651話 魔女様は初めてトラップを見る
あれから全エリアを歩き回ってみましたが、ユニカさんが放った一撃に巻き込まれてしまったのか、モンスターの影すら見ることはありませんでした。
「なんだよー、ユニカに全部持って行かれちまったかー?」
「ふふっ! 楽に超したことは無いじゃない?」
「それはそうなんだけどなー」
暇を持て余していると言わんばかりに、アーノルドさんは大剣をクルクルと振り回して弄んでいます。
あのサイズの大剣を軽々しく振り回せることから、本当に木の棒ほどの質量になっているのでしょうか?
「さて、一周回り終わったが……あとは最初の分岐路くらいだな」
「あっちが正解だったのかもな」
「そう言えばルミナちゃん。シリアちゃんと何か話してから決めてたみたいだけど、何か決め手はあったの?」
「はい。左からはモンスターの足音がして、右からは不気味なほどの静けさがすると教えていただきました。そこで、後々戦うことが避けられないのであれば、今の内に体を温めておいた方がいいかと思って左を選びました」
「なーるほどね。確かに何の音もしないってなると、トラップの可能性が高そうだもんね」
「賢い」
ユニカさんとしては、恐らく撫でて下さっているのだとは思いますが、顎でゴリゴリするのは少し痛いのでやめていただきたいです。
「つっても、もう見るとこが無いからなー。トラップ上等で行ってみるか」
「じゃあ、アーノルドが先頭ね」
「何でだよ?」
「あなたならもう、何があっても失うものがないでしょ?」
「命があるわアホ!!」
「あ、プライドとか男としての尊厳が無いのは認めるんだね」
「こんな見た目でプライドも何もねぇよ……」
「あはっ! 割とホントに凹んでるじゃん!」
テオドラさんにからかわれ、分かりやすくしょぼくれてしまうアーノルドさん。
そんな彼を励ましながら歩いてきた道を戻り、改めて反対側へと進むと。
「あれ、いきなり階段?」
私が選ばなかった方のエリアは行き止まりとなっていて、下のフロアへと続く階段が口を開けているだけでした。
「階段しかなかったら、そりゃあ不気味なほど静かにもなるな」
「そうだな」
「ともあれラッキー! 先に進んじゃおう!」
テオドラさんとアーノルドさんが先に進み、私達もその後に続きます。
申し訳程度に灯されている蝋燭の灯りを頼りに、やや傾斜が厳しい階段を下った先に待ち受けていたのは、人工的に整えられたと思われるタイル張りのフロアでした。
「ダンジョンには、こんなに整備されている場所もあるのですね」
「いや、ここが異常だ」
「そうなのですか?」
即答したシュウさんへ聞き返すと、彼はタイル張りの壁をペタペタと触りながら答えました。
「ダンジョンという物は、基本的には自然の創造物だ。そこにモンスターが住み着き、ダンジョン内で生態系やパワーバランスが確立されていくが、こうした人工物はまず有り得ないのが常識だ」
「ダンジョン内のアイテムとか武器とかは、ここに住み着いたモンスターが持ち込んだ物だったり、ここに挑んだかつての冒険者とかの遺品とかだけどね」
テオドラさんの補足説明を受け、改めて眼前に広がる空間を見直します。
かなりの奥行きがある直線ですが、まるで建造物であるかのように綺麗に整えられていて、タイルそのものにもほとんど汚れなどが見受けられません。
ここまで綺麗にされていると、誰かが掃除をしているのではないかと思えてしまうほどです。
「ダンジョンはそれなりの数は踏破してきたつもりだが、俺達もこんなフロアがあるダンジョンは初めてだ」
そう言いながら剣に手をかけるアーノルドさん。
どうやら、冒険し慣れている彼らでも警戒を強めなくてはいけないほどであるようです。
『妾も古代兵器を求めてダンジョンに行った口じゃが、ここまで異様な空間は初めてじゃ。何が起きるか分からん』
シリア様の口調からも、若干の緊張が感じ取れます。
それを聞いて、私の警戒心が一層強くなってきました。
「いつも通り、俺とシュウで先導する。テオドラはルミナと共に、最後尾で後ろの警戒を頼む。ユニカはいつでも撃てる構えをしながら真ん中にいてくれ」
「了解」「ん」
「分かりました」
「それじゃ……探索を始めるぞ」
全員の準備を確認したアーノルドさんは、シュウさんと共に、慎重に歩を進め始めます。
彼らの数歩後ろには、銃を構えているユニカさんが続き、それからさらに数歩離れたところに私とテオドラさんが続く形です。
自分達の足音が反響する通路を進み、突き当たりを左へ曲がると、民家の一部屋ほどの広さを持つ空間に出ました。
アーノルドさんはすぐには入らず、いつの間にか手にしていた手のひらサイズの石を放り込みます。
すると――。
「うおっ!?」
「わぁ!!」
放り込まれた石を目掛けて、四方の壁から勢い良く炎が向けられました!
「何かあるとは思ったが、初手から殺す気満々だな」
「シンプルだけど一番死にやすいトラップだよね」
「あぁ。……今吹き出してきたのは、あそことあそこ、あとそっちの二箇所だな」
「了解。――アース・ニードル!」
アーノルドさんが指で示した場所を、テオドラさんが作り出した土属性のトゲが貫きます。
それは小さな穴を的確に穿ったらしく、炎が吹き出そうとしても、ほんの僅かに漏れ出す程度に塞いでいました。
「ナイスッ」
「ふふん♪」
得意気なテオドラさんに、アーノルドさんはグッと親指を立ててみせます。
彼は続けて、部屋の端から端へと駆け抜けると、私達へ振り返って声を上げました。
「他は大丈夫そうだ!」
「俺達も行くぞ」
「はいはーい」
四人で固まって移動し、反対側の通路へ到着します。
たったこれだけの出来事でしたが、初めて見るトラップというものに、私の鼓動は緊張から少し早くなっていました。
『くふふ! これがダンジョンじゃ、楽しかろう?』
「常に死が隣り合わせの緊張感を楽しむのは、私にはまだ難しいかもしれません」
私の回答に、他の皆さんはシリア様から何を言われたのか察したらしく、小さく笑い始めます。
「シリアはダンジョン慣れしてそうだな」
「猫ちゃんとして行ったのかな? それとも、猫ちゃんじゃない姿で行ったのかな?」
「どちらにせよ、落ち着いている者がいるという安心感は大きいな」
『うむ。妾もトラップには気を配ってやるが、警戒を怠るでないぞ』
「シリア様もトラップを見てくださるそうです。ですが、だからと言って警戒を緩めるなとのことです」
「当たり前だ! 俺達だって慣れてることを見せてやる!」
「私達は踏み慣れてる方だけどね」
「いいんだよ、慣れてることには変わりないんだから!」
アーノルドさんの反発を笑いながら、私達はさらに奥へと進むことにしました。




