647話 魔女様達は入り口を探す
全員を運び終え、半径四メートルもない小島を隅々まで探してみましたが、ダンジョンの入口はおろか、お宝がありそうな気配など微塵も感じられませんでした。
「シュウ、上はどうだった?」
「鳥の巣があった程度だ」
「それが鍵……な訳無いしなぁ」
「鳥の巣にギミック仕掛けるとか、神経疑っちゃう」
「同感」
「あまり考えたくありませんね」
「あとあるとしたら何だ? やっぱ魔法的な何かか?」
「もう試したって」
「はい。テオドラさんと色々試してみましたが、反応はありませんでした」
「完全に手詰まりか……」
シュウさんの呟きに、全員が落胆してしまいます。
中でも、一番肩を落としていたのはアーノルドさんでした。
「んだよー……。ここに来れば戻れるって思ったのによー……」
「そう言えばアーノルドさん達は、どうしてここへ来たかったのですか?」
ふと気になって尋ねてみると、ドサッと大地に背を投げたアーノルドさんが「あー」と答え始めました。
「そういや、ルミナには言ってなかったか。俺達はルミナみたいに地図があるってわけじゃないんだが、ある噂を聞いてな」
「噂?」
「そうそう。なんでも、不帰の森の奥地にある湖のダンジョンには、何でも願いが叶う魔道具があるんだって!」
同じように寝転がったテオドラさんがそう答え、アーノルドさんがうんうんと頷きます。
そのテオドラさんの太ももを枕にするように寝転がりながら、ユニカさんも続けます。
「別にアーノルドはこのままでもいいけど、そんな凄い魔道具があるなら見てみたい」
「このままで良くねぇよ!?」
「別にいいんじゃなーい? あなた、その姿になってからお風呂に入ってる時間長いじゃない」
「なっ! そ、それは仕方ないだろ!? こんなに髪が長いんだから、洗うのも面倒なんだよ!!」
「えー? 切ろうかって聞いたら全力で断ってきたくせに?」
「勿体ないだろ!?」
「突然生えてきたものなのに?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを向けるテオドラさんに、アーノルドさんは顔を赤くしながらそっぽを向きます。
そんな彼に、テオドラさんは追い打ちをかけます。
「でもアーノルドも大変よねー。元々男だから私達とお風呂なんて死んでも入らせないし、かと言って今までみたいにシュウと仲良くお風呂にも入れないし?」
「仕方ねぇよ。シュウに気を使わせたくねぇし」
「俺は別に構わんのだが」
「俺が構うんだよアホ!!」
クワッと怒る彼に、全員で笑ってしまいます。
ですが、男性としても女性としても扱うことができない今の状況は、確かに不便そうには感じます。
そんなことを考えていると、私の気持ちを代弁するかのように、テオドラさんが彼に聞きました。
「もういっそ、女の子になっちゃえば? 満更でも無いんでしょその体?」
「いい訳あるかよ。力も弱ければ、背も低い。戻れるなら一秒でも早く戻りたいところだ」
「私は別にそのままでもいいと思うけどねー。ちょこちょこしてて可愛いし」
「分かる」
「ねー?」
「ならテオドラ、お前が男になったらどうするんだよ」
「別にどうもしなくない?」
「は?」
予想もしない返答だったらしく、アーノルドさんが素っ頓狂な声を上げました。
それに対し、テオドラさんは空を見上げたまま続けます。
「別に男になろうと女になろうと、私は私だもの。性別なんて、そんなに気にするものじゃないんじゃない?」
「いや、気にするだろ……」
「例えば?」
逆にテオドラさんに尋ねられ、アーノルドさんは思考を巡らせながら空を見上げます。
「そうだな……。例えば、普段から猥談ばかりするお前が、いきなりシュウみたいなガチムチのおっさんになって、同じように猥談して来たら俺は嫌だ」
「俺に飛び火したが?」
「あー、確かにシュウが猥談してたら嫌かも」
「お前が言うのか?」
「だって嫌じゃない? やっぱり猥談って言うのは、ゴリラじゃなくて可愛い女の子がするからこそ味があると思うのよ」
「お前、自分は可愛いから許されてると思ってるんだな?」
「え、可愛いでしょ私? 夜のオトモに何回した?」
「する訳ないだろう。同じパーティの仲間だぞ?」
「ホントにー? アーノルドなんてしょっちゅうなのに?」
「はぁ!?」
突然の攻撃に、アーノルドさんが勢いよく身を起こしました。
そんな彼をニヤニヤと笑いながら、テオドラさんは続けます。
「アーノルドは隠してるつもりだろうけど、私知ってるんだからね? たまーに一人で夜更かししてたり、隣の部屋でごそごそしてたり……」
「あ、あれはそう言うのじゃねぇよ!! それに、仮にあったとしてもお前なんかでするか!!」
「あ、そう言うこと言うんだ? じゃあ、私じゃなくてユニカでしてたんだ?」
「バッ!! バッカお前!! だから何でそういう事を平然と言うんだよ!?」
「死んでくれる?」
「ユニカ!? 今のを素で受け取るのかお前!? 仲間を信じろよ!!」
何だか、帰りたい気分になってきました。
私は一体、何を聞かされているのでしょう……。
その後もぎゃあぎゃあと騒ぎ続けていると、遂に我慢の限界に到達したらしいアーノルドさんが立ち上がり、テオドラさんに向かって飛び掛かっていきました。
しかし、テオドラさんもそれを見越していたようで、ひょいと体を動かすだけでアーノルドさんをあっさり躱してしまい。
「ほぎゃ!?」
「うおっ!?」
情けない悲鳴と共に、大樹に寄りかかっていたシュウさんに激突してしまいました。
その勢いはそれなりに強かったらしく、数倍はありそうな体格を持つシュウさんですら尻もちをついてしまうほどです。
「アーノルド、怪我は無いか?」
「いっててて……。クソ、テオドラ! そこから動くんじゃねぇ……ぞ?」
怒り心頭と言った様子で再び立ち上がったアーノルドさんでしたが、どうも体のバランスが取れなかったらしく、そのままふらふらと後退してシュウさんの股の間に腰を落としてしまいました。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ。まだ体に馴染めてないだけだ」
「そうか――うおっ!?」
まるで親子のようですと思った次の瞬間。
突如、大樹に開いた大穴が、シュウさんの体を飲みこむように内側へと誘いました!!
「え? おわぁっ!?」
当然、彼の股の間に座っていたアーノルドさんも、シュウさんと共に大穴の中へと落下していってしまいます。
「えぇ!? 何々、何!?」
「シュウさん!! アーノルドさん!!」
慌ててその大穴へ身を乗り出して二人の姿を探してみますが、思った以上に穴は深いらしく、二人の姿はどこにも見当たらないどころか、どこまでも暗い縦穴が続いているのがよく分かります。
「これ、どこまで深いの……? あの二人、死んでないよね……?」
『今は考えるよりも行動じゃ。行くぞシルヴィ!』
「あ、待ってくださいシリア様!!」
ひょいと穴の中へ飛び込むシリア様を捕まえようとしましたが、シリア様は私の手をすり抜けて穴の中へと消えていってしまいました。
……確かにシリア様の仰る通り、迷っている場合では無いと思います。
仮にこの大穴がダンジョンの入口だったとしたら、お二人はダンジョンのどこかに放り出されてしまっているのですから。
「行きましょう。私に捕まってください」
「え!? 行くって、ホントに!?」
「テオドラ、早く」
「えぇ!? でもこれ、落ちて大丈夫な高さなの!?」
「知らない」
「知らないならダメじゃない!?」
危険性を訴えるテオドラさんの言い分はもっともだと思います。
ですが、それを聞いていられるほど猶予は無いかもしれないのです。
「すみませんテオドラさん、失礼します!!」
「えっ、待っ――きゃああああああああああああああ!?」
私はテオドラさんを押し倒し、三人同時に穴の中へと飛び込みました。




