696話 義妹達は甘いものが好き
約一週間ほど経った、星の日の午前。
今日はハールマナ魔法学園と魔法省の都合が付いた日です。
久しぶりの教師用服を身に纏った私は、エミリとティファニーを連れてラヴィリスへと訪れていました。
「わぁ~! 久しぶりのラヴィリスだぁ!!」
「お母様お母様! 見てください! あそこでお友達とお買い物をしたのです!!」
久しぶりのラヴィリスの街に大興奮の二人を微笑ましく見ながら、私達はゆっくりとハールマナ魔法学園へと向かいます。
エミリ達は私の知らないところで、お友達との学生生活をしっかり楽しめていたようで、エミリ達の制服などを買った大型商業施設でウィンドウショッピングをした話や、大通りから少し外れた場所に美味しいアイス屋さんがある話などを、嬉々として私に教えてくれました。
「本当に、二人は学校が楽しかったのですね」
「うん!!」「はい!!」
声を揃えて満面の笑顔を見せてくれる二人を撫でた私は、時間にも余裕があることから、美味しかったと教えてくれたアイス屋さんへ寄り道をすることにしました。
大通りから通りを一本挟んだ奥にある、小さな広場。そこでは、目的のアイス屋さんが小さな屋台を構えていて、お客さんを相手にせっせとアイスを盛り付けては手渡していました。
「あれだよお姉ちゃん! ジェラート、ってアイスなの!」
「ジェラートですか」
「はい! 苺や葡萄、バナナやハチミツなど様々なレパートリーが置いてありまして、どれもほっぺが落ちてしまいそうなほどに美味しいアイスでした……!」
その頃の味を思い出し、うっとりとし始めるティファニー。
シリア様の仰る通り、お友達との交流のためにお小遣いを渡しておいて正解でしたね。と笑いながら、私達も屋台へと足を向けます。
列に並ぶも、店員さんの手際がいいのか、思っていたほど待ち時間も無く、あっという間に私達の順番がやってきました。
「はい、いらっしゃい! お嬢ちゃん達、どれにする? 今日はマンゴーがオススメだよ!」
「マンゴーですか。こちらではあまり見ないフルーツですね」
「うちは独自の仕入れルートがあるからね。いつでもお客さんの要望に応えられるよう、年中仕入れられるのさ!」
「それは凄いですね。では、私はマンゴーをいただこうと思います。エミリとティファニーはどうしますか?」
「ん? エミリとティファニー……」
私が口にした二人の名前が引っかかったのか、店員の男性はメニューを見て相談しあっている二人へ視線を向けます。
すると、自己解決したとでも言うかのように手を打ち、愛想のいい笑みを浮かべて二人へ声を掛けてきました。
「おぉ! ハールマナの生徒さんじゃないか! 随分と久しぶりだなぁ!」
「あ、おじさん! こんにちはー!」
「ご無沙汰してます!」
「エミリとティファニーは、こちらの方を知っているのですか?」
「うん! いつもじゃないけど、お姉さんと交代でお店で働いてるおじさんだよ!」
「ティファニー達を可愛いと褒めてくださって、アイスをおまけしてくださったのです!」
「そうだったのですか。親切にしていただいて、ありがとうございます」
「いやいや! ハールマナの生徒さん達には良く来てもらってるんで、ついサービスしちゃうだけですよ! 中でもそっちの二人は、人間じゃないからってことで印象深くてね」
シリア様の話によると、人間領では種族差別があるとのことでしたが、この方の話を聞く限りでは、この地域ではそんなに目立った差別は無さそうに思えます。
エミリ達からも差別やイジメなどは受けていないと聞いてはいましたが、私を心配させまいと隠しているのではと気になってはいたので、少し安心することができました。
「ってな訳でお姉さん! 日頃の感謝を込めて、うちのアイスをたくさん買ってってくれると嬉しいんですがね!」
「ふふっ。では、学園のクラスメイトの子達の分もいただきましょうか」
「おっ! そんなに買ってくれるとはありがたい! エミリちゃん達のクラスは二十人くらいだったかな……今準備しますんで、ちょっとお時間貰います! ああっといけねぇ、エミリちゃんとティファニーちゃんは、何にするんだい?」
「わたしはリンゴ!」
「ティファニーはバナナでお願いします!」
「あいよ! それじゃあお姉さん。先に今食べる分を渡すんで、あそこで待っていてもらえますか?」
「分かりました」
店員の男性からジェラートを三つ受け取り、ベンチに腰掛けて早速いただきます。
オレンジ色のジェラートを一口頬張ると、とても濃厚な味わいと、やや強めの甘味が舌の上に広がっていきました。
九月も半ばではありますが、まだまだ蒸す日が続いていますし、こうした時期に食べるアイスは格別です。
「ん~!! おいしー!!」
「エミリエミリ! 分けっこしませんか!?」
「するする! はい、あーん!」
「あーん……んぅ~! リンゴも爽やかで美味しいです! ではエミリ、あーん!」
「あーむっ……うん! バナナもおいしー!」
微笑ましいやり取りを見ていた私へ、今度は二人からスプーンを差し出されました。
「お姉ちゃんもどうぞ!」
「お母様! ぜひバナナを食べてみてください!」
「で、ではバナナからいただきましょうか」
「はいっ!」
嬉しそうなティファニーに一口食べさせてもらうと、まったりとした甘味とバナナの風味が広がっていきます。
ですが、先にバナナを選んだのは失敗だった気がします。マンゴーで既に甘くなっていた口の中に、さらに甘いバナナが加わったせいで、マンゴーの甘味の強さに負けてしまっています。
「とても美味しいです。マンゴーもそうですが、バナナもとても甘くていいですね」
「そうなのです! このバナナの美味しさがぎゅっと詰められたジェラートを食べた時から、ティファニーはもうすっかり虜なのです……!」
「お姉ちゃん! こっちも食べてみて!」
「ふふ、分かっていますよエミリ。では……」
エミリからも一口もらった瞬間、リンゴの爽やかな甘みが鼻を着き抜けました。
これはリンゴが大正解かもしれません。別にマンゴーやバナナが美味しくないという訳では無いのですが、このジェラートとリンゴの相性が抜群に良く、清涼感のある味わいになっているのです。
「どう!?」
「私もリンゴの方が好きかもしれません。さっぱりした甘さがとても丁度いいです」
「えへへ! お姉ちゃんのマンゴーも一口もらっていい?」
「もちろんですよ。はい、あーん」
「あ~ん……んわぁ! すっごい甘い! 甘くてほっぺがビリビリする!」
「お母様お母様! ティファニーにも一口ください!」
「はい。ティファニーも、あーん」
「あーん……んんぅ!! 甘いです! ティファニーのバナナよりもずっとずっと甘いです!」
「でもおいしー!」
「お母様、もう一口だけ!」
「分かりました。はい、あーん」
私から食べさせてもらったティファニーは、マンゴーの甘さに悶えながらも、エミリに向けて勝ち誇った顔を向けました。
別に勝ち誇るようなことでは無いのですが……と思ってしまいますが、私のことになると競争し始めてしまうエミリは、簡単に挑発に乗ってしまいます。
「あぁー!? ティファニーばかりずるい! わたしも食べたいー!!」
「順番ですよエミリ。はい、エミリもあーん」
甘いものが大好きな二人が競い合うように私からジェラートを強請り続けた結果、私が食べたのは三分の一程度になってしまったのですが、可愛らしい二人を見れたので良しとすることにしました。




