608話 異世界人は比較する・後編
シリア様の問いからしばらくして、レナさんは少しずつ答え始めました。
「前も言ったかもしれないけど、あたしってずっと独りぼっちだったのよ。家族に嫌われてたから独り暮らしをしなきゃいけなくて、生活するためにバイトばっかりしてたから友達って呼べる人もいなくて……。唯一、おばあちゃんだけはあたしの味方でいてくれたけど、そのおばあちゃんも随分前に亡くなっちゃっててね。だから、あっちの世界にはあたしの居場所なんてどこにも無かったのよ」
『それでも、死が隣り合わせでは無いのじゃろう?』
「シリアはさ、死ぬことだけが危ないって思う?」
『どういう意味じゃ?』
「そのままの意味よ」
シリア様からの問いかけに質問を返したレナさんは、その問いの意味を教えるように続けます。
「人間って、確かに物理的に死ねばそれまでかもしれない。こっちの世界だと命なんて軽すぎるから、死なないことが最優先されるのはもちろん分かるわ。でも、人間ってそれだけじゃないのよ」
レナさんはそこで言葉を切り、小さく深呼吸をしました。
そして彼女は、何故か私を見ながら口を開きます。
「……孤独は死に至る病、ってあたしの世界では有名な言葉なの。シルヴィなら分かるでしょ?」
私はその一言で、レナさんがどういう心境だったのかを理解してしまいました。
『どういうことじゃシルヴィ』
「レナさんは、かつての私と同じだったということです」
そう。塔で自ら命を絶とうとするほどに追い詰められていた私と、レナさんは全く同じ状況だったのです。
唯一差があるとすれば、彼女には自由があり、私にはそれがなかったという部分はありますが、私達を苦しめていた“孤独”という環境は一緒なのです。
だからこそ、レナさんは私達と共にいられるのなら、死の危険すら厭わないと考えていたのでしょう。
以前、魔導連合での技練祭の夜に聞いた話も交えてシリア様へ説明すると、シリア様は深く息を吐き、レナさんへ申し訳なさそうに謝りました。
『そういう事じゃったか……。すまぬ、不遠慮な問いを投げたな』
「気にしないで。別にあたしは、悲劇のヒロインを演じたい訳じゃないから」
レナさんはそうおどけて見せた後、隣で気を失ったまま眠っているフローリア様へ、優しい顔を向けました。
「だからね? あたしはシルヴィ達といられる今が一番楽しいし、一番幸せ。この暮らしを続けていく上で、何かがあって死んだりしたら後悔はするだろうけど、連れてきてくれたフローリアを恨むなんてことはしないわ」
『……お主は強いな。何があろうとも、前を向き続けられるのはある種の才能じゃ』
「あはは! 色々と引きずったりはするけどね」
『くふふ! お主の例の力の根源を見るに、相当溜め込むタイプのようじゃからの!』
これは笑っていい所なのでしょうか。
とりあえず、苦笑いで誤魔化しておきましょうか。
「とまぁ、そんな感じだからこっちの世界の方がいいし、あっちに帰れるって言われても帰るつもりは無いわ。和が懐かしくなっても、神住島に来ればいいって分かったしね」
「ここがレナさんにとって、憩いの場になればいいですね」
「十分憩いの場よ! 抹茶もあるし、和食も美味しいし、日本のお祭りだって楽しめたし!」
レナさんはそう笑うと、天井を見上げるように体の向きを変えます。
そして、穏やかな表情で小さく呟きました。
「ここの街並み、ここの空気。全部が懐かしいし、あたしの実家がある街にそっくり。あたし個人としては、もう少しここにいたいくらいだわ」
私とシリア様が優しい表情で顔を見合わせている中、メイナードはわざと空気を読まないような発言を繰り出しました。
『なら、貴様だけ残るといい。その方が我はせいせいするからな』
「はぁ!? 何なのよあんた! ほんっとムカつくわね!!」
『クク……。キャンキャンと吠える小娘がいない夜は毎日が快適だろうな』
「このクソ鳥……! やっぱり焼き鳥にしてやるわ!!」
「もう、ケンカしないでください二人共! またシリア様に怒られてしまいますよ!?」
仲裁に入った瞬間、二人の視線がシリア様へと向けられました。
二人の視線を一身に受けていたシリア様はと言いますと、盛大に溜息を吐いて私を見上げてきました。
『お主が止めねば、もう一度喝を入れられたのじゃがなぁ……』
「シリア様。先ほどのお説教、実は楽しんでいらっしゃいましたか?」
『くふふ、どうじゃかのぅ?』
ビクリ、と身を竦める二人を横目で見るシリア様に、私は苦笑せざるを得ませんでした。
「あまり意地悪をしないであげてください。……さて、そろそろいい時間ですし寝ましょうか」
『そうじゃな。明日も明日で観光があるのじゃ、早く寝るぞ』
「はーい」
メイナードは止まり木へ、私はエミリ達のお布団へと寝る支度を整えます。
ティファニーの反対側からエミリを抱くと同時に、その間にシリア様が体を丸めて寝る体勢へ入りました。
「明日が最後ですが、いっぱい楽しんで帰りましょう。おやすみなさいレナさん、シリア様、メイナード」
「おやすみー」
『くぁ~……、おやすみ』
部屋の明かりを消し、メイナードが鼻で返答をしたのを聞きながら瞳を閉じます。
あっという間の二日間でしたが、あと一日残っています。
明日はこの島の名産品や、変わった食べ物を見つけたいですね。と、明日の観光に思いを馳せながら、私は眠りに就くのでした。




