632話 魔女様は思い馳せる
全てが終わり、マガミさんに宿まで届けていただいたまでは良かったのですが、私を待ち受けていたのは、私の帰りを待って起きていた皆さんでした。
「やっと帰って来た! 何してたの――って、えぇ!? ボロボロじゃないシルヴィ!?」
「あらぁ~! 魔力も神力も空っぽ! これはマガミくんに負けちゃって、えっちなことされ――いったあああああい!?」
『この痴女神が! 貴様と同列にするでないわ!!』
「おっ、お尻! お尻割れちゃう! 痛い~!!」
「お姉ちゃん大丈夫!? 痛いとこある!?」
「お母様、ティファニーが癒して差し上げます! さぁこちらへ!!」
「はっはっは! 大人気だなシルヴィ殿!」
言葉を返せるほどの気力も残っておらず、苦笑を浮かべるしかできなかった私を、マガミさんは背中から降ろしてティファニーの膝の上に寝かせます。
ティファニーから治癒魔法を掛けてもらうと、花の香りと同時に、体の疲労がゆっくりと引いていくような気がしました。
そんな私を見ながら、マガミさんは皆さんへ嘘の説明を始めました。
「いや何、シリア殿から聞き及んでいた実力を確かめたくなってな。我がマガミ流の剣技で打ち崩せるか試してみたくなったのだ」
『阿呆なのか貴様は? こんな夜遅くにやるべきことでは無かろう』
「思い立ったが吉日と言うでは無いか。事実、俺はスッキリした!」
「シルヴィはスッキリしてなさそうなんだけど」
「はっはっはっはっは!」
「笑って誤魔化したわよこの人!?」
『はぁー……。まぁ良い、何か事件に巻き込まれておらんのだな?』
「無論だ! この俺が付いている限り、そのようなことは起こさせん!」
「謎の自信なんだけど……。ホントに大丈夫なのシルヴィ? 将軍さんにボッコボコにされただけ?」
「え、えぇ……。彼の持久力に、私が付いていけなかっただけです」
『お主は長期的な戦いには不向きな体力をしておるからのぅ。今後の課題じゃな』
「わたしも一緒にトレーニングしてあげる!」
「あぁ! ずるいですずるいです! ティファニーもお手伝いします!!」
「じゃあ、お姉さんも混ざっちゃおうかしら~!?」
『貴様は寝ておれ』
「ひどぉい!!」
きゃあきゃあと盛り上がる中、メイナードが何かを言いたげにこちらを見つめているのに気が付きました。
私が皆さんに見えないように、小さく口元に指を当てて見せると、彼は鼻を鳴らして瞳を閉じました。
……本当に、メイナードはいつも私のことを心配してくれていますね。ありがとうございます。
彼からの優しさを受け止めながら、私は嘘がバレないように話に混ざっていくことにしました。
『何じゃと!? あの杖が壊れた!?』
「申し訳ありません……」
マガミさんも帰り、大分動けるようになった私は、シリア様とお風呂に入っていました。
出来事については嘘で隠せても、壊れてしまったものについては誤魔化しが利かなかったため、マガミさんとの戦闘で壊れてしまったことを告白した私へ、シリア様は大層驚かれていました。
「マガミさんはどうやら、神力を無効化する力をお持ちだったようです。それに気付くのが遅すぎたせいで、杖が砕かれてしまい……」
『何と……。では、妾と戦っていた時は本気では無かったと言う事か。末恐ろしい奴め』
ちゃぷ、と水音を立ててシリア様が湯船へと入り、気持ちよさそうに声を漏らしながら肩まで浸かります。
『それでお主は、魔力の増幅を絶たれたがために劣勢になっていたと言う事か』
「はい。今までは杖である程度肩代わりしてもらっていた分を、私自身で受けることになったりもしたので、余計に戦いにくかったです」
『ふぅむ。如何にレプリカとは言えども、かなりの自信作だったのじゃがなぁ』
少し残念そうなシリア様に、真相を言えない罪悪感が私の良心を苦しめます。
しかし、思いの外シリア様は軽く考えていらっしゃったようで、けろりとした様子で言葉を返してきました。
『ま、壊れてしまったものは仕方あるまいて。新たに作るもよし、ダンジョンに探しに行くもよしじゃ』
「そう言えば、シリア様のあの杖はお手製なのですよね?」
『うむ。妾の師である、ニーナという【炎獄の魔女】からいただいた魔導石を組み込んだ物じゃ。如何せん、魔導石が強すぎたが故に杖本体を作るのに苦心したが、我ながら最高の出来じゃったな』
「あの杖は、今はどちらにあるのでしょうか」
『何じゃお主。あれが欲しいのか?』
「はい。叶うのであれば、シリア様のお力が染みている杖の方が使いやすいのではないかと」
私の返答を受けたシリア様は、少し考えるように夜空を見上げていましたが。
『いや、無理じゃ。あれはもう、とうに失われておる』
「そうなのですか?」
『うむ。今探ってみたが、どうやら八百四十年ほど前に王家から持ち出されておったようじゃ』
八百四十年前。その年号は、どこかで聞いたような気がします。
必死に頭の中の引き出しを探った結果、以前エルフォニアさんがその年号について口にしていたのを思い出しました。
「確か、ベナトゥルー戦争と呼ばれる大戦が行われた年でしたか」
『やも知れぬな。王家の内部にも侵入され、宝物庫を荒らされて持ち出されたとある』
「そう言うことは分かるものなのですね」
『生前の妾の持ち物じゃからな。人から神への異例の昇格ではあるが、その分生前の情報などはいつでも調べることができるのじゃ』
「持ち出された後は分からないのですか?」
『うむ。そこで情報が途切れておることから恐らくは、その大戦で壊されたのじゃろう』
聖遺物とでも言えそうな貴重な杖を持ち出し、あっさりと壊してしまっていたことに、私は過去の人を恨まずにはいられませんでした。
そんな私を、シリア様はくふふと笑います。
『せっかくじゃ。お主もオリジナルの杖を求めて、ダンジョンにでも行ってみたらどうじゃ?』
「戦えない私がダンジョンに行ったところで、足手まといにしかならないような……」
『ほれ、妾の過去を見たのならば分かるじゃろう? ダンジョンはそもそも、一人で行くような場所では無い。盾役、攻撃役、支援役と各々の役割という物があるのじゃ。お主ならば盾役も容易いとは思うが、怖ければ支援役として参加するのもよかろうて』
言われてみれば確かに、シリア様達のパーティでは支援役として、僧侶のクミンさんがいらっしゃいました。
主な役割は身体強化や治癒でしたし、あれなら私にもできるかもしれません。
「そうですね。クミンさんのような支援役ならば、私もできるかもしれません」
『うむうむ。日頃からレナの動きについて行けるお主ならば、そんじょそこらの冒険者程度の動きなど完璧にサポートできるじゃろうよ』
「あれ? と言う事は、レナさん達とは一緒には行かせていただけないと言う事でしょうか?」
『レナはレナで、鍛えねばならんことが山積みじゃ。エミリやティファニーにはダンジョンは早すぎるが故に、同伴してやるとすれば妾のみじゃ』
「そうでしたか。ですが、シリア様が一緒なら何も不安はありません」
『くふふ! それはどうかのう』
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるシリア様に苦笑を返し、この旅行が終わった後のことに思いを馳せます。
今回、間近で見ることとなったソラリア様のあの実力。
あの力に対抗するには、シリア様からいただいたあの杖以上の力を持つ、強い杖が必要となりそうです。
ユースさんやロイガーさんのような、神代兵器級の武器とまでは言わずとも、神力に適応できる杖があると心強いと思います。
その杖を手にしたら、今度はソラリア様との決戦が待っているのですね。
どうすれば、彼女と争わずに手を取り合うことができるのでしょうか。
その時、ふと別れ際に聞いた言葉が脳内で再生されました。
『……やれるものならやってみなさい。あんたの中のあたしの力に触れて分かったけど、あたしはどこかで、あんたに期待してるのかもしれないからね』
ソラリア様が、私に期待していることとは何なのでしょうか。
彼女も、私達と殺しあう以外の道を探しているのでしょうか。
今はまだ、何も分かりません。
ですが、今回の件でソラリア様のことは少し分かったような気もします。
「必ず、手を取りあえる道を探してみせます」
『何か言ったか?』
口から零れ出た決意に、シリア様が反応を示しました。
私は「何でもありません」と微笑み、壁に掛けられている時計へ視線を向けます。
時刻は、零時五十分。
無事に時の牢獄から抜け出せたことを、しっかりと物語ってくれています。
私は体重を岩肌に預け、シリア様と共に夜空を見上げながらお風呂を満喫するのでした。




