619話 魔女様は完成させる
ソラリア様に置いていかれないよう、全神経を集中させながら空中歩行を続けていると、ものの数分でその感覚を会得することが出来ていました。
これもソラリア様の力によるものでしょうか……と考えていた私へ、前を行くご本人から言葉を投げられました。
「見えてきたわよ!」
その言葉の通り、私達が目指していた高峰神社の裏山付近で、青白い光を放ちながら蠢いている何かがあるのを見つけました。
それは地面に手足を着いている人のようにも見えますし、獣のようにも見えます。
「あれが、具現化した願いですか!?」
「そうよ! あと一時間もしない内に覚醒して、また時間が巻き戻されるわ!」
あんな巨体を相手に、過去の私は戦っていたのですか。
そう思わざるを得ないほどの大きさに、ただでさえ算段のなかった勝算が霧散していきます。
立ち上がれば山以上にもなりそうなアレに対し、ソラリア様はどう戦うおつもりなのでしょうか。
その思考に答えるように、ソラリア様は声を張り上げてきます。
「まずは不意打ちでどデカい一撃を叩き込む! あんたは攻撃できないんだから、神力を使ってできる限りの強化魔法をあたしに掛けなさい!」
「分かりました! その後はどうすれば!?」
巨体の直上付近に辿り着き、指示通りに強化魔法を施す私へ、彼女は振り向くことなく飛び降りていきます。
「強く当たったら後は流れよ!!」
「無茶苦茶な!?」
「さぁて!! あたしの力、返してもらうわよっ!!」
もしかしなくとも、作戦なんて何一つ用意されていなかったようです!
頭から急降下していくソラリア様は、以前対峙した時に振り回していた大鎌を出現させ、それに赤黒い色の魔力を流し込み始めます。
それは次第に巨大な鎌へと変貌していき、具現化した願いの巨体すらも容易く上回るサイズへ到達しました。
ですが、待機している私ですら肌がひりつく程の暴力的な魔力が迫ってくることに、狙われている対象が気が付かない訳がなく、頭部をグイッとこちらへ向けてきました。
「もらったああああああああああああああ!!!」
気付かれたことなどお構いなしに、ソラリア様は大鎌を勢い良く振り下ろしました。
それは的確に巨体の首に突き刺さり、巨体の体を大きく歪ませましたが、今の一撃で斬り落とすまでには至らなかったようです。
「生意気に耐えてんじゃ……ないわよっ!!!」
ソラリア様は咆哮を上げると、そのまま全身を使って大鎌ごと縦に回転させました。
初撃を耐えた巨体でも遠心力には耐えられなかったらしく、ソラリア様の大鎌は巨体の首を半分ほど抉りました。
「浅い!!」
悔しそうに吠えたソラリア様が、首を押さえてもがく巨体へ追撃に出ようとした瞬間、とてつもない魔力の膨張が巨体を中心に発せられたのを感じ取りました。
「ソラリア様!! 空へ逃げてください!!」
私が叫ぶと同時にソラリア様は大きく跳躍し、僅か一秒にも満たない後に、ソラリア様がいた場所に向けて極大の雷撃が降り注いできました!
「……へぇ! いっちょ前に魔法なんて使えちゃうのね!」
「まだ来ます!!」
幾重にも重ねた防護結界を展開すると、私達を狙って放たれた雷撃がそれに激突し、砕けた結界の数だけ強烈なフィードバックが私の体を襲いました。
「ぐっ……うぅ!!」
痛みに顔をしかめながらも敵の動きに注視していると、続けざまに同じ雷撃を二発放ってこようとしていたのが見えました。
これを完全に防ぐのは無理があります。そう判断し、結界を放棄して逃げようとした私の腕を、ソラリア様は強く握ってきます。
何を!? と問うよりも早く、彼女は私の体を引き寄せながら横へ飛びました。
「こんなうっすい結界じゃ耐えられないわよ! やるなら一つに纏めなさいよ!!」
「すみませ――きゃあ!!」
追撃で飛来してきた雷撃が私達のすぐ横を通り抜け、身を竦めてしまった私に、ソラリア様は小さく舌打ちをします。
「いちいち、きゃあ~なんて可愛い悲鳴上げてんじゃないわよ! 本物の悲鳴を上げさせるわよ!?」
「わざとじゃありません!!」
口論が始まってしまいそうなところへ、再び雷撃が襲い掛かってきました。
私達は左右に分かれてそれを避け、注意を巨体へと戻します。
「ほーら、あんたがモタモタしてるから立ち上がりそうじゃない」
「わ、私が悪いのですか?」
あまりにも理不尽過ぎる言い分に抗議したくなりますが、それよりもあの巨体が立ち上がろうとしている方が問題です。
段々と人型らしくなってきていた巨体は、今では髪の長い女性のような姿へと変わっていて、ぐぐぐっと膝で立ち上がろうとしている最中です。
「あたしはコレであいつを斬り刻む。あんたは頑丈な盾でも作ってあたしを援護しなさい」
「分かりました」
「魔力が切れそうになったら勝手に奪っていくから、逃げるんじゃないわよ」
「そんな!?」
「それじゃ、行くわよ!!」
私の返答など最初から聞く気が無かったソラリア様は、大鎌を構えなおして巨体へと飛び掛かっていきました。
ソラリア様に逆らって怒られるのもあれですし、大人しく盾となる頑丈な結界を作ることにしましょう。
とは言っても、盾という物を間近で見たことがないのでどうイメージしたら良いのでしょうか。
何か参考にできそうなものがあればよかったのですが……と考え始めた矢先、少し前に立派な盾を構えて戦っていた方がいたのを思い出しました。
ロイガーさん。あなたの盾、お借りします。
胸の中でかつての英雄へ祈りを捧げ、頭の中で彼が相棒にしていた大盾を描き上げます。
彼の盾は、一時的にとは言えレオノーラが放った槍を受け止めて見せました。そこに私の護りに特化した魔力を編み込めば、どんな攻撃でも物ともしない堅牢な盾になってくれるはずです!
イメージもだいぶ固まり、あとは魔法の発動だけとなった時。
「そっち行くわよ!!」
ソラリア様の警告に意識を向けると、私を目掛けて、今まさに雷撃が放たれようとしていました。
杖を前に構え、魔法を発動させようとした私は、自然と口を突いた詠唱をそのまま述べました。
「悪しき力よ、聖なる盾の前に屈せよ! ディヴァイン・シールド!!」
私が詠唱を終えたと同時に、眼前に神々しい輝きを放つ大盾が出現し、雷撃を防いだ上で弾き返しました。
自らが放った雷撃に襲われることとなった女性型の巨体は、痛みに悶えるように体をよじっています。
「ほら、やればできるじゃない。痛みも何もないでしょ?」
そう言われてみると確かに、結界で防いだ感覚はあるものの、結界が負ったダメージのフィードバックはありません。
やはりシリア様やエルフォニアさんが言っていたように、普段から私が使用していた結界は未完成の物だったのかもしれません。
「はい、これならいくらでも防げそうです」
「そ。なら、さっさと終わらせるわよ!!」
「はい!」
大鎌をクルクルと弄ぶソラリア様に頷き、私も杖を構えなおします。
残された時間はあと僅かですが、こちらの攻撃は通用すると分かった以上、これまでのように失敗する可能性は低いと思われます。
あとは、できることを最大限やり抜くだけです!




