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635.5話 それぞれの決戦前夜・3 【レオノーラ編】

新章開幕です!

今日は1時間後に本編を投稿しますので、お楽しみに!

 三月二十三日。深夜、某所にて。

 普段なら静けさに包まれている魔王城では、慌ただしく駆け回る無数の足音と、全体の指揮を執るべく声を張り上げている城主の声が響いていた。


「まもなく先遣部隊より連絡が入る頃ですわ! 第一部隊は出陣の準備を進めなさい! 第二、第三部隊は作戦通り、第一部隊とは別ルートで出陣するように! 第四部隊は(わたくし)が直々に指揮を執りますわ!!」


「「はっ!!」」


 城主の名は、レオノーラ=シングレイ。

 二千年前に世界を統一せんと猛威を奮っていた、魔族達の王である。


 その彼女がかつての戦装束に身を包み、武装を整えているのには理由があった。


「報告致します! 先遣部隊、王都ホルンストン近郊に到着した模様です!!」


「同じく遊撃部隊より、所定のポイントに到着とのことです!!」


 かつて、【始原の魔女】に阻まれ攻め落とせなかった、人間領の心臓とも言える王都ホルンストンへの進軍のためであった。


「ほな、行ってくんで」


「えぇ。先陣は任せましたわよ、シュタール」


「任せといてや。なんなら、そのまま攻め落としてまうさかい」


 相棒とも言える大剣を肩に担ぎ、茶目っ気のある笑みを見せたのは、ブレセデンツァ領の領主であり、魔族領が誇る四大戦力の一人でもあるシュタール=ブレセデンツァである。

 常日頃から和装を好む彼女もまた、来たる対戦に向けて騎士然とした鎧に身を包んでいた。


「さぁ、出陣や! 気張って行くでー、第一部隊! ド派手な花火、神さんに見したろうやないか!!」


「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」


 部下の鼓舞し、士気を高めるシュタールへ、レオノーラは瞳を閉じて武運を祈る。

 ――この大戦で命を散らすこと無く、自分の良き好敵手として、再び姿を見せてほしいと。


 その想いを感じ取ったのか、シュタールはふいに立ち止まるとレオノーラへ振り返り、にぃっと笑ってみせた。


(シュタールには、不要の心配かもしれませんわね)


 その笑みに笑い返し、レオノーラは小さく手を振って送り出す。


 転移魔法を使い、中継点へ移動して行った彼女達を見送ると、レオノーラの顔の横にマジックウィンドウが表示された。

 浅黒い褐色肌と、部分的に赤が混じっている黒髪を持つ、羊角の魔族の男性。レオノーラの懐刀でもあり、シュタールに肩を並べる実力を持つクローダスである。


『失礼致します、魔王様。神具の配置が整いました』


「結構ですわ。合図は追って出しますので、そのまま待機なさい。そちらは任せましたわよ、クローダス」


『はっ』


 手短に通話を終えたレオノーラは、これからの作戦について、脳内で確認を始めた。


(現在のグランディア城を守護しているシルヴィから、一時的に神力を奪えると言う神殺しの兵器……。それによって効力が弱まった瞬間を狙い、一気に城内までの道を切り拓くことが、私達魔族の役割ですわ。ですが、五分と言うほんの僅かな時間で、ひとつのミスも許されないだなんて、本当にシビアな作戦ですわね。立案者に文句を言いたいところですわ)


 だが、この作戦を立案したのは、他でもない彼女自身であった。

 制限時間は、伸ばそうと思えばいくらでも伸ばすことは出来た。

 自分達の役割に対する負担率も、分散させようと思えば下げることは出来た。

 しかし、それらを選択することで、自分の友であり魔族の救世主でもあるシルヴィを傷付けることに繋がってしまう。


 あらゆるリスクを計算し、持てる手段の全てを総動員して練られた、シルヴィを可能な限り傷付けずに済むプラン。

 それが、五分以内に城内までの障害を排除するというものだった。


 成功率など一割にも満たない、あまりにも無謀でハイリスク過ぎる作戦に、レオノーラ自身も笑うしかできなかった。


「本当に、こんな作戦でよく賛同を得られたものですわ」


 思わず零れてしまった本音に、彼女のお付きメイドであるミオが静かに返答した。


「これも全て、シルヴィ様が歩んでこられた道があってこそかと」


「誰よりも命を大切にしたがるくせに、誰よりも命知らずなところありますもんねー。いくら神話級の杖があったからって、あんな真似はできませんよ」


 ミオの隣で、兵士達へ指示を飛ばしていたミナの言葉に、レオノーラは頷く。


「だからこそ、魔女を恐れていた魔族の心を揺さぶれたのでしょう。彼女らしいと言えば、らしいやり方ですわ」


「シルヴィ様、今頃どうされているのでしょうかね。時間も時間ですし、夢の中だったりするのでしょうか」


 ミナの言葉に、レオノーラは夜空を見上げながら答えた。


「夢は夢でも、永遠に覚めることの無い夢の中ですわよ」


 月明かりに照らされているその横顔は、今にも泣き出しそうなほどであった。

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