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638話 魔女様は冒険者ギルドへ向かう

 診療所を少し早めに閉じ、出発の準備をしていると、受付の掃除を終わらせてくれたエミリとティファニーが部屋に帰ってきました。


「あ! 良かったー! お姉ちゃんまだいた!」


「だから言ったでしょう? お母様が何も言わずに出かけたりしませんって!」


 どうやら、皆さんに掃除をお願いして二階へ上がって行った私を見て、すぐに出発してしまうのではないかと心配していたようです。

 二人に笑いかけ、優しく頭を撫でてあげることにしました。


「大丈夫ですよ。出かける時は必ず、誰かに行き先を伝えますので」


「わたしがいい!!」


「いいえ、ティファニーにしてください!!」


「ふふっ。では二人に言うことにしますね」


「「わーい!!」」


 満面の笑みを浮かべ、ブンブンと尻尾を振って喜びを表現するエミリと、嬉しさから華やかな香りを匂わせるティファニー。

 そんな愛おしい妹達を愛でていると、いつまでも部屋から出てこないことに業を煮やしたと思われるシリア様が、部屋の中へ入ってきました。


『何をもたついておるのかと思えば……。ほれ、ぼちぼち出なければ色々と間に合わんぞ?』


「すみませんシリア様。では、行ってきますね」


「うん! 行ってらっしゃい、お姉ちゃん!」


「お留守番は任せてください!」


 私がルサルーネで食堂を営業していた間、しっかりと診療所を回してくれていたティファニーが任せて欲しいと言ってくれると、とても頼もしく感じられます。

 くれぐれもケンカしないようにと念押して家を出ると、ちょうど帰ってきたところと思われる、レナさんとフローリア様と鉢合わせになりました。


「あ、シルヴィとシリア! 今から出発するの?」


「はい。今日の内に、ギルドでパーティの募集をしなければなりませんので」


「早ければ明日の夜、遅くても三日以内だっけ?」


「その予定です。ただ、ダンジョンの情報が無いので、規模次第では長引くかもしれません」


「その時は連絡してくれるんでしょ? なら大丈夫よ」


 そう笑うレナさんでしたが、すぐに肩を落としてしまいます。


「はぁーあ。やっぱりあたしも行きたかったなぁ……」


「私は可能なら行きたくないのですが、そんなに行きたいものなのですか?」


「そりゃそうよ!!」


 レナさんはバッと両手を広げ、どれほど行きたいかを語り始めました。


「魔法があるってだけでも十分ファンタジーだけど、ダンジョンで宝探しなんてこれ以上無いくらいファンタジーだわ! ゲームとかマンガでしか見たことがないけど、きっとダンジョンの中には魔獣とかトラップがわんさかあるのよ! めちゃくちゃ見てみたいわ!!」


「レナちゃんね、シルヴィちゃんが羨ましいみたいでね? あたしも行きたかったってずーっと言ってたのよ?」


『やれやれ……。今日は一段とボロボロになっておると思ったが、集中を欠いておったな?』


「あはは……」


 照れ隠しに笑うレナさんの全身は土埃に塗れていて、髪もボサボサになっていました。


「私が診てあげたいところですが、今日はティファニーに診てもらってください。お風呂が染みるかもしれませんので、ゆっくり入ってくださいね」


「ありがと、そうするわ。汗で全身ベタベタするし、痺れ過ぎて筋肉が痛いし、早くお風呂入りたいわ……」


「大丈夫よレナちゃん! 今日も隅々までピッカピカにしてあげるからね!」


 フローリア様の言葉に、レナさんは心底嫌そうな顔を浮かべました。

 シリア様と一緒に小さく笑い、彼女達に別れを告げて転移像まで向かうことにしました。


 夕焼けが彩る空を見上げながら、夏の空気を全身で感じて歩くこと数分。目的地である広場へと到着しました。

 猫の転移像を中心に作られている広場は、この時間になるとペルラさん達の酒場へ向かう人達が多く利用しているのですが、今日は珍しく誰もいないようでした。


『ふむ、都合がいいな。ここで着替えてしまうとするかの』


「分かりました」


 亜空間収納の入口を開き、中にある私の部屋で着替えを始めることにします。


 魔女としてのいつもの服を脱ぎ、下着のみになった状態で、例の変身用魔道具であるチョーカーを首に付けます。

 それと同時に、ポンッとコルク栓が抜ける音を奏でながら煙が立ち上りました。


 これはいつもの演出なのですね、と苦笑した私が次に目を開けると、姿見の前に、可愛らしい人狼種の女の子が現れました。

 くりくりとした、大きな紅い瞳。頭上でぴょこぴょこと動く、三角の耳。腰の後ろからゆらゆらと揺れている、エミリにも負けず劣らずの立派な尻尾。

 そして、こう言ってしまうと怒られそうではありますが、レナさんより少し低いと思われる身長なのに対し、彼女よりは大きさがある胸。


 そのいずれもが、私とは共通点の無い見た目へと変化していました。


『うむうむ。その瞳だけは、神力の関係上変えることが叶わんかったが、反対を変えることは容易いからのぅ。両目を出すことに慣れておらんとは思うが、そこは我慢するようにの』


「はい。無意識に隠そうとしないかだけが心配ですね」


『くふふ! 癖で前髪を触ってしまうとでも言えば何とかなろう! ほれ、早う着替えてしまえ』


 シリア様に頷き、フローリア様からいただいた“スチームパンク”と呼ばれるデザインの服へ着替えます。

 可愛らしくも大人っぽさを両立させるそれに袖を通し、腰元の小さなポーチとベルトバッグへポーションを数本収納しておきます。


 一通り支度を終えた私の周りを、シリア様は最終チェックと言わんばかりにぐるりと回り。


『よし、では行くとするかの』


 私の変装にお墨付きを出すと、一足先に亜空間収納の外へと向かっていきました。

 その後に続き、猫の転移像前へと移動した私へ、シリア様は小さく咳払いをしてから確認してきます。


『良いか? ここから先のお主はシルヴィ=グランディアではなく、ルミナ=クルトワじゃ。くれぐれも名乗りを間違えぬようにな』


「はい。私はルミナ、ルミナ=クルトワです。今年で十歳になった、人狼種のプリーストです」


『うむ。はてさて……この時代の冒険者の質を、見極めに行くとするかの』


 少し楽し気に言いながら、シリア様は転移像を起動させました。

 足元の魔法陣が放つ光に包まれ、一瞬の浮遊感を感じた直後。


『到着じゃ。まずは冒険者ギルドからかの』


 久しぶりのハルディヴィッツの街並みが、私たちを出迎えるのでした。

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