22話 異世界人は想いを引き継ぐ 【レナ視点】
決死の覚悟で自身を犠牲にして繋いだ勝利への想いは、レナに受け継がれます。
今回はレナ視点でお届けします!
あたしはシルヴィを抱き上げながら、虚空を見上げて声を上げる。
「ねぇ、戦闘不能者は場外の安全圏で保護してもらうことってできるのかしら」
あたしの問いかけに、司会担当が答えた。
「場外へ運んでいただければ、いかなる攻撃が来ようともこちらで保護いたします。ですが、一名脱落という形にはなるので、残ったレナ様が倒れた場合はその時点で負けになります」
「そう。それが聞ければ十分だわ。シルヴィをお願いね」
シルヴィが血を吐きながらもアイツの攻撃を耐え続け、完全に治してもらった体は、試合が始まる時よりも軽く感じる。
別に筋力があるって訳じゃないのに、シルヴィの重さすら全く感じないのが凄く不思議だった。
そっと場外へ寝かせて、無理してあたしを護りながら笑っていたその顔を優しく撫でる。
「ありがとうシルヴィ、最高にカッコよかったわ。そこであたしのカッコイイところ、じっくり見ててね」
あたしはシルヴィみたいに治癒魔法は使えない。だからこうして口元の血を拭ってあげることくらいしかできないけど、あたしにはあたしにしかできないことが残ってる。
立ち上がりながら、エルフォニアに背中越しに話しかける。
「ねぇエルフォニア。あんた、あたし達じゃあんたに勝てないって、最初に言ってたわよね」
「えぇ、言ったわ」
「あんたの全力を振り絞っても、あんたより遥かに実戦経験もない、こんな新米魔女の子に防がれた気分はどう?」
「……正直驚いているわ。最後の魔力上昇なんて予想すらしてなかった」
「でしょうね。あんたはたぶん、そういう人間だと思ってたわ。そうやって人の価値を勝手に決めつけて、自分の足元にも及ばないと慢心する。周囲の奴らからも、次期大魔導士候補だなんて持て囃されて、自分は特別だって思ってたんでしょ」
「だったら何だというのかしら」
あたしは顔だけエルフォニアに向け、鋭く睨みつける。シルヴィをこんなにボロボロにされて怒ってるのはあるけど、あたし個人としても元の世界と被るとこがあって、コイツだけは許せなかった。
「あたしの国でも、あんたみたいな性格の人がいたのよ。どれだけあたしが陰で血反吐吐きながら努力して、追い付こうって必死に食らいついても、生まれ持った才能がどうとか親が偉いからどうとかで、どうやってもあたしの前に立ち塞がっては偉そうに見下してくる。
だからあたしは、才能だとか運命だとかで人の価値を決めるあんたみたいな人間が……大っ嫌い」
「ふふっ。口だけは達者なのね。あなたみたいなお子様に何が――」
それ以上は言わせなかった。加速の力を最初から限界まで引き上げ、風魔法で強化した拳をエルフォニアの横っ面に叩き込む。
「がっ――あ……?」
エルフォニアは数回地面をバウンドしながら、何故当たったのか分からないような間抜けな顔をしていた。影になって躱そうと考えていたみたいだけど、もうその手は通じない。
殴られた顔を抑えながら睨みつけるエルフォニアを、あたしは見下しながら冷たく挑発する。
「立ちなさい。まさか、殴られたのが初めてだなんて言わないわよね」
「たまたま当てられたくせに生意気ね。上等よ、あなたには後悔する暇もなく――」
立ち上がりながら剣を取り出そうとしたエルフォニアは、あたしの接近に判断が間に合っていないようだった。今度は鳩尾を狙って思いっきりボディブローを入れる。
「ごっ……!?」
「お得意の影はどうしたの? 随分と遅いじゃない」
「がっは、うえぇ……!! な、なんで――おぐっ!!」
今度は見えたみたいだったけど、反応が遅すぎる。影になるために魔力を練っている感覚が読めるから、それよりも早く蹴り上げればいいだけ。
あたしはそのまま数発殴り込み、困惑している顔を勢いよく蹴り飛ばした。
「ほら、興味もない小娘に一方的にやられる気分はどう?」
「ごほっ、かはっ……! な、なんで、私が消えるタイミングが、読まれてるの……!?」
悔しいけど、これは完全にアイツとの鍛錬の成果だった。
アイツはあの燐光で惑わしたりしてくるから、僅かな魔力の動きを追って動かないと全く何もできずにやられることになる。だから、アイツの魔力の動きより雑なエルフォニアの魔力はすぐに追いかけることができた。
あたしは嫌味なアイツの顔を真似ながら、普段言われ続けている言葉を口にした。
「そんなの決まってるじゃない。あんたが弱くて、あたしが強いからよ」
「偶然が重なっただけのくせに、笑わせてくれるじゃない……! なら、これならどう!?」
そう言いながらエルフォニアは地面の影と同化して姿を消した。
あたしは目を閉じて微弱なあいつの魔力を探る。あぁ、なるほどね。あんたはずっとそうやって奇襲してきてたのね。
あたしは敢えて、何もしないでそのまま立つことにした。
すると、案の定エルフォニアはあたしの背後に現れて大振りに剣を振りかぶっていた。
大振り過ぎるそれを、あたしは後ろ回し蹴りをすることで、がら空きな横腹を抉るように蹴り飛ばす。
「もうあんたの手は通じないわ。あんたの攻撃は、二度とあたしに届くことはない」
地面の上で荒い息を吐きながら這いつくばるエルフォニアに、ゆっくりと歩み寄りながら話しかける。
「ねぇエルフォニア。あたしね、これでもあんたに感謝してるのよ。あんたに対する怒りの感情はもちろんあるけど、それと同じくらいにね」
「敵に感謝ですって……? 何を訳の分からないことを」
「あたしね? 今まで貰った力をどう使っていいか分からなくて、自分なりに頑張って使いこなそうとしてたけど、やっぱり力に振り回されてたみたい」
正直、あたしがエルフォニアの立場だったとしても、同じように何を言ってるか分からない顔をすると思う。でも、これに気づかせてくれたのは、ムカつくけどあんたのおかげだから。
「なんであたしの魔法は風属性なんだろうって、ずっと考えてた。炎だったら爆発させたり燃やしたりできるし、水なら凍らせてぶつけたり敵の攻撃を受け流すことだってできる。土も壁を作ったり地面を割ったりと色々できる。それなのに、イメージが掴みづらい風だったからホントに分からなかった」
「何を言いだすかと思えば、自分の浅学さを恥ずかしげもなく語りだすなんて……」
「そう。あたしは風について何も分かってなかった。だから影を使うあんたと戦えたおかげで、また少し理解できて嬉しいのよ」
あたしは周囲に、魔法で出来た桜の花弁を出現させ、暴風のようにそれを拡大させる。桜吹雪は一瞬だけエルフォニアの視界を奪えるけど、直接的なダメージはない。
でもそれだけで十分。
あたしに風属性の幻影を使わせてもらう時間稼ぎくらいにはなってくれるから。
「「「あたしの力は、こういう使い方もできるんだって!」」」
風属性の幻影で作り出したあたしの分身が、エルフォニアを取り囲むように円を組む。それは幻影ではあるけど、あたしの魔力でできてる花びらを束ねて作り出した、実体のある幻影。
だからこそ、作り出した幻影も含めて六対一の状況で攻められる!
「幻影魔法だなんて初歩的すぎるわ! くだらない真似を!」
立ち上がったエルフォニアが周囲に剣を出現させて、あたし達を狙って攻撃させる。でも、これはただの幻影じゃない。
全部の幻影が、フローリアの加護である加速の力を自由に使える。
「なっ!?」
瞬間的にあたしの姿が全て消えて驚いているところ悪いけど、本番はここから。
エルフォニアの背後に現れたあたしの幻影が、鋭くエルフォニアを蹴り上げる。苦痛に顔を歪めながらも、返す刃であたしの幻影が一体切り捨てられた。幻影が負ったダメージの一部があたしにも跳ね返ってきて、あたしの動きが一瞬鈍ったとこをアイツの影の斬撃に狙われる。
上半身を逸らして躱そうとしたけど思ったより範囲が広くて、服の上からお腹と頬を掠められて皮膚が裂けた。すかさずあたしはバク転の要領で体勢を整えて、反撃に出る。
幻影二人でかく乱するように連撃を叩き込み、後ろに逃げようとした背中を蹴り飛ばした。追い打ちをいれるために飛んだ正面に幻影を置いて構えさせたけど、上空で大量の剣を盾のようにされ、やむなく回避に移る。
着地しようとするところにもう一度幻影で遊撃させて、あたし自身が中央から突っ込む。
幻影の対処に追われていて反応が遅れたエルフォニアは、幻影ごとあたしを切り裂こうと剣を振ってきた。切り裂かれた幻影のダメージがまた跳ね返り、回避が間に合わず左腕が深く斬られた。
痛みで足が止まりそうになる。
でも、シルヴィはこんな傷よりもっと痛かったのを我慢してた。
だったら、あたしも止まれないでしょ!
歯を食いしばってさらに加速させ、エルフォニアの超至近距離まで辿り着く。もうこの間合いなら剣なんて振れない。あたしの勝ちだ。
「だあああああああああああっ!!!」
持てる力を全部右手に集め、同性のあたしでも美人だと思う、その澄まし顔を殴り飛ばす。
風属性の加護を限界まで乗せたその勢いはあいつの体を吹き飛ばし、場外の見えない壁に鈍い轟音を立てて激突した。そのままずるりと地面に落下したエルフォニアは、もう動く気配はなかった。
激痛に襲われながらも、あたしはエルフォニアに向けて指をさしながら怒鳴った。
「才能が何? 周りの評価が何!? そんなの、いくらでも努力で上回ってみせるわ!! いつまでも調子に乗ってんじゃないわよ! このド三流!!」
あたしの発言の直後に光の線が消えて、転移門が現れた。これであたし達の勝ちが決まったみたい。
……さて、約束は果たしたし、あたしを信じてくれたお姫様のところへと戻ろう。
まだ目を覚まさないシルヴィを優しく抱き上げて、にいっと笑って見せた。
「どうだった? あたし、最高にカッコよかったでしょ?」
もちろん、返事なんてない。それでも、シルヴィが繋いでくれたこの勝利が堪らなく嬉しくて、そう言わざるを得なかった。
抱き上げたまま転移門に向けて歩き出そうとしたけど、急に体の力が抜けて倒れそうになった。せめてシルヴィをこれ以上傷付けまいと思って下敷きになるように倒れると、さっきは感じなかったシルヴィの重さで「ぐぇっ」って女子らしかぬ声を出してしまった。
「あっははは、シルヴィ重いじゃん!」
あたし以外誰も動かなくなった空間で笑い声を上げたところで、思った以上に疲れていたらしいあたしの体は意識を手放した。




