688話 魔女様は演説する・中編
「【魔の女神】にして始祖であるシリア様について、皆さんがどれだけご存じか分からないので、改めて私から、シリア様のご経歴を説明させていただきます」
ハールマナ魔法学園に入学したシリア様が、僅か五年と言う例を見ない飛び級を繰り返して卒業したこと。
シリア様が【始原の魔女】を集めたのではなく、【始原の魔女】に認められて仲間入りを果たしていたこと。
【偉才の魔女】としてかつての勇者一行と共に旅をし、魔王を討ったこと。
ここまで話し終えると、先ほどの男性は困惑しながら私へ問いかけてきました。
「私もそれなりに長い時を生きてきたつもりだったが、そんな歴史は聞いたことがない……。それに、勇者一行にシリア様が肩を並べられていたなど、どの文献にも書いていない話だ。だが、【始原の魔女】はシリア様が神祖となる以前から存在していたと言うのは正しい。シルヴィくん、君は一体何を知っているのだ? いや、今思い返せば、君を魔女として認めたのもシリア様だったはず。君は、何者なんだ……?」
「何者、ですか」
これに対して、私が持ち合わせている答えは一つだけです。
それを答えるにあたり、この先に説明する予定であった世界の歪みについても触れることもできるので、最適解である気はします。
ですが、答えてしまったが最後。
今までのように、私を“一人の魔女”として見ていただけなくなる可能性もあります。
かつてのシリア様のように、敬意と共に恐れられたり、距離を置かなくてはいけない存在と思われてしまうかもしれません。
話を先に進めるためには、私の素性を明かさなくてはならない。
その先にある不安が私を包み込み、言葉を詰まらせます。
そんな私をお尻を、レナさんが軽く叩いて来ました。
「レナさん?」
「大丈夫よシルヴィ。他の人が距離を取っても、シルヴィにはあたし達がいるじゃない。怖がることなんて無いわ」
そうでしょ? とウィンクを作るレナさん。
その言葉を受けた私の心が、急激に晴れていくのを感じました。
そうです。私は一人では無いのです。
それならば、何も怖がることなんてありません。
「ありがとうございます。おかげで覚悟が固まりました」
「じゃあ、みんなに言ってやりなさい」
レナさんに力強く頷き、議席に着いている皆さんを見ながら口を開きます。
「私の名前は、シルヴィ=グランディアと言います。シリア様が政権を引き継いだ新生グランディア王家の生まれであり、グランディア王家の最後の生き残りです。そして――」
そこで言葉を切り、シリア様の髪型を模すためにハーフアップの髪を解き、前髪も払います。
隠れていた深紅色の瞳に合わせるべく、神力を発動させて両眼の色を統一させた私は、その瞳で皆さんを見渡しながら告げました。
「シリア様の先祖返りとして生を受け、この身にシリア様の魔女としての力と、神としての力を宿している魔女です」
私の告白に、当然ながら議事堂内は騒然となりました。
私の言葉から、「グランディアってことは、シルヴィちゃんは王女様ってことなのか!?」「待って、グランディアの最後の生き残りってどういう事!?」と、王家であるグランディアへの困惑を示す方々。
私の見た目から、「似てる気はしていたが、まさか本当にシリア様の生まれ変わりなのか」「シリア様の魔力を継いでるのは血筋ってことで分かるけど、神力を継いでいるってなんで? そんなことあり得るの?」と、シリア様との繋がりに混乱する方々など、様々な反応が見受けられています。
そんな皆さんの混乱を治めるべく、私は拡声器を手に、再び声を上げます。
「皆さんの混乱はよく分かります。これから一つずつ、その混乱を解いていけるようお話させていただきますので、一旦私の話を聞いていただけませんでしょうか」
若干声量を強めたおかげか、このシリア様を模している見た目のおかげかは分かりませんが、思いの外、議事堂内が静けさを取り戻すまでに時間はかかりませんでした。
その様子を見ながらいつもの自分の髪型を作り直し、神力の発動も解いた私は、改めて【慈愛の魔女】として口を開きます。
「それでは、まずは王家の歴史から説明させていただきます」
☆★☆★☆★☆★☆
かつての王家の話、十五年前のソラリア様による襲撃の話、一人幽閉されることで匿われていた私の話を終え、一息つくためにレナさんからいただいた水筒で喉を潤します。
「……ここまでで、質問がある方はいらっしゃいますか?」
確認を込めてそう聞いてみるも、挙手をする方はいらっしゃいません。
また、皆さん総じて難しい顔をしていらっしゃる辺り、やはり現時点では真実を受け止めきれていないように見えます。
ですが、ここで話を中断して時間を無駄にすることもできないのです。
「では、続けて私についてももう少し詳しくお話させていただきます」
「いや、もういい」
「え?」
私の言葉を遮るように、一人の男性が立ち上がりました。
彼はそのまま、まっすぐに私を見据えながら続けます。
「要は、神祖様を始めとしたグランディア王家と、そのソラリアって神様のケンカに世界が巻き込まれてるってことだろ? 俺達、何の関係も無いだろ」
「それは、そうかもしれません。ですが」
「ですがも何もねぇよ。何でこんな訳の分からないケンカに、俺達の存続が賭けられてるんだよ? お前の言う通り、神祖様が魔術師の立場を潰したのがきっかけかもしれねぇし、そのグランディア王家に恨みを持ってるソラリア様が、最後の生き残りであるお前を殺したがってるのかもしれねぇけど、俺達は関係ないだろ?」
「……仰る通りだと思います。ですが、ここで何もしなければ、私達は世界と共に消されて」
「知らねぇよ!! だから、何でそんなことに俺達を巻き込むんだって言ってんだよ!!」
突然怒号を上げた彼に、私は身を竦めてしまいました。
彼は私に構わず、そのまま議事堂から立ち去ろうと背中を向けてしまいます。
「ケンカがしたいなら好きにしろ。だが、無関係な俺達や他の人間達を巻き込むな。迷惑だ」
……彼のその反応に、返す言葉がありません。
彼の言う通り、「平和だった世界は三月下旬に終わります。死にたくなければ協力してください」と、一方的に要求を突き付けられているような物だと分かってしまっているからです。
レナさんも何か言いたげにしていましたが、彼女も同様に言葉が見つからないらしく、もどかしそうにしながら顔を伏せてしまっていました。
そして、退室しようとする彼に続き、他の魔女の方々も同じように席を外そうとしてしまいます。
やはり、私なんかの言葉では信用を勝ち取ることはできないのでしょうか。
申し訳ありませんシリア様。一番協力していただきたかった魔導連合での交渉は、決裂してしまい――。
「待て」
「ふごっ!?」
悔しさで視界が潤み始めていた私の耳に、低音の男性の声と何かを殴りつけるような音、そして先ほどの男性の悲鳴が聞こえてきました。
「いってぇ……! 何すんだテメェ――あっ、おい!!」
顔を上げると、顔を殴られてしまっていたらしい男性から、煌めくバッジを取り上げている壮年の男性がいるのが見えました。彼の手にしているそのバッジは、魔導連合に所属する者を証明するバッジです。
「貴様の振る舞いは、魔導の道から外れている。故に、この場から去りたいのであれば、ここで魔導連合を脱退することを宣言してからにしろ」
「はぁ!? っざけんなよ!? 俺は何も間違ったことは言ってねぇだろ!?」
「そうか。ならば今すぐ、この場から立ち去れ。そして、二度とこの魔導連合の門を潜るな」
「だから何でだ――」
何でだよ。そう言おうとしたであろう彼の言葉は、彼の両脇に落下した岩塊によって、その先を口にすることはありませんでした。
「魔導の心得その五。魔道を極める同胞に困難が襲い掛かりし時には、互いに協力して困難に立ち向かえ。こんな基礎も忘れるような若造が、魔導の道を歩めると思うな!!」
壮年の男性は彼を始めとした、席を立っていた方々にも向けてそう一喝すると、そのまま私達がいるステージの方へと歩みを進めてきました。




