620話 魔女様達は押し切れない
大鎌を自由自在に操り、猛攻を仕掛けていくソラリア様。
雷撃を盾で跳ね返しながら、ソラリア様の援護に回る私。
一見優位に見える戦況ですが、全くそんなことはありませんでした。
「ちっ!! いい加減死になさいよ!!」
「ソラリア様、危ないです!!」
ソラリア様の一撃の威力は凄まじく高いのですが、後のことを考えない戦い方を好まれるせいで、彼女の動きから目を逸らすことができません。
しかし、逆を返せば、それほどまでに私を信頼してくださっているのかもしれません。
……いえ、そんなことは万が一にもあり得ないでしょう。私と彼女の関係は、一時的な物に過ぎないのですから。
自惚れた思考を振り払いつつ、ソラリア様の一撃が叩き込まれた女性型の巨体を注視します。
たった今、巨体の肩が斬り落とされたはずなのですが、すぐにその断面にモザイクのようなエフェクトが発生し、斬り落とされた事実がなかったことにされてしまいました。
そう。いくら攻撃をしたとしても、即座に負傷箇所が修復されてしまうせいで、全くダメージを与えられないのです。
そのくせ、向こうからの攻撃は常に繰り出され続けているので、一撃でも受けてしまえば致命的なそれを防ぎ続けなければならないという状況に、私の集中力と魔力が、ただただ浪費され続けていました。
「このままでは時間切れが先に来てしまいます! 何とかなりませんか!?」
「何とか出来るならとっくにしてるわよ! あんたこそ、あれを捕える準備は出来てるんでしょうね!?」
「あと少しで印を刻み終えます!」
「なら、それを試してから考えなさい!」
そう言いながら再び突撃していくソラリア様は、以前対峙した時にも使役していた死神を二体召喚します。
「ほぉら! 狩り取りなさい!!」
ソラリア様の命令に従い、死神達も大鎌を振り回しながら攻撃を仕掛けました。
ですが、あの恐ろしい威力を誇っていた死神達の火力を以ても、即座に修復されてしまいます。
「なら、これはどう!? アビサル・スライサー!!」
振り回された大鎌から、弧を描くように無数の斬閃が青白い巨体を襲います。
それらは的確に巨体を斬り刻み、長い髪や左腕、そして顔を斬り裂きましたが、僅か一秒にも満たない間に修復されてしまいました。
ですが、今の攻撃のおかげで私の準備が整いました。
これで“万象を捕らえる戒めの槍”が発動できます。
【夢幻の女神】としての力で生み出されたあの巨体に通用するかは分かりませんが、今は持てる手札を全て試してみる外ありません!
「発動せよ、万象を捕らえる戒めの槍!」
巨体を中心とした四隅から出現した光の槍から、神話級魔法生物さえも捕える戒めの鎖が伸びていきます。
それは巨体の両腕、そして膝立ち状態の両足に巻き付き、巨体の攻撃と動きの一切を封じ込めました。
逃れようと上半身を揺さぶる巨体に対し、逃さないように魔力を込めて拘束を強めます。
ですが、次の瞬間――。
「そんなっ!?」
今の今まで巨体を捕えていたはずの鎖が、一瞬にして姿を消したのです!
それと同時に四隅の光の槍も霧散していき、私の魔法が無効化されたことを感覚で報せてきました。
攻撃は実質通用しない。拘束もできない。
あまりにも無茶苦茶すぎるその存在に歯噛みしている私の隣へ、ソラリア様が戻ってきて悔しそうに言いました。
「ダメージは即時修復、拘束も効かない。あんたの盾があるから負けはしないと言っても、これじゃあジリ貧ね……」
「あの修復さえ無ければ押しきれそうではあるのですが……」
「癪だけど、あんたが負け続けてた理由が分かった気がするわ」
ソラリア様の仰る通り、あの修復能力があり続ける限り、どう戦っても勝つことなど叶わなかったのでしょう。
さらに言えば、こうして空を自由に移動できる方法や、結界を一つに重ねて扱うことを教わっていなかった時点で、私の援護が回らずに倒されてしまっていたのだと理解することができます。
「ソラリア様のおかげで、援護できる幅が増えたのは感謝してもしきれません」
「気持ち悪いからやめてくれる? 次は殺すって言わなかった?」
「すみません……」
射殺す勢いで睨みつけられてしまいました。
申し訳なさと理不尽さを感じつつも、直後に向けられた雷撃を、盾を出現させて弾き返します。
「とりあえず、今後どうするか作戦を立てましょう」
「力によるごり押しは出来ない以上、そうするしかないのは分かるけど」
そこで言葉を切ったソラリア様は、巨体を見据えながら静かに言いました。
「今日はもう、時間切れみたいね」
もうそんな時間でしたか!? と、慌ててポケットからウィズナビを取り出すと、時刻はあと三分で日付を跨ごうとしていました。
今回も、この時の牢獄から抜け出すことができませんでした。
そうは思いつつも、これまでの記憶があまり無い分、本当にもう一度ループしてしまうのでしょうかと、ふわふわとした非現実感を覚えてしまいます。
ですが、ソラリア様の話や私の既視感と照らし合わせる限りでは、再びループが始まってしまうことは間違いないのだと思います。
「……様、ちょっと王女様? 無視してんなら消し飛ばすわよ?」
物騒な単語が聞こえ、声がした方へと視線を向けると、不機嫌を一切隠さない表情のソラリア様がいらっしゃいました。
「すみません。無視していた訳ではなく、少し考え事をしていました」
「仮にも神様を前に考え事してましたーとか不敬過ぎない? まぁ元神の身分だしどうでもいいんだけど。それより、ちょっといいかしら?」
「はい?」
ソラリア様は、私の顔に手を伸ばしてきました。
まさか、私の援護が甘かったことでお怒りだったのでしょうか!? と叩かれることを覚悟して瞳を固く閉じ、体を強張らせていると。
「……何ビビってんの? 別に痛いことなんてしないわよ」
彼女は呆れたように言いながら、そっと私の額に手を当てて来るだけでした。
そっと瞳を開くと、ソラリア様が何かの魔法を使っていることに気が付きました。
「何を……?」
「黙ってて」
「はい」
有無を言わせないその一言に、私はそれ以上、何も口を開くことができませんでした。
しばらくそのままで動かずにいると、魔法を使い終えたらしいソラリア様が私から離れていきました。
「あんたの記憶に、一時的な保護魔法を掛けたわ。これで今回の記憶は全部引き継げるはずよ」
「ありがとうございます」
「お礼言うなって何度言わせんの? それに、毎度毎度あたしが説明するのが面倒だからってだけなんだけど?」
「す、すみません……」
「その一々謝んのもウザイからやめて。ホント、何もかもがムカつかせる王女様ね」
もう、私は彼女相手に口を開かない方が利口なのではないでしょうか。
過剰なくらいに強く当たってくるソラリア様に、私はそう思ってしまいそうになります。
そんな私へ、ソラリア様は言葉を続けます。
「さて、と。やることもやったし、あんたの戦力もだいたい分かったから、今回は悪くない回だったわ」
「私は、できるなら今回で終わらせたかったです」
「今さら一回増えようと十回増えようと変わらないわよ」
ソラリア様は視線を巨体へと移しながら言います。
「あいつを倒すには、ここには無い重要な鍵が必要よ。それはあたしじゃなくて、あんたが見つけ出して壊さないといけない」
「午前に仰っていた、“誰かの願いを壊す”ってことですよね」
「そう。あたしにはできないから、あんたが探し出して、そいつが願わないように仕向けるの。次こそは見つけ出しなさい」
「分かりました」
「それと、あたしもあの宿で泊まってるから、用があるなら三階の一番右奥の部屋に来なさい。近くに誰も泊ってなかったから、あんただってことくらいは分かると思うわ」
彼女はさらに言葉を続けようとしましたが、突如、巨体からとても目を開けていられないほどに、強烈に眩い光が発せられました。
腕で顔を覆いながら巨体へと視線を向けると、その巨体は遂に立ち上がり、天を仰ぎ始めます。
その姿に、私は思わず。
「フローリア様……?」
そう呟いた次の瞬間には、私達はその光に飲み込まれてしまうのでした。




