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627話 魔女様は意識を逸らさせる

 幸い、共同食堂エリアには私達以外には誰もいないようでした。

 静けさに包まれている中へと入り、この宿自慢の庭を一望できる窓際の席へと向かいます。


「さぁ、レナさん。こちらへ」


「うん……」


 椅子を引き、座るように促す私に疑問を感じながらも、レナさんは従ってくれました。

 彼女の隣に腰掛け、まずは他愛のない話から展開していくことにしてみます。


「ここの宿、凄くいい雰囲気ですよね。こんなに立派な庭を見ながら、美味しい食事を楽しめるのも魅力的です」


「そうね。シューちゃんのお屋敷も良かったけど、ここはここで違う(おもむき)があって良いと思うわ」


「シューちゃんのお屋敷もそうですが、この文化があるレナさんの世界に、少し憧れを抱いてしまいました」


「そう?」


「はい。見たことも無い料理や、聞いたことも無い技術の数々……。異世界のことなので、あまり口にはしないようにはしていますが、それでも興味はあります」


「なんだ、それならそうと言ってくれたら良かったのに。あたしなんかで良ければ、いくらでも教えてあげるわよ」


「ふふ。今度、ぜひお願いしたいです」


 こんなところでしょうか。

 レナさんの緊張が少し解れたことも確認できましたので、私は本題に入ることにしました。


「……私、この島に来ることができて本当に良かったと思います」


「シルヴィがそう思うって珍しいわね」


「そうでしょうか?」


「うん。何て言うの? こう、いつもは一歩引いて見守ってるだけって言うか、一緒にいるけど楽しめては無さそうって言うか。とりあえず、遠慮してそうな雰囲気があったのよね」


「そんなことは……」


「あくまで、あたしから見たらってこと。シルヴィ自身は楽しんでたかもしれないし、シリアとかから見たら楽しめてるように見えてたかもしれないしね」


 レナさんからの評価を受け、私はこれまでの自分の行動を振り返ります。

 始めに旅行と言いますか、遠出をしたのはどこだったでしょうか。


 最初はそう、魔導連合だったと思います。

 あの時は魔女になるための試練が待ち構えていると考えていたこともあり、技練祭のこともあったので楽しめていなかったのはそうかもしれません。


 次は……確か、レオノーラとの出会いでもある魔王城でしたか。

 あの頃も楽しかったと言えば楽しかったですが、それはあくまでも結果論ですし、シリア様達が迎えに来てくださる間、不安と申し訳なさが入り混じっていたのは否定できません。


 その後の海も、今思い返すと手放しには楽しめない状況でした。

 直前に起きていた森の惨状に心を痛め、魔女としての責任感が無かったことを痛感した後だったので、私がいない間に再び魔獣の群れが暴れ出さないかと、かなりの不安があった気がします。


 そこに続くのは、セイジさん達との出会いでもある人間領への潜入と、国王陛下との謁見だったはずです。

 あれは言わずもがなですし、そもそも楽しむためのイベントでは無いのでカウントしなくてもいいかもしれません。


 であれば……次は、ラティスさん率いる雪国イースベリカへの遠征でしょう。

 当初は楽しかったはずでしたが、途中で起きた魔女裁判のせいで、その後が心の奥底から楽しめなくなってしまっていたのは事実です。もしかしたらここも、レナさんから見たら楽しめてなさそうに見えていたのかもしれません。


 その後となると、二月頃に訪れた、フローリア様を崇拝する宗教都市カイナです。

 あれもあれで、フローリア様と入れ替わることになったり、何故かクロノス教徒以外は厳しい対応をされたりと、息苦しさがそれなりにあったものだったと記憶しています。


 そして最も直近となると、ラヴィリスのハールマナ魔法学園でしょうか。

 あれは、当初は楽しめると思っていたりもしましたが、結果としては到底楽しいとはかけ離れたものとなってしまっていました。


 あとは、ブレセデンツァ領のルサルーネという街で、一カ月限定で出店したりもしていましたが、あれも楽しむためではなく協力してくれたお礼ですので、休む内には入らないと思います。

 そう考えると、確かに私はあまり休めていないように見えても仕方がなかったのかもしれません。


 ですが、それを認める訳にはいかないのです。


「こう見えても、私は意外と楽しんでいるのですよ? 今回は特に、新しい料理を教えていただけたりしましたし」


「それならいいんだけど……」


 何とも納得ができていなさそうなレナさんへ、優しく微笑みながら言います。


「ですがレナさん。今回は特に、旅行を楽しめているかもしれません」


「そうなの?」


「はい。今のところは大きなトラブルもありませんし、主目的も初日で終わったのでゆっくりできています。おかげで、気持ちにもゆとりがある気がするのです」


「そう言えばあたし達、行く先々で絶対何かしら起きてたもんね。今回みたいなのんびりした旅行って、初めてって言えば初めてかも」


「お祭りをして、花火を見て、一日を終えて。それでも、明日がまだ残っているんです。こんなに楽しくて良いのかと不安になるくらいです」


「そんな大袈裟な」


 ケラケラと笑うレナさんでしたが、やがて、少し優しい顔つきになりました。


「でも、シルヴィが楽しんで休めてるなら良かったわ。好きでやってるとは言え、毎日毎日、家事やったり魔法の特訓したりと大忙しだもの。たまにはこうした時間もあっていいじゃない?」


「そうですね。ずっととはいきませんが、たまにゆっくりするのもいいかもしれません」


「あたしとしては、もっと休んで欲しいけどね」


「家に帰ってから考えます」


「帰ったらすぐ働いちゃうじゃない」


 そんな冗談を言いながら、二人で笑いあいます。

 良い感じです。あともう少し、明日以降へ意識を向けることができれば……。


 そこで、ふとマガミさんからいただいた島内パンフレットで、気になっていたものがあったのを思い出しました。


「レナさん、明日なのですが」


「うん?」


「ここに行ってみませんか?」


 私が指で示した場所には、“着物着付け体験所”と書かれているお店があります。

 シューちゃんが着ていたあの衣装や、街を行く人々が着ていた華々しいあの衣装を、少しだけ着てみたいと思っていたのです。


「へー、シルヴィもこういうのに興味があるのね」


「はい。浴衣とはまた違ったものかと気になっていまして」


「そうね、着物はちょっと重いし動きづらいけど、これはこれで良さがあるのよ。じゃあ、早速シリアに伝えて明日の楽しみにしましょ!」


「はい、ありがとうございます。……明日が楽しみですね」


「そうね。これ以外にも色々見て回りたいし、ホント楽しみだわ!」


 どちらからともなく席を立ちあがり、部屋へ帰ろうとします。

 その時、ふと壁に掛けられていた時計が目に入り、針が示していた時間に驚きの声を上げてしまいました。


「あっ!?」


「何、どうしたの?」


「す、すみません! マガミさんに呼ばれていたのを忘れていまして……」


「えぇ!? 領主からの呼び出しって何したのよ!?」


「え、えっと、悪いことではないのです! ただその、この後時間をもらえないかと言われただけで」


 私の嘘に、レナさんは余計に反応を示してきました。


「それもっとダメじゃない!? 絶対そういう流れよ!!」


「ど、どういう……」


「シルヴィには渋おじはまだ早いと思う! ちょっと来て!!」


「えぇ!? あ、あの!!」


 レナさんに手を掴まれ、部屋へ連れ戻されてしまいました。

 そして早々に皆さんへ、私がこれからマガミさんと会う事を告げると。


『ならん! グランディアの血が異世界人と交わるなど、妾が許さんぞ!!』


「そうよシルヴィ! 確かに将軍様はいい人そうだし渋おじだけど、今から枯れ専になるのは早すぎるわ!!」


『セイジとは言わんが、あ奴らのような若いのにせよ!』


「え、え?」


 お二人が怒っていらっしゃる理由が分からず、困惑してしまいます。

 そこへ追い討ちをかけるように、やや興奮気味なティファニーとエミリが聞いてきました。


「お母様は年上の方がお好きなのですか!?」


「領主様とデートするの!?」


「デート?」


 エミリが発した単語が、私の困惑をさらに加速させます。

 何故そんな発想になったのでしょうか? どうすればデートに発展していくのでしょうか……と考えた瞬間、私は彼女達が慌てている理由に気付いてしまいました。


 深夜に女性一人を呼び出し、散歩に誘う。

 それはつまり――捉え方によっては、デートとも言えるのではないでしょうか!?


 何も考えずに口にした嘘が、とんでもない誤解を招いてしまっていたことに、私の顔が羞恥で真っ赤に染め上がります。


「ちっ、違います! 違います!! そんなものではありません!!」


『なら何だと言うのじゃ!?』


「え、ええっと、それは……」


 どうしましょう!? 今さら嘘だなどと言えませんし、言ったが最後、ソラリア様のことまで掘られてしまいそうです!


 弁明の言葉を探そうと一層挙動不審になり、さらに怪しまれた私は。


「あ、あー!? もうこんな時間でした! すみません、行ってきます!!」


「あ! 逃げた!!」


『逃すな!!』


「もちろん! ――って、嘘でしょ!? この部屋に結界張って逃げてったわよ!?」


「お母様! ティファニーも大人のデートを見てみたいですー!!」


「わたしも連れてってー!!」


「ちょっとシルヴィ! ねぇ! ねぇってばぁ!!」


『起きよ阿呆女神! 今こそ貴様の力を使う時じゃろう!!』


「嘘でしょ!? なんか寝てんだけど!? 起きてよフローリアぁ!!」


 私を追いかけてこられないように結界で封をして、脱兎のごとく宿から逃げ出すことにするのでした。

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