639話 魔女様は依頼する
人間領の南東に位置する、辺境都市ハルディヴィッツ。
ここは辺境ではあるものの、数多くの冒険者達が拠点とする大きな街だったりします。
そのため、各地から集まる冒険者を相手にするお店も数多く、夜七時を前にした現在では、あちこちから呼び込みの声や、食欲に訴えかけてくる香りが立ち込めていました。
『う~む……これでは、腹が減ってしまう方が先やも知れんな。さっさと済ませるぞ、ルミナ』
「……あ、はい!」
先程確認しなおしたばかりだというのに、“シルヴィ”ではなく“ルミナ”と呼ばれることにまだ馴染んでいなかったせいで、一瞬反応が遅れてしまいます。
そんな私をくふふと笑ったシリア様は、先導するように冒険者ギルドへと歩み始めました。
「こんばんはー! 冒険者ギルドへようこそ!」
ギルド直営の食堂が併設されているせいで、かなり賑やかな屋内の声にかき消されないように、受付の女性が声を張り上げて迎え入れてくださいました。
彼女の元へと移動し、用意していただいたパーソナルカードを提示しながら目的を告げます。
「こんばんは。パーティの募集をしたいのですが」
「はいはい! えーと、ふむふむ……。まぁ!? こんなお若いのにAランクのプリーストなんですね! 凄いですね~!!」
「えっ!? あ、あの、ありがとう、ございます……?」
突然カウンターに身を乗り出し、私の頭を撫で始める彼女に困惑していると、シリア様が念話で説明してくださいました。
『今のお主は、どこからどう見ても十歳の少女じゃ。そんな小娘がAランクを名乗っていよう物なら、どれほどの修羅場を潜り抜けてきたか察するに容易いものじゃよ』
『だからって、頭を撫でてくるものなのでしょうか……?』
『くふふ! 見た目は愛くるしい人狼種じゃからな!』
何となく説明になっていない回答を聞きながら、彼女が満足するのを待っていると。
「ほら、お嬢さんが困ってるじゃないか。いい加減にしな」
「ぁ痛っ!?」
どこからか現れた別の受付嬢の方が持っていた分厚いファイルが、ゴスッと音を立てながら私を撫でていた方の頭頂部を襲いました。
思わず身を竦めてしまった私に、その女性はケラケラと笑いながら話しかけてきます。
「ごめんねぇ。この子、愛想だけは抜群にいいんだけど礼儀ってものを知らなくてね」
「い、いえ。大丈夫です、慣れてますので」
誰かに頭を撫でられるなど、ほとんどがフローリア様によるものしか経験していないので、本当は全く慣れていませんが。
「そう。ならいいんだけど……って、あぁ! 何かの受注依頼の最中だった?」
「はい。少しパーティを探していまして」
「パーティねぇ。Aランクのプリーストが探してるってくらいだから、余程のことなんだろう? マチ、あたしに代わりな」
「そんなぁ~!」
「いいから行った行った。あんたは向こうで酔っぱらいの相手でもしときな」
「うぇ~ん……ルミナさぁ~ん……」
「あはは……」
名残惜しそうに何度も振り返っては、手を振ってくる彼女に手を振り返していると、「さて、と」と腰を下ろした受付嬢の方が本題に入り始めました。
「それで? どこに行きたいのかな? 内容によってはメンツが集まるまで数日かかるかもしれないけど、可能な限りお嬢さんの希望は叶えるよ」
「ありがとうございます。実は、不帰の森の奥地にあるダンジョンの攻略を目的としていまして」
「はぁ!? 不帰の森のダンジョンに行きたいぃ!?」
店内の喧騒さえ一瞬で沈めてしまうほどの大声に、他の利用者達からの視線が私達へ集められます。
しばらくして、思わず声を上げてしまったことにハッとした受付嬢の方は、咳払いをして話を再開させようとしました。
「いいかなルミナさん。確かに、あんたはAランクのプリースト。実力的には問題ないとあたしも思う。だけど、世の中にはランクじゃ計り知れない危険っていうのも山ほどあるんだよ。分かるかな?」
『ランクで計り切れんのは、こ奴も大概じゃがな』
シリア様。変なところで対抗心を燃やそうとするのは止めてください。
「ギルドに登録してくれている冒険者を見送る立場である以上、できればあたしは引き留めたい。あんたみたいな好奇心旺盛な子が出かけていって、冷たくなって帰って来たなんてのは、両手じゃ数えられないくらい見てるからね」
真剣なその声色に、本当に心配してくださっているのだと言う事がひしひしと伝わってきます。
ですが、ここでやっぱり辞めますとも言えない事情があるのです。
「もちろん、危険は承知の上です。私はプリーストとして、自身はもちろん、パーティの皆さんの生存を最優先させるつもりです。その上で、私と共に来てくださる方を探したいのです」
「……どうしても、かな?」
「どうしても、です」
決意を込めた私の返答に、彼女はやれやれと息を吐きましたが、やがて優しく微笑んでくださいました。
「そこまで覚悟ができてるんなら、あたしはもう何も言えないよ。でも、絶対に生きて帰ってくること。これだけは約束してくれるかな?」
「はい。パーティを組んでくださった方々と共に、全員揃って帰ってくることを約束します」
「そうか……。わかったよ、じゃあ手続きを再開させようか。ここに望むメンバーと諸条件を書いてくれるかな?」
「わかりました」
折れてくださったとは言え、その後も彼女は何度も確認を重ねてくるほどでした。
やはり、不帰の森の危険度は相当なものなのでしょうか。そう考えながら募集要項を埋めていき、一通り埋め終わったそれを提出します。
「ふむふむ……。前衛二名、中衛一~二名、後衛一人か。悪くないと思うけど、後衛のサポートはルミナさんが一人で務めるってことかな?」
「はい。もう一人の方に、魔法による火力役を担当していただければと」
「うーん。別に実力を疑ってる訳じゃないけど、サポーターは二人以上いた方が安定感はあるよ? それでも大丈夫?」
「大丈夫です。慣れていますので」
「慣れてるって、普段どんなパーティにいたのやら……」
パーティに所属したことはありませんが、日々負傷者の治療を数十人分こなし、時折レナさんの戦闘支援の特訓も行っているので、恐らくは問題ないはずです。
それに、私が使う治癒魔法や支援魔法が独自のもの過ぎて、もう一人のサポーターの方の肩身を狭めてしまう可能性すらあり得ますから……などとは、口が裂けても言えません。
「まぁいいよ、冒険者にも様々な過ごし方があるからね。それじゃあ、雇用金額だけど……合計で白金貨七枚ってところかな」
「そ、そんなにするのですか!?」
「そりゃそうだよ。なんせ、危険度S地域の中でも名高い不帰の森だよ? それに、いくら人間に友好的な魔女がいるって言ったって、いつ手のひらを返してくるかも分からないんだから、危険度はさらに上がるよ」
「そんなことはあり得ないと思うのですが……」
「そう言いきれる証拠でもあるのかな?」
私がその魔女だからです。と言いたいところですが、それを言ってしまえば、わざわざ変装している理由が無くなってしまいますし、何より全てが台無しになってしまいます。
「ぽ、ポーションとかを売ってくださっているのですから、余程のことがない限りは大丈夫では無いかと」
「その余程の事が何なのかが分からないから、ギルドとしては保険をかけておきたいってこと。分かるね?」
『くふふ! こ奴の言う事にも一理ある。諦めて払ってしまえ』
『分かりました……』
渋々、お財布から白金貨を七枚取り出した私へ、受付嬢の方は少し驚いた様子を見せました。
「これは驚いた。成功払いじゃなく、前払いだなんて」
「何か違うのですか?」
「えぇ? もしかしてルミナさん、あまり報酬にこだわらずにここまでやって来たの? 本当にどんなパーティにいたのやら……。成功払いって言うのは、その名の通り攻略が成功したら報酬を渡す方式さ。失敗したら銅貨一枚すら貰えない分、成功後の上乗せに期待する冒険者が多いんだよ」
『昔は成功払いは難癖付けて減額してくる輩もおったが、それなりに上乗せする依頼主も多かったのぅ。今はどうか分からんが』
「で、前払いは失敗しても、ある程度は報酬が保証されている方式。基本的には成功時の半額だけど、それでも保証があるってだけで好む冒険者も多いんだよ」
『前払いは満額が最初に支給されるからな。かなり気前のいい依頼主と印象付けするのにも役立つのじゃ。その分、上乗せはほぼ期待できんがの』
なるほど、とシリア様の補足説明を受けながら、受付嬢の方へ頷きました。
「前払いで大丈夫です」
「分かった。それじゃあ、このお金は預かっておくからね。メンツが集まったら連絡してあげるけど、どこか泊まる予定の宿とかはある?」
「いえ、特には考えていませんでした。どこかオススメがあれば、教えていただきたいです」
「そっか。なら、二個先の通りにある“ヨッテッ亭”がいいよ。名前はふざけてるけど、この街で隠れた名宿だからさ。冒険者にも人気の宿なんだ」
「ありがとうございます。では、そこに滞在しようと思います」
「うん。それじゃあ、集まり次第すぐに連絡するよ。今日はゆっくり休んでね」
彼女に頭を下げ、私達は紹介された宿へ向かうことにしました。




