629話 魔女様は駆け回る
「ほぉら王女様? さっさと守らないとあのおっさん死ぬわよ!?」
「分かって――ますっ!!」
「むっ!? すまないシルヴィ殿!」
「気にしないでください!」
彼を雷撃から守り、数言交わしているこの瞬間にも、再び荒れ狂っている雷撃が私達へ襲い掛かります。
その攻撃は前回の戦闘とはまるで異なる軌道と威力を誇っていて、まるで前回の行動など手加減に過ぎないとでも言われているかのようです。
というのも、こちらの攻撃が確実に効いているのが原因なのですが……。
「アビサル・スライサー!!」
「参の型……徒桜!!」
上空からは、赤黒い無数の剣閃が。
地上からは、舞い散る桜と共に斬り刻む斬撃が巨体を襲います。
それらは回復ができなくなった巨体に、確実にダメージを蓄積させ続けていて、攻撃が加えられるたびに巨体がもがき苦しんでいるのが目に見えて分かります。
しかし、フローリア様を模した巨体も、ただ痛みに悶えるだけではないため、精密なコントロールを失った代わりに、威力が跳ね上がっている雷撃で反撃してきているのです。
直撃するものだけを防ぎ、マガミさんへの被弾を抑える簡易結界を付与してその場から離れます。
「また消えたらかけ直しに来ます!!」
「かたじけない!!」
素早く空へと飛び上がり、続けてソラリア様にも同じものを付与しようとしましたが、ソラリア様の右足には、雷撃が掠めた際にできた痛々しい火傷の跡がありました。
「ソラリア様、失礼します!」
「ちょっと!! なに気安く触れてんのよ!?」
「すみません! 少しだけ我慢してください!」
見た目からは想像できないほど軽い彼女を抱き抱え、狙われないように空中を飛び回りながら治療を行います。
流石に神体という事もあって、いつも通りの治癒では効き目が悪すぎます。神力を使えば、私の中にあるソラリア様の力を吸収されてしまう可能性もありますが、やむを得ないでしょう。
神力を用いて治癒を施すと、ソラリア様の右足を焼いていた火傷の跡はみるみるうちに消えていきました。
「へぇ? あんたの治癒魔法は神にも通用するのね」
「以前、フローリア様で効き目が悪いことは学んでいましたので、神力を混ぜた治癒魔法を使っています」
「悪くない応用力だわ。意外と賢いじゃない」
褒められているのか、貶されているのか。何とも受け取りづらい言葉に、とりあえず苦笑いで返します。
何とか移動しながらの治療という荒業を成し遂げると、ソラリア様はパッと私から離れていきました。
「礼は言ってあげるわ。攻撃も満足にできないあんたでも役に立てるのね」
「ありがとうございます」
「ちっ……。皮肉にも反応しないなんて、ホンットつまらない王女様だわ」
露骨に舌打ちをしたソラリア様は、再び青白い巨体へと飛び掛かっていきます。
さて、そろそろ私も準備を進めないといけませんね。
木の陰に身を隠し、地面に杖を突きながら素早く詠唱を行います。
「我が想いよ、剣となりてここに形を成せ! 勇猛なる猫騎士!!」
『『ニャー!!』』
「二体だけ残って、私の援護をお願いします! 残りはマガミさん達の加勢を!」
『ニャ!!』
召喚した猫のゴーレムに指示を飛ばし、即座に二手に分かれます。
続けて、“万象を捕らえる戒めの槍”の発動準備のために、巨体を中心として、円を描くように印を刻みながら走ります。
前回は拘束すらも無効化されてしまいましたが、回復ができなくなっている今回ならば、多少は効果があるはずです。
印を刻みながらもお二人から意識を外さないようにしていたつもりでしたが、巨体が一際強く発光したと同時に、ソラリア様とマガミさんから悲鳴が聞こえてきました。
「ソラリア様! マガミさん!!」
「ぐっ……。こちらは心配無用だ!!」
「あんたに心配されるほどヤワじゃないって――のっ!!」
どうやら、巨体が完成に近づき始めていることで体勢が変わり、より精密かつ高火力の雷撃が撃ち込まれ始めたようです。
前回、この膝立ちフェーズに入った時は、残り時間があと二十分ほど残っていたはずでしたが……とウィズナビを確認すると、現在の時刻は十一時三十六分を示していました。私達の予想よりも、巨体の進化が少し早まっているようです。
これは急がないと、前回よりも早い時間切れが訪れてしまうかもしれません。
急ぎめで走る速度を上げ、印を刻んで別の場所へと向かいます。
しかし、それを見逃してくれるはずもなく、私の行く手を阻むように雷撃に穿たれました。
「くっ……あぁ!?」
舞い上がった土煙が収まりを見せた頃には、地面に大穴が空けられてしまっていて、印を刻む予定の場所まで潰されてしまっていました。
別の場所を使うべきでしょうか? いえ、それでは配置した印との対角線上から逸れてしまうので、効果が大幅に下がってしまいます。
ですが、こればかりはどうしようも……と諦めそうになった私へ、追い打ちをかけるように雷撃が降り注いで来ます。
それを聖盾で弾き返した瞬間、遠くからソラリア様とマガミさんの悲鳴が再び聞こえてきました。
――もう、別の場所を計算し直す時間はありません。地面が使えないのであれば、空を使うまでです!
覚悟を決めて上空へと飛び上がり、私自身を印のひとつとするように魔法陣を生成します。
それに呼応して、各地に刻まれた印が眩い光を放ち始めました。
「ソラリア様! いつでもいけます!!」
「おっそいのよ!! さっさと捕えなさい!!」
「はい! 発動せよ、アーレスト……」
しかし、その詠唱を妨げるように、私を狙った雷撃が襲い掛かってくるのが見えました。
既に詠唱が始まってしまっているため、ここから魔法を切り替えて聖盾を構えることはできません。
さらに言えば、直撃するか逃げるかのどちらを選んだとしても、ここから私が離れれば印代わりの魔法陣は消え、これまで準備してきた印も消えることになります。
万事休す。正しく言葉通りの詰みの状況に、目を瞑ることしかできません。
ですが――。
「枝垂桜ッ!!」
かなりの高度にいたはずの私の眼前に現れたマガミさんが、刀で雷撃を割ってくださいました!
彼はその後も襲い来る雷撃を全て叩き切りながら、声だけをこちらへ飛ばしてきます。
「瞳を閉じるなシルヴィ殿!! 貴殿の詠唱時間は、この俺が稼いでみせよう!!」
「マガミさん……!」
「何カッコつけてんのよおっさん! あたしのおかげで跳べてるだけのくせに!!」
「はっはっは! 良き足場であるぞ!」
「お礼くらい言いなさいよ!! ぶっ殺すわよ!?」
よく見ると、彼の足元にはソラリア様の魔力で作られたと思われる、赤黒い円が浮かんでいました。
魔法無しでここまで跳んでみせたマガミさんにも驚きですが、あのソラリア様が手助けしていることにさらに驚かされてしまいます。
「何見てんのよ。こっち見てる暇があるなら、さっさと捕まえなさいよね」
「わ、わかりました」
矛先がこちらへ向いてしまわぬ前に、私もやるべきことを済ませてしまいましょう。
中途半端に詠唱してしまった魔法を繋ぎとめるように集中し直し、改めて詠唱を口にします。
「発動せよ、万象を捕らえる戒めの槍!!」




