637話 魔女様は変化する
「な、何なのですかこれはー!?」
フローリア様が服を持ち帰った翌日のお昼過ぎ。
聞き慣れない甲高い悲鳴が、我が家に響きわたりました。
「きゃあ~!! 可愛い! 可愛すぎるわシルヴィちゃん!! 可愛い可愛い!!」
「やめてください! 離してくださいフローリア様!!」
「ぴょこぴょこしてる耳!! エミリちゃんみたいな尻尾!! くりくりしたお目目!! ちっちゃいシルヴィちゃん最高よ~!!」
普段よりも一層強く感じられる抱擁から逃れられず、早々に諦めるしかできません。
頬擦りされ、頬にキスをされ、豊満過ぎる胸の間に顔を埋められた上で撫で回され……と、彼女の気が済むまで無心になろうとした下着姿の私へ、シリア様が笑いかけます。
『どうじゃシルヴィ? その姿ならば、誰もお主とは思わんじゃろうよ!』
「それはそうかもしれませんが」
『なんじゃ。不満そうじゃな?』
不満とまでは言いませんが、あまりにも違いすぎる自分の姿に違和感しかないのです。
自室の姿見へ視線を向けると、フローリア様に溺愛されている幼い女の子の姿が見えました。
頭上に生えている、三角の耳。
セミロングほどの長さを持つ、亜麻色の髪。
疲弊している私の気持ちを代弁するように、半分閉じられている赤い両目。
成長途中を窺わせる、程よい大きさと形を持つ胸。
腰から揺れている、髪と同色のもふもふとした尻尾。
私の身バレ対策にと、シリア様が用意してくださった改良型魔道具は、本当に私の特徴がひとつも反映されていませんでした。
「ここまで変わるとは思っていなかったもので」
『くふふ! これまでに兎人族、サキュバスと試してみたが、そのいずれもお主の姿をベースにしておったが故にバレておったからな。初めから全て変えてしまえば良かったのじゃよ』
言いたいことは分かりますが、ここまでする必要はあったのでしょうか。
昨日の会話から、せいぜい背丈や種族が変わるくらいだと思っていただけに、主に髪色や目の色まで変わったことに驚きが隠せません。
「ほらほら! 早速着てみて!?」
「はぁ……」
改めて取り出された昨日の服を前に、どちらを着るべきか迷ってしまいました。
可愛らしさだけで見るなら、ふわふわとした愛らしさを感じさせるコーディネートなのですが、あれでダンジョンへ向かうとなると、あまりにも場違いな気がしてしまいます。
そう考えると、やはりもう一方を選ぶべきなのかもしれません。
「では、こちらをお借りします」
「どうぞどうぞ! 早く着替えて!!」
フローリア様は急かしながらも、丁寧に着方を教えてくださいました。
おかげですんなりと着替えることができ、ウエストを細く見せるためのベルトを締め終えた私を見た彼女は、これまで以上の歓声を上げました。
「きゃあ~~~~~!! 最高! 最高よシルヴィちゃん!! バッチリ似合ってるわ!!」
「あ、ありがとうございます……」
まるでこの体型のスリーサイズを知っていたのではないかと思えるほど、フローリア様が持ち帰った服は体にフィットしていました。
それに、アンティーク調な色合いのおかげか、この体型でも少し背伸びしたファッションをしているくらいにしか見えません。
『ふむ、ベルトバッグが程よく冒険者らしさを出ておるな。これならば、良くて貴族出身の冒険者程度に見られるじゃろうて』
「貴族の方々でも冒険者になるのですか?」
『うむ。じゃが、その大半は庶民の冒険者と同列にされたくない者が多くての。妾の頃と同じならば、貴族用の冒険者ギルドなるものがあるはずじゃ』
「同じ仕事をするのに、そこまで階級を意識するのですね」
『貴族という生き物は、何よりも体裁を意識したがる面倒な奴らじゃ。仕方あるまいて』
「ちなみにシルヴィちゃんも、貴族出身って事にしてあるからね!」
「え? 以前作っていただいたあのパーソナルカードを使うのでは無いのですか?」
「あれはエルフォニアちゃんに作ってもらったやつでしょ? あそこに登録されてるデータだと、今のシルヴィちゃんと食い違い過ぎて疑われちゃうのよ~」
「はいこれ!」と手渡された冒険者カードには、今の私の外見と同じ人物が写っているバストアップ写真が添付されています。
「名前は……ルミナ=クルトワですか。これも、実在する人名なのですか?」
『ルミナという名はおらんが、クルトワという家名なら存在していたのじゃ。かつて、妾が指示しておった魔女の中に没落貴族がおってな。そやつの家名にあやかっておる』
「今もどこかで貴族の血を絶やさないように頑張ってるらしいけど、気にしなくていいくらいみたい! だから大丈夫よ!」
「そうでしたか……。有難くお借りします」
顔も知らない貴族の方々にお礼を告げ、改めてカードに視線落とします。
年齢は十歳で、種族は人狼種。職業はプリーストで、冒険者のランクはAと書かれています。
「今回もプリーストで大丈夫なのですか?」
『お主はそれ以外できんじゃろう』
「それは、まぁ……」
「危なくなったら全力出してもいいけど、できるだけパーティの子達に合わせてあげてね?」
『くふふ! お主の盾とゴーレムがいれば何ら問題は無いが、あくまでも冒険者として参加するのじゃ。妾もついて行ってやるが、あまり派手なことはせんようにな』
「気を付けます」
『うむ。では、夕方までにその体に馴染んでおくのじゃぞ。夜は街で泊まるからの』
シリア様に頷き、私は体の勝手を調べるがてら、庭先で軽く魔法の練習をする事にしました。




