659話 魔女様は感謝される
「ルミナちゃんって、フェティルアを守ってくれた魔女なんでしょ?」
「えっ」
思わず口を出た驚きに、慌てて口元を押さえるも、それだけで私が隠していたという事実を裏付ける証明となってしまいました。
しかし、そんな私を咎めるでもなく、彼女はただおかしそうに笑うだけでした。
「私ね、ルミナちゃん達に助けられた内の一人なんだ」
「そう、なのですか?」
「うん。いきなり夜中に叩き起こされて、外に出てみれば訳の分からない化け物が暴れてて、大きな狼や勇者一行が避難誘導してるとか、夢かなーこれ? とか思いながら逃げてたんだけど、あの時あの街にいたのよ」
彼女の言葉を受け、当時のフェティルア防衛戦のことを思い返します。
確かあの時は、エミリやセイジさん達勇者一行に避難誘導をお任せして、私達でウロボロスの対処に当たっていたのでしたか。
あれから間もなく、一年が経過しようとしているのですね……と懐かしんでいると、テオドラさんの静かな語りが続きました。
「私はフェティルア生まれのただの庶民なんだけど、あの街が大好きなんだ。だから化け物が街で暴れ始めた時、私も戦おうって思ったんだけど、一瞬だけあの蛇を目があったような気がした瞬間に、体が動かなくなっちゃったの。あぁ、私が戦ったら数秒も持たずに殺されるんだって、直感で悟っちゃったの」
「……仕方が無いと思います。私も、あれほどの存在は二回しか見たことがありませんから」
「あははっ。でね、街から離れた場所でルミナちゃん達が戦ってるのをずっと見守ってたんだ。炎の虎や雷の竜、カースド・イーグルに大きな狼が一緒になって戦う中でも、特に目を惹いたのが狼に乗ってた銀髪の魔女だった」
間違いありません。エミリに乗って拘束の準備をしていた私です。
あれを見られていたということに気恥ずかしさを覚える私へ、彼女は言葉を続けます。
「最初は何やってるんだろうって思ってた。ずっと逃げてばっかりで戦わなかったからね。でも、その魔女が使った魔法は準備に時間がかかる凄い拘束魔法で、その下準備のために逃げてただけって気が付いた時は、そういう戦い方もあるんだって感心しちゃったんだ。それこそ、今日のルミナちゃんみたいにね」
私は何も言わず、彼女の言葉を待ちます。
「ルミナちゃんが使ったあの魔法。あの魔法陣の書き方が、あの時の拘束魔法とすっごく似てた気がするの。だから、もしかしてルミナちゃんは、あの時街を守ってくれた魔女なのかなって思ったの」
「……騙すような真似をして、すみませんでした」
「どうして謝るの?」
「え?」
いたたまれずに顔を伏せていた私でしたが、彼女の言葉を受けて顔を上げます。
テオドラさんは、きょとんとした表情で私を見つめているだけでした。
「だって、魔女ってバレたら怖がられると思って隠してたんでしょ? だったら、謝ることなんてないじゃない」
「で、ですが」
「ルミナちゃんは何も悪くないよ。それに、魔女ってことを隠して生活してる人もいるしね」
恐らくテオドラさんは、他の魔女の知り合いがいらっしゃるのでしょう。
だからこそ、私の正体が魔女であることを知っても動じないんだと思います。
ありがたい反面、後ろめたさを感じてしまう私へ、彼女は優しく微笑みました。
「ありがとうね、ルミナちゃん。二回も助けてくれて」
「……こちらこそ、気づいていたのに黙っていてくださってありがとうございます」
「ううん、気にしないで。たまたま私達と運命が重なっただけだろうしね。スティア様のお導きだよ」
彼女はそう笑い、言葉を続けます。
「だから、パーティに残ろうなんて考えないで大丈夫だからね。ルミナちゃんにはルミナちゃんの進む道があるし、私達に合わせる必要なんて無いんだから」
「……はい。ありがとうございます」
「うん。あ、でも暇な時に参加してくれるのはとっても助かるから、ぜひお願いしたいな~! なんてね」
「ふふ。時間がある時でよろしければ、ぜひ」
「やったぁ! ありがとうルミナちゃん! ルミナちゃんみたいな天使がいると、どんなにいじめられても元気に過ごせるよ~!!」
「わっ!」
ガバッと抱き着いて頬ずりしてくる彼女に困惑しながらも、あの時助けることができた命が、こうして未来に繋がっていたのだという思いに、私は心が温かくなるのでした。




