったのでしょうか……?


「エミリさん、ティファニーさん」


「「は、はい」」


 緊張が走る私達に、イルザさんは腕を組むと。


「私はもう、教頭先生ではありません! 学園長先生と呼んでください!」


 得意げな顔で、そう宣言するのでした。


「えー!? イルザ先生、学園長先生になったの!?」


「凄いです凄いです! イルザ学園長先生です!」


「そうでしょうそうでしょう! みんなの学園長先生ですよ!」


「学園長になられたのですね。おめでとうございます」


「ふふっ! それもこれも、シルヴィ先生やシリア様のおかげですよ? 積もる話もありますし、早速場所を変えましょうか」


 イルザさんに続いて久しぶりの学園内を歩き、かつては入るのに許可が必要だった学園長室へと足を踏み入れます。

 内装もすっかり様変わりしていて、ややゴテゴテとしていた装飾品は一掃され、親しみのある自然をモチーフにした部屋に代わっていました。

 一方で、学園の長であることを証明するためにも、生徒達の活躍を誇るトロフィーや表彰状などが飾られた棚が壁一面に置かれています。


「さぁ皆さん、好きな席に座ってくださいね。今、お茶を淹れますので」


「お菓子もある!?」


「もちろんありますよ~。エミリさんの大好きな……じゃじゃ~ん! ミートパイサブレです!」


「わあぁぁぁっ!!」


「ティファニーさんは……こちら! フラワージャムクッキーです!」


「ありがとうございます、イルザ先生!!」


 席に着いた二人の前にお茶を出しながら、お菓子を差し出すイルザさん。

 二人は先ほどアイスを食べたばかりだというのに、嬉々としてお菓子を手に取って食べ始めてしまいます。


「エミリ、ティファニー。あまり食べてはお昼が食べられなくなりますので、三個までにしてくださいね」


「「はーい!」」


「ふふっ。シルヴィ先生はいいお母さんになりそうですね~」


「そうでしょうか」


「えぇ! 優しくてしっかりしたお母さんになれると思いますよ~」


 イルザさんはそう言いながら反対側へ座り、話題を切り替えて話を続けました。


「シルヴィ先生達が魔術師絡みの人達を追い出してくださってから、学園は毎日バタバタしてましたよ。学園長以外にも結構いたみたいで、教職員の三割くらいが急に抜けたものだからもう大変で大変で!」


「そんなにいらっしゃったのですか?」


「そうなんですよ~。シルヴィ先生は覚えてるか分かりませんけど、歴史科のティリス先生も魔術師だったみたいで、あの日以来一度も顔を見ていないんです。はぁ~……個人的に、ティリス先生とは仲が良かったので凄く残念です」


 ティリス先生は誰でしたか……と頭の中で思い浮かべて、職員室でのやり取りの一コマを思い出しました。

 そうです。確か、上下共にダボっとしたジャージを着ている体育科の男性に対して、冷たく当たっていた眼鏡の女性だったはずです。


「あの方も魔術師だったのですね……。全く分かりませんでした」


「彼女達も長いこと身分を隠していますからね~。分からなかったのも無理はありません。私も分かりませんでしたから」


 そう言いはするものの、やはりショックだったらしく肩を落としてしまうイルザさん。

 慰めるために買って来た物ではありませんが、タイミングとしては悪くありませんし、ジェラートを渡すことにしましょうか。


「イルザさん。気分転換にジェラートでもいかがですか? エミリ達に教えていただいた、好評のお店の物なのですが」


「ジェラートですか? ――まぁ! これ、子ども達に人気のお店のジェラートではありませんか!!」


「やはりご存じでしたか」


「それはもう! 先生方もお好きな方が多かったので、よく覚えていますよ~! こんなに用意していただいちゃってすみません」


「いえいえ。エミリ達がお世話になったのもありますし、私個人としても先生方にはお世話になりましたから」


「ふふっ、シルヴィ先生は真面目ですね~。ですがこちらは、お話が終わったらいただきましょう! まだ何人かはシルヴィ先生もご存じの方がいらっしゃると思いますし、ご挨拶がてらにお渡ししに行きましょうね」


「分かりました。では……」


 私は早速、本題について話を進めることにしました。

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