622話 魔女様は確かめる
お酒を片手に、頬を上気させてご機嫌なフローリア様。
その姿は見慣れた物ではありますが、それ故に、あの巨体と体のシルエットが一致していたことが分かってしまうのです。
「私は飲めませんが、せっかくですのでお隣で花火を見させてください」
ごく自然に提案できたことに内心で一息つく私に、フローリア様は満面の笑みで頷きます。
身体強化の魔法を使ってだんじりの屋根へ飛び乗り、隣に腰掛けた私へ彼女はおちょこを掲げました。
「花火とお酒を彩る美少女にぃ、かんぱ~い!!」
「ふふ、乾杯です」
それに自分のジョッキを軽く当て、爽やかなりんごジュースを口に含みます。
フローリア様はお酒をクイッと飲み干すと、「はぁー!」と幸せそうな吐息を零しました。
「お酒も美味しい! ご飯も美味しい! お祭りも楽しい! 文句の付けようがない最高の島ね~!」
「そうですね。素敵な文化が根付いている島だと思います」
「あっ!! でもでも、私はシルヴィちゃんのご飯の方が好きよ? 嫉妬しないでね?」
「ふふっ。大丈夫です」
「ならよぉし!」
ご機嫌に新しくお酒を注ぐ彼女を見ながら、つい笑みが浮かんでしまいます。
ですが、本当にフローリア様が犯人だった場合、私は彼女を咎めることができるのでしょうか。
今になって、ソラリア様が仰っていた“人の願いを壊す”という行為に後ろめたさを覚えてしまいます。
ソラリア様の前ではやると言ってみせたくせに、それが身内だと知ると、途端に気が引けてしまう自分が情けなく思えました。
そんな私の気持ちなど知る由もないフローリア様は、私の手が止まっていることに気がついたらしく、お酒を飲むのを中断してしなだれかかってきました。
「こうしてシルヴィちゃんを独占できることは滅多にないし~、たまには甘えちゃおっかな~?」
「お、重いですフローリア様……」
「あー!? そんなこと言っちゃダメ! 神様は重くないのよ~!?」
恐らく不敬だと言いたいのだとは思いますが、なんとも無茶苦茶な言い分に笑ってしまいます。
フローリア様も同じように笑うと、私の肩に手を回しながら言いました。
「こんな楽しい毎日が、ずっと続いたら幸せよね~……」
その言葉に、私の中の疑惑が確信へと変わる音がしました。
――やはり、フローリア様がこの時の牢獄を望んでいるのです。
この事実を確かめようと口を開きかけましたが、彼女が言葉を続ける方が先でした。
「でも、それじゃあダメなのよね」
「え?」
まさかの前言撤回に、私は虚を突かれてしまいます。
「だって、時間は前にしか進まないものだもの。停滞させたり、遡ることは許されないし、世界への冒涜なのよ――って、もしも~し? 聞いてるぅ~?」
「え、えぇ。一応……」
「一応ってなぁに~!? たまには真面目なこと言っちゃダメなの~!?」
フローリア様は不服そうに頬を膨らましながら、私の頬をグリグリと指で突いてきます。
今更ではありますが、曲がりなりにもフローリア様は【刻の女神】なのです。その彼女が、自身が司る時間を歪めて私利私欲のために使うなんて有り得ないのです。……たぶん。
念の為、聞くだけ聞いておきましょうか。
「もしもの話ですが、明日も明後日も、一ヶ月後もずっと今日が続いたら、フローリア様はどう思われますか?」
「え、嫌よ?」
まさかの即答でした。
もう少し考えるかと思っていたこともあり、驚いてしまった私の頬を、フローリア様は優しく撫でながら続けます。
「確かに、一生時間が進まなくて今が繰り返されるのは、悪くは無いと思うわ。でも、それじゃあいつまで経っても、今日のシルヴィちゃんから変わらないんだもの」
「今日の私?」
「そう! 明日になれば、また新しいことを経験してもっと可愛くなったシルヴィちゃんに出会えるの! 明後日になれば、もっともっと可愛いシルヴィちゃんがいるの! それって素敵なことでしょ?」
イマイチよく分かりません。とは言えないので、黙って聞いておきましょうか……。
「だから、今日のシルヴィちゃんには満足したから、私は明日のシルヴィちゃんに会いたいの。毎日毎日、違うシルヴィちゃんを愛でたいの。それが私の大好きな、この世界に生きる子達の成長だからね」
かなり変わった見方をしてはいますが、恐らく彼女は、人の成長を見守りたいと思っているのでしょう。
そのため、成長しない時間のループは望んでいない、と。
それが分かった時、私は心底安堵すると共に、フローリア様にお礼を述べていました。
「ありがとうございます、フローリア様」
「何が?」
「フローリア様がいつも見守っていてくださると知れて、嬉しくなりまして」
フローリア様は一瞬、きょとんとした顔をしていらっしゃいましたが、即座に顔をだらしなく緩ませながら抱きついてきました。
「当たり前じゃな~い! こんなに可愛い美少女の成長を見逃すなんて、死ぬより嫌よ!!」
死ぬことと比べるのはどうなのでしょうか。
そうは思いつつも、彼女が犯人ではなかったことに、私は喜びを隠しきれませんでした。




