662話 エルフは罠に掛かる
「あの」
「拒否権は無い」
「はい……」
ユニカさんに尻尾を弄られ続け、あまりのくすぐったさにそろそろ止めていただけないかと口を開きかけましたが、即座に拒否されてしまいました。
と言うのも、ジャンケンに負けてリンボーダンスという行為をすることになったユニカさんが、終わったら尻尾で癒して欲しいとの提案をしてきたためなのですが。
「まさか、ユニカがあんなに体が柔らかかったなんてねー」
「最初からやらせればよかったな」
かなり厳しい体勢での移動であったにもかかわらず、ユニカさんはあっさりとクリアしてしまったのです。
「嫌」
全身をヌルヌルにさせたお二人からの不満そうな声を一蹴し、ユニカさんは再び私の尻尾をギュッと抱きしめます。
彼女のおかげで圧殺トラップというものは回避出来た訳ですし、多少の労いも必要だとは分かってはいますが、移動中もずっともふもふされ続けるのは動きづらいことこの上ありません。
『む、見えてきたな』
そんな事を思っていると、通路の先を見据えたシリア様からの声が聞こえてきました。
そちらへ視線を向けると、こじんまりとしている部屋があるのが見えました。
部屋の中央にあるのは、宝箱なのでしょうか?
何も無さそうに見える部屋にポツンと置かれているそれは、誰かに開けてもらえるのを待っているようにも見えました。
「あっ、宝箱よ!」
「待てテオドラ!!」
テオドラさんはアーノルドさんの制止も聞かず、宝箱へと駆けだしてしまいます。
そして――。
「わっ!?」
「……だから言わんこっちゃねぇ」
宝箱を守るように天井と床から伸びてきた壁に、彼女の体は挟まれてしまいました。
ですが、下半身だけがバタバタともがいているのを見る限り、どうやら体が切断されてしまうというトラップでは無かったようです。
とは言え、見事に壁の一部となってしまっている彼女をどう助けるのでしょうと思っていると、壁の向こう側からくぐもった声が聞こえてきました。
「え、待ってホントに抜けないんだけど!? 助けてー!!」
「やれやれ……。ユニカとルミナ、頼んだ」
「ん」
「あ、はい。分かりました」
てっきりアーノルドさんとシュウさんが行くものと思っていたのですが、私達が救出に向かうようです。
ユニカさんと共にテオドラさんの元へと向かい、同時に片方ずつの足を持つと。
「きゃあ!? やだ、ちょっと誰!? アーノルドじゃないでしょうね!? 動けない女の子の足を触るとか最低よ! このド変態!!」
……なるほど。こうなることが分かっていたので、同じ女性同士である私達に行かせたのですね。
聞こえるかは分かりませんが、彼女を安心させられるように声を掛けておきましょう。
「大丈夫です! 私とユニカさんです!」
「触んないでケダモノ!! 見た目は女の子だからって、やって良いことと悪いことくらいあるんだからね!?」
「いっ!?」
それでも私の声が届いていなかったらしく、激しく抵抗された末に、彼女のピンヒールが私の太ももに当たりました!
痛みに顔をしかめながらも、それならばと全身を使って長く伸びている足を掴みます。
「ひゃあ!? ちょ、ちょっとホントに誰!? あ、もしかしてルミナちゃん!? やだもう、それならそうと先に言ってよ~!!」
先に言ったはずなのですが……。
じんじんと痛みを訴える太ももを軽く手で撫でながら治癒魔法を使っていると、隣で暴れる足を押さえていたユニカさんが大きく手を挙げました。
まさか――。
「きゃん!!! いったあああああああああい!!!」
バチンッ!! と部屋全体に乾いた音が響き、お尻に鋭い一撃を貰ったテオドラさんの悲鳴も上がりました。
ですが、その一撃で反対側が誰かを悟ったらしく、テオドラさんはやや涙声で私達へ言いました。
「暴れてごめんなさい……。早く助けてください……」
「ルミナ、せーので行く」
「分かりました」
「「せーのっ!」」
ユニカさんと息を揃えて引き抜こうと試みましたが、少し動いたところで何かが引っかかったかのように動かなくなりました。
それと同時に、壁の向こう側から抵抗する力も感じられ、またしてもテオドラさんの悲鳴が上がります。
「痛い痛い痛いいたぁぁい!! ちょっと待って!! 胸が! 胸がつっかえてこれ以上抜けないの!!」
「……」
「いったたたたたた!! ねえユニカでしょ今の!? 私の話聞いてた!? ねぇ!? 待ってホント痛い!! ルミナちゃあああん!!」
「ゆ、ユニカさん。一旦止めましょう?」
ユニカさんは凄まじく不機嫌そうな顔で彼女のお尻を睨みつけると、不満を物理的にぶつけました。
「いった!? 何で!? 何で叩かれたの私!?」
テオドラさんからの問いには一切答えず、今度は足を抱えて押し込もうとし始めるユニカさん。
慌てて私も同じように持ち直し、同時にグイっと押し込んでみるも。
「んっ! んん~~~っ!! ダメだわ! 入らない!!」
彼女が挟まってしまっている壁の隙間よりも大きなお尻は、どれほど押し込もうとしても奥へとは入ってくれませんでした。
「きゃん!? ねぇユニカ!! ダメだったからって叩かないでよ!!」
「食べすぎ」
「今なんて言ったの!? ねぇ、絶対悪口よね!? ねぇ!?」
「あ、あの! ユニカさん!?」
騒ぎ続けるテオドラさんを無視して、ユニカさんはその場から立ち去ろうとしてしまいます。
そのまま彼女はアーノルドさん達の元へと戻っていき、沈鬱な表情で告げるのでした。
「最善の手は、尽くしたのですが……」
「勝手に殺すんじゃねぇよ」
「だが、アレはどうする? 攻略が終わるまでここに置いていく訳にもいかんだろう」
「引いても無理、押しても無理となると、あとは壁を壊すくらいだが……シュウ、やってみるか?」
「そうだな。試さないよりはマシだろう」
シュウさんは肩をぐるりと回し、指の骨をポキポキと鳴らしながら壁へと近づいていきます。
そして、壁の強度を図るように数度拳を打ち付けると、私達へ振り向いて言いました。
「できなくは無いだろう。そんなに分厚いものでは無い」
「おっ! なら派手にやっちゃってくれ」
「分かった」
壁から少し距離を取り、腰を低く構えて意識を集中させ始めるシュウさん。
そんな彼の様子を壁越しに察したのかは分かりませんが、声に恐怖を混ぜながらテオドラさんが尋ねてきました。
「えっ、ねぇ待って? 何をしようとしてるの? 何かすっごい嫌な予感がするんだけど!?」
「一瞬で終わらせてやる」
「ねぇ!! ルミナちゃんどこ!? 何か変なことしようとしてるなら止めさせて!! ねぇってば!!」
「行くぞ。――金剛破砕撃ッ!!」
「きゃあああああああああああ!?」
シュウさんが放った一撃は壁を見事に破壊し、テオドラさん諸共吹き飛ばしました。
パラパラと降り注ぐ壁の破片が落ち着いた頃に、壁の向こうの様子を見に行くと……。
「もう最悪……。バカシュウ、加減しなさいよ……」
「加減して壊れない方が問題だろう」
でんぐり返しの途中で動きを止めたかのような体勢でこちらを睨んでいるテオドラさんと、今の衝撃で蓋が開いていた宝箱がありました。
アーノルドさんがおもむろに宝箱に近づき、中に入っていたものを取り出します。
「何だこれ、手紙か?」
封を切って中の手紙に目を落とした彼は、即座にそれを床に叩きつけました!
「ふっざけんなクソ!! やっぱりここおかしいぞ!?」
「……結局何だったの?」
ゆっくりと起き上がって叩きつけられたそれを手に取ったテオドラさんの元へ、全員が集まります。
そして中身を確認すると同時に、アーノルドさんが苛立ったような声でその内容を読み上げました。
「“いい物を見させてもらいました。この先も楽しみです”じゃねぇよ!! どこから見てやがんだ!!」
牙を剥いて怒りを露わにするアーノルドさんの声は、私達以外には気配の無いフロアによく響き渡りました。




