30話 魔女様と異世界人は友達になる
ゆっくりとした時間の中で、レナがシルヴィに大事な話を始めます。
その話を受けたシルヴィは、彼女への想いが変わっていくのを感じ……
フローリア様に放り込まれたお湯から少し離れたとこにある湯に浸かり、若干滑り気のあるお湯を指の先から流して、静かなお風呂を楽しみます。
思えば、こうして一人でお風呂に入るのはいつぶりでしょうか。
シリア様が現れてからは毎日シリア様と入っていましたし、エミリが来てからはエミリも一緒でした。時折フローリア様と入ることがあったものの、よくよく考えたら塔での生活以来かもしれません。
静かなお風呂……。どうしても色々と思い出してしまいそうですね。
塔を出てから三カ月ほど。そう、あの虚無の日々から逃げ出せて、まだたったの三ヶ月しか経っていないのです。それでも、その三ヶ月はあまりにも色々ありすぎて、私の人生の中で特に鮮やかな時間だったと思います。
続けて、今日の模擬戦を思い出します。
レナさんと勝ち進み、エルフォニアさんと全力でぶつかり合って、アーデルハイトさん達に惜しくも勝てませんでしたが、とても楽しくて思い出に残りそうな一日でした。
その中でも、一番印象的だったのはやっぱりレナさんの存在です。
これまではレナさんに対して強く感情を抱くことはなかったのですが、エルフォニアさんと戦っていた時、レナさんを護りたいと心から思った時に口に出た言葉が“友達”でした。
大事な友達を護りたい。
そう強く思った時に、もう限界だったはずの体が軽くなって、戦う勇気と力を貰えた気がします。
友達……。
なんだか不思議な気持ちです。友達、と繰り返し呟くだけで心が温かくなる感じがします。
「なーに一人で友達友達とか言ってんの?」
頭上から聞こえた声に顔を向けると、私を覗き込むようにレナさんが立っていました。
い、今までの独り言を、全部聞かれてしまっていたのでしょうか……!
途端に恥ずかしくなり、顔を隠すように口元まで湯船に浸かります。
そんな私を笑いながら、レナさんが隣に入ってきて気持ちよさそうな声を上げました。
「あ~……。露天風呂っていいわよね。外の夜風とお湯の温度が心地よくて、すっごいリラックスできるし」
「そ、そうですね」
「なに照れてるのよ。別にシルヴィが変なこと言ってたって気にしないわよ」
「やっぱり聞かれていましたか……」
「まぁね~。ねぇ、ちょっとあたしの話をしてもいい?」
「お話ですか?」
レナさんは夜空に広がる星を見上げながら、静かに話始めました。
「あたしね、こっちに来る前まで友達っていなかったんだ。いや、いないって言うと嘘になるけど、本当に友達って言えるような、心を許せる人はいなかったの」
「あたしの世界ってさ、良くも悪くも他の人に無関心なのよね。何かしてもらっても素っ気ない反応する人がほとんどだし、道端で転んだ人がいても無視されるのが普通でね? 仕事しててもそれは同じで、同じ職場で働いてるから話すってだけで、仕事先から一歩出たらもう他人なの」
「小さい頃から遊んでた子はいたけど、お互い働くようになってだんだん疎遠になって、最後は一年に一回連絡するかしないかくらいになっちゃって。それってもう、友達って言えるのかなって色々思っててね」
レナさんは何でもないように淡々と話していますが、声のトーンからいつもとは違う雰囲気を感じ、私は何も言わずに彼女の話に耳を傾け続けます。
「家でもあたしは家族に嫌われてたから、学校出てからずっと一人で暮らしてた。あたしの居場所なんてどこにも無くて、生きるのに精いっぱいだったから恋なんてする余裕もなくて、ずっと独りだった」
「でもあたしってこんな性格だから、上辺だけは誰とでも仲良くやってるように見えちゃうんだよね。学校でも会社でも、誰かが作った仲良しグループに入って、楽しそうに付き合う。それがあたしだったの」
「だからフローリアに連れてこられたこの世界で、シルヴィやシリア、エミリと成り行きで生活することになったけど、あたしは自然と昔と同じことをしようとしてた」
「でもね? 今日、シルヴィと一緒にエルフォニアと戦って、それは間違いなんだってようやく分かった」
そこで一度言葉を切ったレナさんは、真っ直ぐに私を見ながら、今まで見たことないような優しい顔で微笑みました。
「シルヴィは、本気であたしを大事に思ってくれてた。友達だからってだけであんなに苦しい思いまでするシルヴィが、あたしは最初は分からなかった。でも、シルヴィがあたしを心の底から信じてくれてて、自分だって苦しいのに安心させようと笑った顔を見て、あたしは今まで、誰かを信じるってことをしたことが無かったんだって気が付いたの」
レナさんは小さく水音を立てながら距離を詰め、私の体をふわりと抱きしめてきました。
「ありがとう、シルヴィ。あたしを友達だと言ってくれて。あたしを信じてくれて、ありがとう」
「……いいえ。私こそ、私の初めての友達になってくださって、ありがとうございます」
彼女の背中を、優しく抱き返します。いつも明るく堂々と振る舞い、誰に対しても強気で接するレナさんですが、今はとても小さく、弱々しく感じました。
しばらく抱き合っていると、唐突にレナさんに二の腕や脇腹、そして少し遠慮がちに胸を触られました。
「シルヴィって、温かくて柔らかいわね。フローリアじゃないけど、これはずっと抱いていたくなるわ」
「このままレナさんを抱き上げて、フローリア様にお渡ししてもいいのですよ?」
「あははっ、それは困るから離れておくわ」
すっとレナさんが離れ、お茶目に笑います。その顔にはもうさっきまでの弱さはなく、そこにはいつものレナさんに戻っていました。
その後はエミリとはしゃいでたフローリア様が足を滑らせて頭を打ち、介抱したりと色々ありましたが、部屋に戻ってきた私達は明日も早いこともあり、早々に就寝することにしました。
私はいつも通りエミリと一緒にベッドに潜り、可愛らしい寝息を立て始めたエミリの頭を撫でながら、先ほどのレナさんの話を思い出します。
私とは違う意味で孤独だったレナさん。誰かは傍にはいるけど信じてもらえず、自分からも信じることが出来ないというのは、苦しい物だと推測が出来ます。ましてや、家族にも心が開けないというのは尚更なのでしょう。
その点を見ると、エミリにも似たような境遇を見てしまいます。彼女も彼女で親に捨てられ、一人だけ種族の違う村で肩身の狭い暮らしを強いられていました。唯一の救いは、理解者である方が傍にいてくださったことでしょうか。
「……私達は皆、似た者同士なのかもしれませんね」
静まり返った部屋で、一人小さく呟きます。
私の呟きに答える声はなく、腕の中でエミリがもぞもぞと動き、幸せそうな表情を私に見せてきました。
「んん……。お姉ちゃん、だぁい好き……」
「ふふ。私も、エミリのことが大好きですよ」
可愛い妹に優しく微笑み、だいぶ重くなってきた瞼を閉じて眠りにつきます。
『……妾達は似た者同士、か。言い得て妙じゃのぅ』
私達の間で丸くなっているシリア様が何か仰っていたような気がしましたが、気にするよりも先に私の意識が途切れました。




