669話 魔女様は姿を戻す
「はぁー!? 暇つぶしで作ったぁ!?」
「な、何ですか? リィンの造ったダンジョンに文句でもあるんですか!?」
「文句しかねぇよ! ふっざけんな!!」
バンッ、と机を叩いたアーノルドさんに一瞬だけ身を竦ませたリィンさんでしたが、即座に牙を剥くように反論し始めます。
「だいたい、あの程度で死ぬ弱っちい冒険者が悪いんです! あぁ、そう言えばあなた達も二層で死にかけてましたっけ? 弱いって罪ですねぇ?」
「このクソガキ……ッ!!」
結局、このダンジョンを支配していたのは本当に彼女であったようでした。
こうして、ダンジョン全域を一望できる監視部屋へ通されている以上疑いようがありませんが、それでも疑問はたくさん残ってしまいます。
そんな私に代わり、無数に表示されていたマジックウィンドウを眺めていたテオドラさんが、リィンさんへ問いかけました。
「ダンジョンを作ってどうするつもりだったの?」
「別にどうもしませんよ? 暇が潰せればいいかなって思っただけですし」
「じゃ、じゃあ、あのトラップとかはどうして作ったの?」
テオドラさんの質問に小首を傾げていた彼女は、やがて「あぁ」と手を打ちました。
「あのえっちなトラップのことですか? あれは、あなたみたいに肉付きのいい女性が引っかかってくれると色々と面白いんですよ」
「肉っ……!?」
「ほら、リィンやシリア様の新しい弟子では見栄えが悪いでしょう? ヌルヌルになって泣くのも、壁に挟まってお尻だけ向けるのも、相応にむちっとしてないとえっちじゃないんです」
リィンさんの回答に、私以外の全員が引いているのが分かります。
さらに、シリア様まで深い溜息を吐き。
『貴様のその淫らな思考は何とかならんのか』
「あああああああああんっ!!!」
容赦なく電撃を浴びせましたが、リィンさんはそれさえも喜んでいるようでした。
しばらく電撃を浴び続けた彼女は、勢いよく立ち上がってシリア様へ抗議します。
「ですがシリア様! リィンからえっちを抜いたら何が残るんですか!?」
『貴様に与えた称号を何じゃと思っておる』
「あれは肩書き! これは個性です!!」
『は……?』
シリア様が、心底呆れている感情を隠さない低音の声を発しました。
ここまでシリア様を呆れさせられる人というのも、かなり稀有なのではないでしょうか。
「ねぇルミナちゃん。本当にこの人がその、【始原の魔女】とかいう凄い魔女なの……?」
「え、えぇ。シリア様が仰るにはそうみたいですが」
「でも、何か発言が凄くない? 卑猥な発言しかしてない気がするんだけど……」
それをテオドラさんが言うのも、どうなのでしょうか。
しかし、その発言はしっかりと聞かれてしまっていたらしく、眉を吊り上げたリィンさんがこちらを睨みつけながら声を荒げます。
「そこ! 聞こえてますよ! そんなにリィンの凄さが分からないと言うのなら、表に出るがいいです!」
「あっ! そ、そんなつもりは無いのよ~!? あは、あははは~!」
テオドラさんが笑いながら誤魔化そうとしますが、逆にバカにされていると判断されてしまったらしく、リィンさんはテオドラさんの手を引っ張って先ほどの大部屋へと戻っていってしまいました。
いくら見た目は少女のそれとは言え、シリア様も認めるほどの大魔女です。このまま普通の魔法使いであるテオドラさんと戦いになってしまうのは、何としてでも止めなければなりません。
そう考えていたのは私だけでは無かったらしく、シリア様がひょいと肩に飛び乗ると、私へ耳打ちしてきました。
『リィンを止めよ。ついでに、あの阿呆にちと灸を据えてやれ。あ奴の扱う闇魔法は、系統の中でも死や呪いがメインじゃ。故に、お主が扱う浄化に滅法相性が悪い。全て浄化し尽くして無力化させたところに、猫騎士でトドメで必ず勝てる』
「そう、なのですか? ……分かりました」
「待てルミナ、俺達も行く!!」
アーノルドさん達と共に彼女達を追いかけると、既に強制的に相対させられてしまっている状況のようでした。
足元に魔法陣を展開させ、強力な魔法の準備を始めているリィンさんに対し、杖を両手で抱きしめていたテオドラさんは、涙目でこちらへ振り返ります。
「る、ルミナちゃあん!!」
「私が代わります。テオドラさんは、皆さんと共に下がっていてください」
「うん、うん……!」
パタパタと避難していくテオドラさんを見ながら、魔力を高め続けているリィンさんが挑発的に言います。
「あの人の代わりにリィンの相手をするって、随分と見下げられたものですね。それとも、余程の自信があるんですか?」
「自信なんてありません。ですが、テオドラさんは魔女ではなく魔法使いです。そんな彼女に、魔女と戦わせる訳にはいきません」
「そうですか。では、あなたは同じ魔女ってことでいいんですね?」
そう問われ、私はちらりと“ドリームチェイサー”の皆さんを見ます。
テオドラさんを除いた彼らは、今の言葉に動揺しながら私を見つめていました。
「ルミナが、魔女……?」
「違う。ルミナはプリースト」
「だが、今の言い方だと自らを魔女と名乗ったようにも聞こえたが」
……もう、隠せないかもしれません。
「すみません、シリア様。せっかくこれを用意してくださったのに」
『構わん。当初の目的は果たせたのじゃ、あとは事情を説明して受け入れてもらう他なかろう』
シリア様に頷き、そっと首のチョーカーを外します。
それと同時に、ポンッとコルク栓が抜ける音と立ち昇った煙が私を包み込み、それが晴れた頃には元の私の姿へと変わっていました。
「なっ!?」
「銀髪の、魔女!?」
驚愕に言葉を失う彼らへ、本心からの謝罪を述べます。
「今まで隠していて、本当に申し訳ありません。私の本当の名前は、シルヴィ。【慈愛の魔女】シルヴィと言います」
もしかしたら、この戦いが終わった後はもう、仲間として見ていただけなくなるかもしれません、
それどころか、畏怖すべき魔女として視線すら合わせてもらえなくなるかもしれません。
それでも、私は――。
「同じ魔女として、弱い者いじめをするようなあなたの行動は認められません!! このダンジョンで受けた嫌がらせも含めて、きっちりと謝っていただきます!!」




