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661話 魔女様達はトラップに遊ばれる

 その後も探索を進めた私達ですが、あの二階にいたスカルプリースト達は一体何だったのかと思うくらいに、モンスターの強さが目に見えて下がっていました。

 それでも危険度が高いモンスターには変わりはないようなのですが、それを皆さんに聞いてみたところ。


「いやいや! あんなのと戦った後じゃなんてことないぜ!」


「強いことは強いけど、負ける気がしないからね!」


「俺達はまた一歩、最強のパーティに進んでしまったようだな」


「慢心」


「いーんだよ、たまには調子に乗らせろ!」


 と、戦っている間もどこか楽しそうな様子でした。

 シリア様も『これが成長と言うものじゃのぅ』と笑っていらっしゃいましたし、命の危険を乗り越えた彼らが自信を持てるようになったことを喜ぶべきなのでしょう。


 そんなこんなで順調に三つ下のフロアへと進んだ私達は、二階のフロアとはまた違う意味で異様な雰囲気のフロアに到達しました。


「……なぁ」


「アーノルドが言いたいことは何となく分かるよ」


「なんか俺、これ以上進みたくないんだが」


「でもダメ。進まないと攻略できないんだから」


「だってさ!!」


 アーノルドさんはエミリと変わらぬ長さの足を振り上げ、ダンッと床を踏み鳴らしました。


「何だよこの注意書き!! ふざけてんだろ!?」


 怒りに顔を染める彼の指先には、ちょっとした立て看板がありました。

 そこには――。


『“先に進みたければ、各部屋のトラップを正しく解除せよ”か。ますます謎めいたダンジョンじゃな』


「私は初めてなのですが、こう言ったトラップはあまり見ないものなのでしょうか」


『まず前提条件としてじゃが、ダンジョンという物は太古の自然による産物じゃ。トラップという物自体も自然発生せんのじゃが、数千年という長い時を経て、魔力が土地に染み込み変質したと仮定されておる』


「仮定、ということは詳しくは誰も知らないのですね」


『うむ。だからこそ謎が多いのじゃが、ここまで人の手が加えられておるダンジョンは例を見んほどじゃ』


 シリア様はそこで言葉を切ると、周囲を警戒しながら声を潜めます。


『……まるで、妾達の進行を見て笑っておる輩がいるのではないか? と疑えるほどにの』


「人とモンスターは共生できないはずでは?」


『それはあくまでも一般常識じゃ。常識に囚われぬ存在がいることは、お主も良く知っておろう』


「では本当に、このダンジョンの支配者がいると言う事ですか?」


『そうでは無いか、と妾は睨んでおるだけじゃ。まだ確証はないがの。いずれにせよ、注意深く進むに越したことは無い』


「分かりました」


 シリア様からの警告に気を引き締め直し、視線をテオドラさん達の方へ戻すと。


「……何を、されていらっしゃるのですか?」


「見りゃ分かるだろ!?」


「全く分かりませんが……」


 何故かアーノルドさんは、上半身が倒れてしまうギリギリまで体を反らせた状態で、廊下の奥へと進もうとしていました。

 よく見ると、彼の少し上辺りにある透明のバーのような何かが、歩いて進むことはできないと言わんばかりに壁と壁の間に挟まっているのが分かりました。


「あれに触れてはいけない、というのがこのトラップの解除条件なのでしょうか?」


「そうみたい。で、向こう側に行く条件がアレなのよ」


「なるほど……」


 本当に、解除条件が謎過ぎるトラップです。

 そもそも、このトラップを正しく解除したとして、それの成否判定はどこで行われるのでしょうか。


 そう考えると、やはり誰かが私達の行動を監視しているのだと考えるべきなのかもしれません。

 だとしても、こんな謎めいた行動を取らせる理由は分かりませんが……。


 そんなことを考えながらアーノルドさんの挑戦を見守っていると、彼はあと数歩で狭い空間から抜け出そうと言ったところまで進むことができました。

 最早お腹を突きだす形になりかけているアーノルドさんは、息を荒くさせながら一歩一歩慎重に進んでいます。


「あと、ちょっと……。もうちょっと……!」


「頑張れ~」


「頑張れ~じゃねぇよバカ!! おわぁ!?」


「あっ」


 怒りの声を上げてしまったがばっかりに、アーノルドさんは体のバランスを崩してしまい、コテンと後ろへひっくり返ってしまいました。

 すると――。


「わぶっ!? おっ!? ぅおわあああああああああああ!?」


「アーノルド!?」「アーノルドさん!?」


「わあああああああああああ!? あだっ!!」


 突如、彼の頭上から大量の水が降り注ぎ始め、アーノルドさんの小柄な体躯が流される形で壁に激突しました!

 ゴンッ、と痛そうな鈍い音を奏でながら頭を打ち付けた彼は、そのまま力なく床に倒れ伏してしまいました。


「だ、大丈夫ですか……うっ!?」


「どうしたの!?」


「水かと思っていたのですが、何かヌルヌルしています……!」


 そう。彼を押し出した物は水などではなく、もっと粘液性の高い液体だったのです。

 何かに例えるのならば――動物のよだれとかが近いでしょうか。とにかく、生理的嫌悪を抱かせる液体です。


 なるべく触らないようにと、体の少し上から治癒魔法を掛けていると、顔だけをこちらへ向けたアーノルドさんが弱々しく言いました。


「ほら……次はお前の番だぞ、テオドラ。こういうの、お前の役目だろ……」


「えっ、無理。って言うか私がやったらマズくない? 絵面的にも」


「無理じゃねえよ。お前がミスらせたようなもんだぞ、責任取れよ」


「えぇ~……? シュウじゃダメなの?」


 テオドラさんの質問に、シュウさんは立て看板の文字を読み上げます。


「“圧殺トラップを解除したければリンボーダンスで進め。ただし女性限定”だそうだ」


「意味わかんないわホントに。男だけのパーティだったらどうするつもりだったのよ」


「さぁな。ともかく、俺は挑戦権すら無い状態だ」


「じゃあユニ」


「……」


「カはやらないよねぇ……」


 無言で銃口を向けられたテオドラさんは、ちらりと助けを求めるような視線をこちらに向けてきましたが、私は即座に顔を背けてしまいました。


「…………あ~もう! 分かった、分かったわよ! やればいいんでしょやれば!!」


 本当にすみません、テオドラさん。

 私の隣で意地悪く笑っていらっしゃるシリア様と共に、立ち上がったテオドラさんを見送ります。

 彼女は吹っ切れたように堂々と廊下へと向かっていき、壁の一部に手を押し当てました。

 すると、それに呼応して透明のバーの高さが変動し、先ほどよりは少し高めの位置で停止しました。


「テオドラさん。予めその高さでアーノルドさんにお願いすればよかったのでは……」


「なんか挑戦者がやらないと失敗扱いになるんだって。よく分かんないよね」


 本当に謎の仕組みなダンジョンです。

 誰が、何の目的でこんなトラップを用意したのでしょう……。


「よっし、やるわよ。シュウ、これ持ってて」


 彼女はパンッと頬を軽く叩き、荷物となる帽子と杖をシュウさんに預けました。

 そして軽く準備運動をするように体を動かすと、ゆっくりと足を広げて上半身を反らせ始めます。


「このくらい? もっと?」


「もう少し下がらないと当たる」


「うっ……結構キツいわよこれ!? あ、足つりそう!!」


 先ほどのアーノルドさんのような体勢になったテオドラさんでしたが、既に足がぷるぷるとしてしまっていて、見ている側からしてもかなり不安な様子です。

 それでも彼女はゆっくりと進み始め、太ももから下腹部まで時間を掛けてバーをくぐらせていきましたが。


「あっ……だっ!?」


 足の方が先に限界を迎えてしまったらしく、床に強く頭を打ちながら転倒してしまいました。

 それから一秒と経たずに先ほどの粘液がドバドバと降り注ぎ、アーノルドさんと同じように押し流されてしまいます。


「……ぷはっ!! 何なのこれ!? 全身ヌルヌルで気持ち悪い!! 臭……くはないわね、それだけは良かった――いや良くない!!」


『くっははははは! これはいかんぞルミナ! あとはお主かユニカしか残っておらん!!』


 全身が粘液塗れになり、ややぴっちりめだった魔女服がより一層体に張り付いた体の表面で、光沢を輝かせているテオドラさん。

 そんな彼女を笑うシリア様の言葉に、私とユニカさんは同時に視線を合わせました。


 絶対に、やりたくない。


 そんな思いが同時に伝わり、私達はどちらからともなく利き手を軽く握りしめます。


「ルミナ」


「分かっています。いきますよ――」


「「じゃん、けん――!!」」

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