649話 魔女様は直視できない
「アーノルド!! そっち行ったぞ!!」
「任せろ!! おらっ!!」
『ギャッ!!』
アーノルドさんが振り下ろした一撃に、魔獣――いえ、ゴブリンが短い断末魔を残して倒れました。
今まで見たことがなかったとは言え、人型をしているものから流れ出る血に顔をそむけたくなってしまいます。
「うっし! このエリアは倒したな!」
「テオドラ、他にはいるか?」
「……いや、いなさそうかな。今ので最後だと思う」
「ん。ルミナ、大丈夫?」
「すみません……大丈夫です」
私を心配しながら抱きしめてくるユニカさんに、できる限りの愛想笑いを浮かべて見せます。
そんな私へ、テオドラさんが苦笑しながら言いました。
「ルミナちゃんには驚かされてばっかりだったから忘れてたけど、まだ十歳だもんねー。ゴブリンが死ぬところとか見慣れてなくて当然よ」
「俺も最初は無理だったなぁ。中途半端に人っぽいせいで、マジで攻撃するの躊躇ってたし」
「それを良いことに、奴らに殴られていたな」
「へぇー、意外! アーノルドにもそんな時があったんだ?」
「俺だって最初の頃は、ただの騎士上がりだったからな。魔獣やワイバーンはともかく、ゴブリンやオークだけは慣れなくてさ」
「オークに手こずっていた時、たまたまパーティを組んでいた魔獣使いの女性に罵倒されて吹っ切れたんだったか」
「あったなーそんなこと! 何て言われたんだっけ、“このヘタレ騎士!! 早く倒してこっち助けなさいよ!!”だったか?」
「いや、“このヘタレ騎士! それでもチ〇ポ付いてんの!?”ではなかったか?」
「あー、言われてみればそんな感じだった気がする」
「ルミナが赤面してるからやめて」
「サイテー」
「悪い……って、普段のお前よりよっぽど健全だったと思うぞ?」
「はぁ? 私は人前でチ〇ポなんて言わないけど! あなた達みたいな猿じゃあるまいし!」
「今思いっきり言ったけどな? そこんとこどうなんだテオドラさんよ?」
『くふふ! お主は生粋の生娘じゃのぅ』
シリア様に笑われてしまいますが、唐突にあんな発言を聞いてしまっては恥ずかしくもなります。
行動には起こすものの、言葉には出さなかったフローリア様はまだまともだったのかもしれません……。
そんなことを考えていると、アーノルドさんがゴブリンの亡骸に近づいていき、おもむろにナイフを取り出し始めました。
そしてそのまましゃがみ込むと――。
「ひっ!?」
「うおっ、何だ!?」
「あ、アーノルドさん!? 一体何を!?」
彼はゴブリンの胸元にナイフを突き立て始めたのです!!
咄嗟にユニカさんの背後に隠れてしまう私へ、彼はさも当然のように答えます。
「何って、魔晶を取り出してるんだが」
「ま、魔晶?」
「あれ、ルミナは知らないのか? って言うか、さっきから見てた感じだと、ダンジョン初めてなのか?」
コクコクと頷くと、彼は「まぁ行かない奴は知らなくて当然か」と呟きながら、ゴブリンに視線を戻しました。
「このゴブリンみたいに、ダンジョンに住んでいるモンスターは心臓が無いんだ。その代わり、魔力を全身に送るための結晶があってな。それが――これだ!」
「うっ……!」
血に濡れた彼の指先につままれていたものは、薄暗い洞窟内でも光り輝く宝石のような物でした。
「あれが魔晶って言うんだけど、あれを持ち帰ってギルドで売ると、それなりにいい値段になるんだー」
「そ、そうなのですか?」
「そうそう。と言っても、大きな物は滅多に取れないから流通しないし、ダンジョンに行きたがる冒険者もそんなに多くないから、知らない人も多いんだけどね」
初めて知った情報に、シリア様へ確認を取ろうと視線を向けると、私の疑問を汲み取ったかのように説明してくださいます。
『妾の時代にもあったぞ? まぁ、妾の場合は基本的に手加減ができぬが故に、魔晶ごと消し飛ばしてしまうことが多かったがのぅ』
シリア様が事も無げに言い放った“消し飛ばしてしまうこと”について、シリア様の過去を見た時のことを思い出しました。
確かに、あのサイズのドラゴンですら一撃で消し飛ばしてしまうほどの火力ともなれば、加減したとしても魔晶は無事では済まされなかったのでしょう。
シリア様が嬉々として魔晶を取り出すところを見なくて良かったと考えるべきか、あの時に見ておけばダンジョンに向かう冒険者はこういう事をしていたと認識できたのにと悔やむべきか、何とも言い難い感情に苛まれてしまいます。
そんな私を案じてか、ユニカさんのひんやりした指先が私の視界を覆いました。
「ユニカさん?」
「無理に見なくていい」
「……ありがとうございます」
「平気。私も、最初は気持ち悪かったから」
「ここは俺達で作業するから、ユニカはルミナを連れて通路側を偵察してきてくれ」
「ん」
「あれ、私は?」
「お前は手伝いに決まってんだろ」
「何でよー!? 私もルミナちゃんを慰めてあげたいのにー!」
そうは言いながらも、彼らと共に作業を始めるテオドラさん。
気遣ってくださる彼らに内心でお礼を述べながら、私はユニカさんと少し先の偵察をしに行くことにしました。




