617話 魔女様は落ち着かない
昼食後もシリア様達に休むよう言われてしまった私は、夜まで宿の外に出ることができませんでした。
どこかで抜けられないかと模索を続けてはみたものの、その都度私を心配したエミリ達に防がれてしまっていたのです。
それは、ソラリア様との約束である夜十一時まであと二時間しかない、九時現在もそうです。
「お姉ちゃん、おトイレ?」
「でしたら、ティファニーがご一緒して差し上げます!」
「い、いえ。そういう訳ではありませんし、トイレでしたら一人で行けますので」
「でも、何だかそわそわしてた気がする」
「そんなことはありませんよ。今日一日、ゆっくりと休んでいたので、少し体を動かさないといけないかと思ってしまっただけで」
我ながら、かなり苦しい言い訳です。
ですが、無垢な義妹達はそれを疑いもせずに信じてくれます。
「そっかぁ! わたしも雨の日とかで外に行けない時はそわそわしちゃうし、きっと一緒だね!」
「ティファニーもお日様を浴びたい時はそわそわしてしまいます!」
安心したような眩しい笑顔を向けて来る二人を直視できず、思わず顔を背けてしまいます。
そこへ、話を聞いていたらしいレナさんがケラケラと笑いながら混ざってきました。
「シルヴィはそんなアクティブじゃないでしょー? でもまぁ、元気なのに室内にいろって言うのも退屈よね」
「はい。なので、少し体力を持て余し気味です」
「じゃあさ」
レナさんは近くにあった枕をむんずと掴み上げ、いつでも投げられる体勢を取りました。
「これで、ちょっと体を動かさない?」
「……流石に寝具で遊ぶのはどうかと」
「ちっちっち~。甘いわよシルヴィちゃん、これはむしろマナーなの! えいっ!」
「ふぎゃっ!?」
フローリア様は、いつの間にか私の背後にいらっしゃったらしく、彼女の手から放たれた枕が私の顔の横を通り過ぎ、レナさんの顔に直撃しました。
仰向けに倒れていくレナさんを指さしながら笑っていたフローリア様でしたが、即座に起き上がり反撃を行ったレナさんによって、同じような悲鳴を上げながら倒れてしまいます。
「不意打ちは卑怯よ!」
「レナちゃん人の事言えな~い! このぉ!!」
「きゃあ!?」
どうして私を挟んで投げ合うのでしょうか!?
巻き込まれないようにと頭を低くしながら抜け出し、部屋の隅っこへと避難します。
しかし、そんな私を待ち受けていたかのように、エミリとティファニーまでもが枕を投げようとする姿勢を見せていました。
「お姉ちゃん……」
「お覚悟ですっ!!」
「嫌です!!」
同時に投げられた枕を避けるべく、横に跳びます。
すると、私がいた場所の奥ではシリア様が寛いでいらっしゃったようで――。
『むぎゅっ!!』
顔と体の両方に枕が直撃し、布団の上から勢いよく弾き飛ばされていきます。
その瞬間、私の中で再び既視感が発生し、この後の展開が読めてしまいました。
『貴様ら……』
怒りに身を震わせながら立ち上がるシリア様を横目に、前回同様に、こっそりと逃げ出してお風呂へと向かうことにしました。
お風呂から帰ってくると、頭の上にたんこぶを作っているレナさんと何かの魔法で負傷していたメイナードの治療を頼まれました。
これも既視感がありますね……と感じながらもこなしていると、前回の記憶の最後をなぞるように、レナさんの世界との比較話が始まりました。
何故、レナさんは元いた世界ではなくこちらを選ぶのか。
その理由を知っている私は、改めて彼女の話を聞きながら、これから紡がれるであろう言葉を頭の中でなぞっていきます。
「とまぁ、そんな感じだからこっちの世界の方がいいし、あっちに帰れるって言われても帰るつもりは無いわ」
「……和が懐かしくなっても、神住島に来ればいいと分かったから。という理由もありますからね」
言葉を先取りしてしまった私に、レナさんは一瞬だけ驚いたような顔を見せましたが、ふっと笑いながら肯定します。
「そうよ。別にあたしの世界だけのものじゃないんだもの」
「ここがレナさんにとって、憩いの場になればいいですね」
「十分憩いの場よ! 抹茶もあるし、和食も美味しいし、日本のお祭りだって楽しめたし!」
レナさんはそう笑うと、天井を見上げるように体の向きを変えます。
そして、穏やかな表情で小さく呟きました。
「ここの街並み、ここの空気。全部が懐かしいし、あたしの実家がある街にそっくり。あたし個人としては、もう少しここにいたいくらいだわ」
私とシリア様が優しい表情で顔を見合わせている中、メイナードはわざと空気を読まないような発言を繰り出しました。
『なら、貴様だけ残るといい。その方が我はせいせいするからな』
そう言えば前回も、こうしてメイナードがレナさんをからかっていましたか。
ループとは異なる行動を取っても、ある程度は決められている動きという物があるのかもしれません。
そんな推測をしながら、シリア様に脅されるお二人に小さく笑い、エミリ達を寝かしつけるために布団の中へと潜り込みます。
……約束の時間まで、あと一時間弱。
結局、今回もループの原因となる強い願いを持つ人を見つけることができませんでしたが、ソラリア様の説明通りなら、その願いによって具現化した力を倒せば元の世界に戻れるはずです。
皆さんを危険な目に遭わせないためにも、私が頑張らなければなりません。
必ず、このループから抜け出すことを強く決意し直し、皆さんが寝付くのをじっと待つことにしました。




