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610話 魔女様は違和感に苛まれる・後編

 しかし、お祭りを楽しみ始めたのも束の間。

 私は再び、あの違和感に苛まれることになるのです。


『シルヴィよ、ウィズナビが呼んでおるぞ!』


 レナさんとフローリア様が急遽だんじり祭りに参加することになり、置いていかれてしまった私達は、メイナードの背中越しにそれを観戦することにしたのですが、シリア様の言う通り、私のウィズナビが着信を報せる猫の鳴き声を上げていました。


 取り出して応答してみると、やや切羽詰まった声色でフローリア様が問いかけてきました。


『シルヴィちゃん! 私達が向かってる方向にカーブがあるの見えるかしら!?』


「はい、見えます!」


『このままだと私達、あそこから飛び降りることになっちゃうの! だからお願い! あそこを覆うように結界を貼ってもらえないかしら!?』


「飛び降りるって、一体どういう……。いえ、分かりました! やってみます!」


『お願いね~!』


 そこで通話が切れてしまったため、私は彼女達の進行方向へと視線を向けました。

 フローリア様が仰っていたカーブまで、およそ二百メートルと少しと言ったところでしょうか。

 結界を貼ったところで激突してしまうだけにも思えますが、落ちるよりはマシなのかもしれません。


 そう思った瞬間、私の記憶がそうではないと否定してきました。


 今の否定は……? と考えるよりも先に、私の意思とは反して、体が結界を展開できるように魔法を発動させます。

 それはカーブに合わせて綺麗な弧を描き、複数枚で作られた簡易的な壁になりました。


『なるほどのぅ。先の連絡は、レナが力づくで軌道を修正するためのものじゃったか』


 そう感心するシリア様の言葉を聞いて、私はそれが目的だったのだと初めて理解しました。

 しかし、その理解も初めてでは無かったとでもいうかのような、先ほどの思考は何だったのでしょう。


 本当に、今日は自分のことが分からない日です。

 自分自身に戸惑いつつも、レナさんが軌道を修正しきれる分の結界を展開し、レースの行方を見守ることにしました。





 その後も花火を見ながら胴上げされたり、宿に帰った私達のために用意していただいていた“うな重”という料理をいただいたりしたのですが、やはり初めてではないような気がしてしまうのでした。

 こう言った現象は、確か“既視感”と呼ばれていた気がします。

 実際は一度も体験したことがないのに、既にどこかで体験したことのように感じる現象。まさしく今の私の状態なのですが、何故それが起きているのかが全く分かりません。


 ひとつだけ可能性があるとすれば、朝も考えていた予知夢なのだと思います。

 ですが、夢の全てを覚えているというのもあり得ませんし、そもそも、夢で一日の動きが全て描かれていたというのもおかしな話です。


 眼前で始まった枕投げを見ながら、ふと先のことを考えます。

 今日のことが分かっていたのだとしたら、明日以降も分かっていたりするのでしょうか?

 もしそうだとしたら、理由は分かりませんが、私にも未来予知の力が備わったと考えることもできます。


 なんて、いよいよ思考を放棄し始めて明日以降の動きを思い出そうとしていた矢先、騒がしかった室内に対して、苛立ちの限界を迎えたシリア様が身を起こしました。


『やかましいぞ貴様ら!!』


 ……これも知っています。

 この後、シリア様は言葉の途中で枕をぶつけられてしまうはずです。


『旅先くらい静かにできにゅ!!』


 やはりと言いますか、何と言いますか。

 既視感の通りにシリア様は顔に枕が直撃し、盛大に後ろへと倒れてしまいました。


 それを見て、サァっと顔色を青ざめさせる皆さんに黙って、私はお風呂へ向かうことにしました。





 私以外に誰もいない露天風呂で、夜空を見上げながら今日の出来事を振り返ります。


 今日の始まりは、早起きしたティファニーが私を起こし、その直後に中居さんが朝食の準備が出来たことを教えに来てくださったことからでした。

 ティファニーが私より早く起きるのはいつもの事ですし、六時半頃に起こしてくれるのもほぼ毎朝の事です。


 ですが、朝食の内容で既視感があったのは間違いありません。

 ご飯とお味噌汁、焼き魚と野菜の和え物、そして甘い卵巻きがセットになった朝食でしたが、あの献立に見覚えがあったのです。

 初めて泊まる宿で、初めて出される朝食なのに、見覚えがあるなんてことはあるのでしょうか?


 それだけではありません。

 その後のだんじり祭りへ向かう最中でも、気になることはありました。

 ティファニーがリンゴ飴、エミリがたい焼き、フローリア様がチョコバナナ、レナさんがかき氷。シリア様がたこ焼きで、メイナードが豚串……と、各々が好きな物を頼んで食べ歩きをしていましたが、皆さんが選んでいたものにも既視感を感じていたのです。


 これに関しては、魔導連合の技練祭でも、屋台で買った食事を楽しんでいたこともあったので、その時の記憶が一部混じっているという可能性も否定はできません。

 だとしても、あの時いなかったティファニーの選択にも既視感を覚えると言うのはおかしな話です。


 さらに言えば、だんじり祭でのレナさんの機転に対する理解も、おかしいと言えばおかしいのです。

 何故、結界に激突するだけと分かっていながらも、考えるよりも先に結界を展開したのでしょうか?

 今のようにゆっくりと振り返る時間があったのなら、時々私の結界を足場として空中戦を行うこともあったから、と理解することもできるでしょう。しかしあの時は、連絡が来てからほとんど考える時間も無かったはずです。


 そして、つい先ほどの枕投げの場面にも繋がるのですが、何故私は、シリア様の顔に枕が当てられることを知っていたのでしょうか。

 あれほどの混戦ならば、例えシリア様が声を上げたところで、ピンポイントで狙われると言う事はないはずです。

 ……日頃からシリア様に怒られていらっしゃるフローリア様が、意図的に狙うならまだ分かるのですが。


 それはともかく、やはり今日一日の出来事は、あまりにも変としか言いようがありません。

 ここまですべての出来事に既視感を覚えるとなると、私は今日という日をどこかで経験しているのではないか、とさえ思えてきます。


 何を馬鹿なことを、と自虐的に笑いながら、少しのぼせてしまった体を冷ますべく立ち上がります。

 すると、私が入った時には誰もいなかったはずの露天風呂の隅に、やや短めに切り揃えられた黒髪の内側が、紅いインナーカラーに染まっている女性がいたことに気が付きました。


 いつの間に……と思うと同時に、それほどまでに自分が深く考え込んでしまっていたのだとも思えてしまいました。

 私は気恥ずかしさから顔を伏せ、露天風呂を後にすることにするのでした。

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