657話 魔女様達は激闘を制す
眩い閃光。激しい耳鳴り。一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされそうな爆風。
その全てが落ち着いた頃には、何も存在していなかったかのような静寂が私達を迎えました。
まだチカチカする視界をそっと開くと、半透明のディヴァイン・シールドの奥には、捕えていた対象を失い、だらんと鎖が垂れている“万象を捕らえる戒めの槍”と。
「これは……」
私の盾から後ろだけが守られていて、他は跡形もなく吹き飛ばされているダンジョンの残骸があるだけでした。
そのあまりの光景に、私は言葉を失ってしまいます。
『むぅ……。まだ頭がクラクラするぞ……』
「ご無事でしたか、シリア様」
『お主の声が遠いな。これだから耳を塞げぬ体は困る……』
どうやら、はっきりとは聞き取れない程度に聴覚に異常が発生してしまっているようです。
これは治癒魔法で治せるのでしょうか。などと思いつつ背後を振り返ると、そこにはシュウさんに覆い被せられる形で守られてはいるものの、意識を失ってしまっている面々の姿がありました。
「シリア様。先に進む前に、皆さんの手当からでも大丈夫でしょうか」
『何じゃ? 何と言ったか上手く聞こえぬ』
こちらもまだまだ治りそうにないシリア様に苦笑し、空中に文字を書いて同じ内容を伝えます。
『うむ。どのみち、ここから先を進むのなら休息も必要じゃ。ゆっくり手当してやれ』
「分かりました」
私自身もかなりの疲労感はありますが、唯一起きているメンバーとして自分に鞭を打ち、彼らの傷の手当を行うことにしました。
「う……ん……」
『シルヴィよ、テオドラが起きたようじゃぞ』
夕飯を作っていた私へ、シリア様から呼びかけがありました。
お鍋の火を弱めて蓋をし、反対側で寝かせていた彼女達の元へと向かうと、テオドラさんがもぞもぞと動いているのが分かりました。
彼女は瞼を閉じたままではあるものの、すんすんと周囲の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らします。
「いい匂い……」
「おはようございます、テオドラさん」
「んぅ~……! いたっ、うぇ?」
大きく伸びをした先にはダンジョンの壁があり、コツンと手をぶつけてしまった彼女は、寝ぼけまなこながらもきょとんとした表情を浮かべました。
そしてゆっくりと頭をのけぞらせ、自分がダンジョンの壁に手をぶつけたことを認識すると、そのまま動かなくなってしまいました。
「テオドラさん?」
彼女はしばらく、首を痛めてしまいそうな体勢を続けていましたが、やがてガバッと勢いよく体を跳ねさせて身を起こしました。
「スカルプリーストは!?」
「大丈夫です。もう反応はありません」
「そっかぁ……。良かったぁ……って、いやいやいやいや!」
そのままもう一度横になろうとしたテオドラさんでしたが、寝てる場合では無いと気づいたらしく、再びガバッと身を起こします。
「私、どれくらい寝てた!? というか、みんなは!?」
「時間としては、まだ三時間ほどです。皆さんはまだ隣で眠っていますよ」
「さんっ!?」
ぎょっとしながらも、私が手で示した先に顔を向けるテオドラさん。
そこには、自身の隣で丸くなっているユニカさんと、少し離れて仰向けで眠っているシュウさんとアーノルドさんがいました。
ようやく仲間の安否と、ついさっきまでの死闘を乗り越えたのだと理解できたテオドラさんは、優しい顔つきになりながらユニカさんの頭を撫でました。
「良かった、みんな生きて勝てたんだね……。ありがとうユニカ。ルミナちゃんもありがとう」
「いえいえ。私だけでは勝てませんでしたから。こちらこそ、ありがとうございました」
「もう。あれだけ凄い魔法使っておいてそんな謙遜しちゃうの?」
おかしそうに笑うテオドラさんでしたが、やがて真剣な表情を浮かべながら私を見つめてきました。
何か言いたいことがあるのかと待ってみますが、何も言わないその様子に、どう対応したらいいのか困ってしまいます。
「あ、あの。テオドラさん?」
「ねぇ、ルミナちゃん。ひとつ聞いてもいい?」
「はい。何でしょうか?」
「ルミナちゃんって――」
彼女が何かを言おうとした矢先、可愛らしい呻き声が私達の耳に聞こえてきました。
そちらへ視線を向けると、ちょうどアーノルドさんがむっくりと起き上がったところだったようです。
「ふわぁ~……。んぉ、何だ……? いい匂いがする……」
「やっと起きたの? うちのリーダーはホントに寝坊助なんだから」
「あぁ? ……って、そうだ! おい、アイツはどうなった!? みんなは!?」
先ほどまでのテオドラさんと全く同じ反応をする彼に、思わずシリア様も含めて一緒に笑ってしまいます。
「な、何だよ!」
「いや、何でもないよ。みんなはまだ寝てるし、スカルプリースト達は倒したってルミナちゃんが」
「そうか……。悪いなルミナ、傷まで治してもらって」
「いえいえ。私の役目ですから」
「そうか。ん~……なら、俺も役目を果たすかなぁ」
そう言いながら、隣のシュウさんを揺さぶり始めるアーノルドさん。
そんな彼を笑いつつも、テオドラさんへ先ほどの言葉の続きを聞いてみることにしました。
「ところでテオドラさん。さっきは何を」
「ん? ふふっ、なーいしょ♪」
いたずらっ子のように口元に指を当てて笑う彼女に首を傾げてしまいますが、内緒と言われてしまった以上は聞きようがありません。
私は小さく苦笑で返し、作りかけのお鍋へと戻ることにしました。




