26話 魔女様は苦戦する
先手を打ってきたのはアーデルハイトさんでした。レナさん目掛けて地面を蹴り、炎をしならせて鞭のように振ってきます。
レナさんはそれを屈んで避け、自身もアーデルハイトさんの元へと潜り込むと、彼の胴を狙って拳を突き上げましたが、炎の鞭が突然方向を変えて二人の間に割り込んできました。
私はレナさんの眼前に結界を展開し、間一髪でアーデルハイトさんの攻撃からレナさんの身を防ぎます。
「ほう、いい反応速度だな。【慈愛の魔女】」
「な、なによあの動き方!? 生き物みたい!」
「レナさん気を付けて! まだ来ます!」
アーデルハイトさんの攻撃はまだ終わっておらず、鞭、体技、鞭と繰り出される猛攻にレナさんが押され始めます。レナさんが躱しきれない部分を結界で補い、何か対抗手段は無いかと考えていると、ヘルガさんが腕組みをして動いていないことに気が付きました。
もしかしたら、アーデルハイトさんに任せているように見える、今ならチャンスかもしれません。
私はレナさんから目を離さないようにしつつ、拘束魔法の準備を始めます。標的はレナさんへの攻撃に集中しているアーデルハイトさんです。私に意識が向いていない今であれば、不意打ちで成功率も高まるはず……!
「レナさん! 少し後方へ跳んでください!」
「了解!」
レナさんがアーデルハイトさんから離れたのを確認し、拘束魔法を発動させます。
「むっ」
拘束魔法がアーデルハイトさんを捉えました。あとは彼からの抵抗を抑え込めれば……!
ですが、やはり現実はそうは簡単に事が運ぶことはありませんでした。
「おっと、俺を忘れて貰ったら困っちゃうなぁ」
突如、ヘルガさんから放たれた魔法がアーデルハイトさんを包み込み、私の拘束を瞬時に解除されてしまいました。
「拘束が搔き消された!?」
「俺はどっちかっつーと、後方支援派なんでね。シルヴィちゃんの拘束魔法は強力だけど、俺がいる限り無駄だよ」
「シルヴィ危ない!!」
ヘルガさんによる打ち消しにショックを受けていたところへ、レナさんの声が聞こえ、はっとした時には目の前にアーデルハイトさんの姿がありました。
「戦場でぼんやりするのは命取りだと覚えて帰るといい」
「間に合わな……!」
彼の鞭が直撃する。そう思い固く目を閉じて痛みに備えると、ふいに体が横に飛ぶ感覚に襲われました。うっすらと目を開けると、レナさんが私を抱きながら飛んでくださっていました。
「大丈夫!?」
「はい、ありがとうございます!」
「あの距離から詰めて見せるか。予想以上に早いな」
「それはどー……もっ!!」
レナさんは私から離れると、再びアーデルハイトさんへと向かって飛んでいきます。レナさんの連撃を全て受け流し、アーデルハイトさんが再び攻勢に出て、今度はレナさんがそれを捌き……と、私が入る余地のない戦闘が繰り広げられていきます。
私に残されているのは、残るは結界のみ。しかし、レナさんを援護しようにも、分身して戦い始めてしまっているのでどれを護ればいいのかが分からず、とても手出しできる状況ではありません。
どうしたら……と考えが行き詰りそうな時、メイナードと連絡するための指輪が目に入りました。
「メイナード、聞こえますか?」
『なんだ主』
「あなたの力が必要です。一緒に戦ってもらえますか?」
『断る』
あまりにも早すぎる即答に、言葉を失ってしまいます。すると彼は言葉を続けました。
『いいか主。我が午前の試合で出張ったのは、あくまでも相手と同じ条件だったからだ。あの娘は主と同じ召喚士であり、パートナーと共闘するという奇妙な戦い方であったが故、我も興が乗った。
だが、今回は異なる。相手はただの魔導士で、使い魔の類は使役していない。なら我が出る幕はないだろう』
「で、ですが私にできることが」
『それとも何だ? 主は天空の覇者たる我に、数で有利な勝負を行えとでも言うのか? 我が主はそんな姑息な手段を強いるのか?』
彼の言い分がもっとも過ぎて、返す言葉がありません。
『故に今回は我は見物させてもらう。良いな?』
「……分かりました」
『ふん。たかが人間ごときに勝てないというのならば、主はまだその程度だということだ。だが、主よ。主は主のことをよく理解するべきだ。主には本当に、この戦いで出来ることはないのか?』
メイナードの言葉に、レナさんの姿を見ます。彼女の分身の数は減ってしまってはいるものの、未だにアーデルハイトさんと均衡した状態が続いています。
「私にできること……。何ができるか分かりませんが、やれるだけやってみます」
『あぁ。ではな』
メイナードとの連絡が切断され、私はレナさんとアーデルハイトさんの戦闘を見据え、自分にできることを考えます。とは言え、使える魔法は防護結界と治癒魔法だけ。他に使えそうな手段なんて……。
そこで、ふとひとつの疑問に辿り着きました。
私の【制約】は、攻撃意志を持つと発動しなくなることは分かっていますが、攻撃ではなく戦況の補助としては使用できるのでしょうか。
物は試しです。出来なかったらまた別の方法を考えましょう。
私は二人が戦ってる地面に意識を集中させ、アーデルハイトさんの足元に向けて初歩的な氷魔法を放ってみます。すると、魔法が発動した感覚と共に、彼が足を着けようとしていた部分が凍り、アーデルハイトさんが足を滑らせました。
「なんだ!?」
「チャンス!!」
レナさんがすかさずアーデルハイトさんの腹部を蹴り飛ばし、初めて一矢報いることに成功しました。
なるほど。以前シリア様が仰っていた【制約】の穴というのは、こういう使い方ができるのですね……!
一旦距離を置き直すように、レナさんが私の隣へ跳びかえってきて小声で話しかけてきました。
「シルヴィ、今何やったの?」
「アーデルハイトさんの足元だけを凍らせて、彼の足場を奪ってみました。直接攻撃に繋がる行動はできませんが、妨害は出来るかもしれません……!」
「大発見ね! あ、ねぇ。それやるなら、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「何でしょうか?」
「あたしが転んだら元も子もないじゃない? だから適当にでいいから、空中に結界置いておくことって出来たりする? それが出来れば、あたしはそこを足場にして戦いやすくなるんだけど」
「できると思います。ですが、そんなに持続しないので数回程度で崩れてしまうかと」
「数回踏めるなら十分だわ。じゃあお願いね!」
親指を立てるレナさんに同じように返すと、彼女は再びアーデルハイトさん目掛けて飛んでいきます。
私も同じ要領で氷魔法で彼の足場を奪いつつ、あまり耐久性はない結界をレナさん達の周囲に展開すると、これまで劣勢だった試合の流れが徐々に変わり、アーデルハイトさんの顔に焦りの色が見え始めました。
「このまま続けられれば押し切れるかも。なーんて考えてない? シルヴィちゃん」
「っ!?」
私の思考を読むかのような発言と共に、私を目掛けて魔法が行使される気配がありました。慌てて結界を展開させると、フローリア様には劣るものの、強力な雷撃が結界に衝突しました。
「俺にも構ってよ。総長達だけじゃなくってさ」
「ヘルガさん……!」




