676話 魔女様は武器に認められる
それから間もなくして、私達は隠されていた宝物庫の前へと案内されました。
「さぁ、見て驚くといいですよ! リィンが千年近く集め続けたコレクションの山を!!」
そう高らかに宣言した彼女は、勢い良くその扉を押し開きました。
その中に広がっていた光景に、私は声を失ってしまいます。
「す、すっっっっっっげええええええ!!! マジの宝の山だ!!!」
「一人でこんなに集められるものなんだな。目が痛くなりそうだ」
「圧巻の光景」
「武器もお金も山積みよ!! 凄ーい!!」
歓喜の声を上げる彼らの言う通り、宝物庫の内側はその名に恥じない金銀財宝を眠らせていました。
無造作に散りばめられた金貨の山や、雑に扱われている宝飾品の他にも、魔学的観点としての価値も高そうな魔道具の品々や武具などが数え切れないほど取り揃えられています。
「ほぅ! こんな物まで揃えておったか!!」
机の上に飾られていた腕輪を手にしたシリア様へ、リィンさんが得意気に答えます。
「それは他所のダンジョンで下調べをしてた時に拾ったものです! あらゆる攻撃を五回まで跳ね返す魔道具ですが、リィンには不要なのでそこに置いておきました!」
「それ凄くない!? ちょっと欲しくなっちゃう!!」
「ならこれにしますか? この中から一個だけしか持ち帰れませんけど」
「うっ……待って、もう少し見て回らせて!」
強く興味を惹かれたテオドラさんでしたが、ひとり一個までというルールを聞くと、パタパタと他の場所へと向かって行きました。
そんな彼女を笑いながら、シリア様はリィンさんへ問い掛けます。
「して、例の杖はどこじゃ?」
「こっちです」
リィンさんに続いて煌びやかな室内を進むと、一箇所だけ明らかに異質な場所に案内されました。
そこは、飾られているそれの周囲に何者も寄せ付けないかのように、一定の空間を設けられています。
「これが……」
「はい。古代兵器のひとつ、“黎明の杖”です」
その杖の見た目は、純白の杖に金色の装飾が絡みつくように施されています。
さらに、杖先には白く透き通った魔導石が着けられているのですが、その魔導石を見つめているだけで吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えます。
武具の価値が分からない私から見ても、直感的にとてつもない逸品であることが伺えるそれへ、シリア様はボソリと零しました。
「これは古代兵器などでは無い」
「え?」
まさかの否定的な言葉に反応した私に、シリア様は真剣な表情で告げました。
「これは大神様が聖戦の際に作られたものじゃ。言うなれば、悪魔を滅するために作られた神創兵器と言えよう」
「神創兵器……」
「リィンよ、これをチコも認めておると言ったな。あ奴はこの杖を触って確かめたのか?」
「いえ、触ってません。正確には触れなかったんです」
「じゃろうな」
答えが分かっていたようにそう言ったシリア様は、杖を手にしようとゆっくり腕を上げましたが――。
「きゃあ!?」
「シリア様!?」
杖まであと十センチほどに迫ったところで激しく弾かれ、シリア様の右手が半分ほど消失しました!
シリア様は若干顔をしかめていらっしゃいましたが、右手を数度振り、魔力で再生させながら私達へ言いました。
「……このように、神力を持たぬ者は触れることすら叶わん。故に、神のみに扱える神の為の武器と呼ばれておる訳じゃ」
「で、ですがシリア様! チコ様はこれを古代兵器と」
「人の目では古代兵器と神創兵器の区別はつかん。ましてや、古代兵器の中にも使い手を選ぶ物があるからの。自分は古代兵器に選ばれなかったと判断したのじゃろうよ」
「シリア様は神々の一員なのですから、今のように拒まれるのはおかしいのでは?」
私の疑問に、「悪くない着眼点じゃ」とシリア様は答えました。
「確かに妾は【魔の女神】ではあるが、元が人間じゃ。さらに言えば、この身は純粋な魔力の集合体じゃからな。妾には神創兵器を扱う資格が無いのじゃよ」
シリア様はそこで言葉を切ると、腕組みをしながら片目を閉じ、私を小さく指さしました。
「じゃが、お主ならば扱えるじゃろう。人の身ではあるが、生まれながらに妾の血を引き、ソラリアの力も宿しておるからの」
「そういう事なら、早速試してみてください。リィンとしても、この杖の扱いで千年以上困っていたので、持って帰ってくれると嬉しいですし」
そうは言われましても、先程のシリア様の拒まれ方を見てしまった私としては、あまり気乗りがしません。
シリア様の体は私の魔力から生成されたものなので再生もできましたが、私は生身なのです。自ら、痛そうなことはしたくありません。
そんな思いでお二人を見ますが、お二人の顔には“早くやれ”と書かれていました。
「……私なんかが認めていただけるとは思いませんが、試してみます」
「うむ」
渋々ではありますが、覚悟を決めて杖に手を伸ばします。
杖まであと三十センチ……二十センチ。
距離が縮まると同時に、強く弾かれてしまうイメージも鮮明になっていきます。
残り十センチ強。
まもなく、シリア様が弾かれた距離です。
気がつけば私の鼓動は、緊張から脈を早く打ち始めていました。
額に汗が伝うのを感じながら、生唾を飲み込みます。
「何をしておる。早う触らんか」
シリア様がそう急かしながら、私に歩み寄ってきました。
このまま無理やり触れさせられるならば、思い切って自分から行った方が気が楽かもしれません。
私は固く目を閉じ、残りの距離を一気に詰めるべく腕を突き出します。
すると――。
「……え?」
ひんやりとした無機物の感触が、手のひらから伝わってきました。
恐る恐る瞳を開けると、私の手はしっかりと杖に触れているのが視界に入ってきました。
まさか、本当に認められたのでしょうか?
困惑しながらも、そっと杖を握ってみましたが、杖から拒絶されるような感覚はありません。
そのままゆっくりと持ち上げて壁掛けから外してみると、重過ぎず軽過ぎずの程よい質量が伝わってきます。
「言ったであろう? お主ならば扱えると」
「おぉー! 良かったですねぇ、チコ様命名“黎明の杖”! やっとお前の持ち主が現れましたよ!」
この杖に元々名前があった訳では無く、チコさんが命名した物だったのですね。
そんなことを考えながら両手で握りしめると、突如として杖の先端にある魔導石が強く発光し始めました!
「な、なんですか!? ――うっ!!」
続けざまに、私の中の魔力が急速に抜き取られる感覚が襲いかかって来ます。
それはまるで、杖が私の魔力で食事をしているかのようにも感じられます。
抗おうにも抜き取られる速度があまりにも速く、魔力の流れが堰き止められません。
徐々に膝から崩れそうになる体を、必死に支え続けること数秒。
私から半分以上の魔力を奪い取った杖は、またしても眩く輝き始めます。
もう、何が何だか全く分かりません。
あまりの眩しさに瞼を閉じていましたが、しばらくすると光が落ち着いてきた気がしました。
そっと瞼を持ち上げてみると、黎明の杖は力強く、それでいて安心するような優しい輝きを纏っていました。
「うむ。無事に使い手として認められたようじゃな」
シリア様は「ほれ」と言いながら、杖の先端を指さします。
指の先を追って視線を動かすと、先程までは白く透き通っていたはずの魔導石がほんのりと赤く染まっているのが分かりました。
「杖がお主の魔力を喰らい、お主の魔力の波長に最適化したのじゃ。これが“武器に選ばれる”という事じゃ」
「なる、ほど……」
何となく理解はできましたが、急激に魔力を失いすぎたためか、上手く体に力が入りません。
そのまま床に座り込んでしまう私を、シリア様はくふふと笑います。
「お主はそこで少し休んでおれ。妾も用を済ませてくる」
そう言い残すと、シリア様はテオドラさん達の方へと歩き去っていってしまいました。
シリア様の用事が何なのか気にはなりますが、今は魔力回復に努めることにしましょう……。




