689話 魔女様は演説する・後編
壮年の男性がステージへ上がって来ると、ようやくその男性が誰であるのか理解することができました。
「あなたは……エイバンさん、で良かったでしょうか」
「あぁ。覚えていたのか」
「はい。初めて参加した技練祭で、決勝に進出されていた方でしたから」
私の記憶違いでなければ、彼の二つ名は【土塊の魔導士】だったはずです。
技練祭の後でアーデルハイトさんから聞いた話では、彼は大魔導士ではないとのことでしたが、その実力は既に歴代の大魔導士に並んでいるほどであるそうです。
大魔導士になるにも様々な条件があるそうですし、そのいずれかを達成できていないのだとは思いますが、それを抜きにしてもかなりの実力者に間違いありません。
私の後ろで、レナさんが小さく「あの時の渋おじ……!」と感嘆の声を漏らすのを聞きながら、私はエイバンさんへお礼を述べます。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。同じ魔導を志す者として、当然のことをしたまでだ。それはそうと、今の話で俺からも皆に言いたいことがあるのだが、構わないか?」
「え、はい。大丈夫です」
拡声器を手渡して数歩下がる私と入れ替わりで、エイバンさんが前へと出ます。
「お前達に今一度問おう。お前達は、何故魔女になった? 力を誇示するためか? 安寧を得るためか? 否、違うはずだ。お前達は皆、“魔を以て人を導く”ために魔女になったのではないのか? そうではないと言う者は、一刻も早くこの場から去れ。ここはお前のいるべき場所では無いからだ」
エイバンさんの問いかけに対し、誰も席を立とうとはしませんでした。
それを見たエイバンさんは、さらに続けます。
「ここに残っていると言う事は、お前達の中には我らが神祖シリア様の教えがあるのだろう。その上で、俺はお前達に問いたい。“魔導を極める同胞”には、我らが神祖は含まれないのか?」
その言葉だけで、私は彼が何を考えているのか。そして、何を言いたいのか察してしまいました。
「我らが神祖だろうと、【魔の女神】だろうと、かつては我らと同じ道を歩んでいた同胞だ。その同胞が過ちを起こしてしまい、世界の崩壊という名目でその命を狙われているのだ。お前達は、目の前で同胞が殺されるのをただ見ているだけと言うのか? それが、“魔を以て人を導く”者の正しい在り方なのか?」
ふと、自分の頬に涙が伝っていることに気が付きました。
それはとめどなく溢れ続け、私の視界を歪ませます。
「ちょ、ちょっとシルヴィ! 大丈夫!?」
「大丈夫です……。嬉しくて、心が温かくて、感極まってしまっただけで……」
シリア様。あなたにぜひ、この演説を聞いていただきたいです。
あなたの魔導の教えは、二千年の時を経てもなお、正しく生き続けていました。
そして、人と神ではなく、同じ魔導を極めんとする同胞として、寄り添おうとしてくださっています。
守り、守られる。導き、導かれる。そんな一方的な関係ではなく、互いに手を取りあえる関係であろうとしてくださっているのです。
想われているのはシリア様のはずなのに、まるで自分に手を差し伸べられているようにも感じられ、涙が止まらなくなります。
「俺達個人の力は微々たるものだ。それこそ、シリア様や【始原の魔女】のお方々、後ろの【慈愛の魔女】には遠く及ばないだろう。それでも、同じ道を歩む者として、この世界に生きる人として、彼女達の助けになることはできるのではないか? それが、魔導であり魔女という生き方なのでは無いのか?」
その問いかけを最後に、議事堂内が静寂に包まれます。
ですが、それから数秒と経たない内に、議事堂内は爆発的な拍手に満ち溢れました。
「いいわよーエイバン!!」
「シリア様だって同じ同胞なんだ! 俺達も協力するべきだろう!!」
「シルヴィちゃーん!! いくらでも協力するからなー!!」
「何でも命令してー!! むしろ、命令してくださーい!!」
「シリア様に恩返しするチャンスだぞお前らー!!」
「「うおおおおおおおおお!!!」」
「皆さん……!」
鼓膜がビリビリするほどの拍手喝采の中、私達に向けられる言葉の数々に、またしても涙が込み上げてきてしまいます。
泣きじゃくる私の背中を、レナさんが優しく擦ってくれているところへ、エイバンさんから声を掛けられました。
「足並みは揃えさせた。あとはお前達の言葉で伝えてやれ」
「ありがとうエイバン。本当に助かったわ」
「俺自身も、昨今の魔導連合の在り方に違和感を感じていたところだからな、丁度良かっただけだ」
「本当に、ありがとうございました。エイバンさん……」
まだ泣き止むことができずにいる私の肩をポンと叩いたエイバンさんは、そのままステージから降りていってしまいます。
ここまでしていただけたのです。あとは私達で、協力してくれそうになっている流れを掴まなければ……!
「皆さん、本当にありがとうございます……! 改めて、不出来な私達に、どうか力を貸していただけないでしょうか!?」
「当然だぜシルヴィちゃんー!!」
「泣かないでー!!」
「いくらでも頼ってくれー!!」
「レナちゃーん! 俺達はレナちゃん達の味方だからなー!!」
「ありがとー!! 頼りにしてるわー!!」
「「うおおおおおおおおお!!!」」
明るいレナさんの返答に、議事堂内が一層盛り上がります。
私も、いつまでも泣いていないで笑顔のひとつくらい見せなくてはいけません。
「ありがとうございます、皆さん! どうか、よろしくお願いします!!」
深く頭を下げ、涙の跡も乾かないままに笑顔を浮かべて見せた後の盛り上がりは、鼓膜が無くなってしまうのではないかと錯覚してしまうほどでした。




