606話 異世界人達は枕投げをする
花火と宴会を楽しんだ私達が宿へと戻ると、私達が何時に帰ってくるか分かっていたかのように、中居さん達が用意してくださっていた夕飯が出来上がっていました。
「本日は皆様に、うな重をお楽しみいただこうと思います」
「付け合せはひじきと大豆の煮物に、なめことモヤシのかき玉汁になります」
「「うな重!?」」
レナさんとフローリア様の声が綺麗に重なります。
お二人の目がこれでもかと輝いていることから、異世界では人気の料理なのでしょう。
早速、全員でいただきますをしてから”重箱”と呼ばれる箱の蓋を開けると、非常に香ばしいタレが掛かっている平たい魚が姿を現しました。
その魚の影からはご飯の粒が見える以外は、レナさんが好むどんぶり料理に似てるようにも見えます。
スプーンで小さく掬い上げ、そのまま口へと運びます。
すると、これまで食べたことの無いような深みのある味わいが口の中に拡がっていきました。
「すごい! ご飯なのに甘ーい!」
「ですがしょっぱい気もします!」
エミリとティファニーの言う通り、この魚に掛けられているタレは甘じょっぱい味付けなのですが、ただお砂糖やお塩で作り出された物とは思えません。
何から作られたタレなのでしょう……と考えながらも、私の手は止まることなくうな重を突きます。
ふと視線を上げると、またしてもレナさんが幸せそうに顔を蕩けさせていました。
「うな重最高……週七で食べたい……」
確かに美味しいとは思いますが、そんな毎日食べたくなるものでは無い気がしてしまうのは私だけでしょうか。
「うんうん……毎食でもいいわよね……」
どうやらレナさんの言う週七は、日に二度以上で計算されていたようでした。
よく見ると、エミリとシリア様もおかわりを注文するくらいに気に入っているようです。
そこまで気に入っているのであれば、帰るまでにこのレシピを学んでおくことにしましょう。
我が家の食べ盛り担当の味の好みを開拓した私は、その光景を微笑ましく思いながら食事に戻るのでした。
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思い立ったが吉日という言葉がある通り、忘れないようにレシピを学びに行った私が戻ってくる頃には、既に皆さんはお風呂を終えた後でした。
「あ、帰ってきた! どうだったシルヴィ!? うな重の作り方教えて貰えた!?」
「はい。神住島のうなぎ屋さんとも話をさせていただけましたので、今後はうちでも作れると思います」
「さっすがシルヴィ! 大好き!!」
「えぇ〜!? 私は私は〜!?」
「あんたはうな重作れないから下!」
「そんなぁ〜!!」
他人へ好意を寄せる基準が、料理が出来るか否かで決まってしまうのはどうなのでしょうか……と、私は苦笑いをレナさんへ向けてしまいます。
そんな彼女の頭の上にメイナードが降り立ち、やや不機嫌そうに口を開きます。
『少しは他人への配慮と言うものを覚えろ小娘。貴様の声はうるさくて敵わん』
「……あ〜ら、あんたいたのね? あまりにも静かだったから散歩でも行ってるのかと思ったわ」
『ならば、今からでも散歩に行くとするか。手頃な飯も見つけたことだしな』
「いっだだだだだだだ!? この鳥! 頭に爪立てんじゃないわよ!!」
どうしてこの二人は、旅先でも仲良くできないのでしょうか。
恐らくは寝ようとしていたところを邪魔されたことに腹を立てているのだとは思いますが、メイナードが乱入してきたことで室内はさらにうるさくなってしまっています。
さらにはレナさんが近くにあった枕を投げ始め、それがフローリア様の顔を襲いました。
「ふぎゃっ!! ……やったわねレナちゃん!」
「あ、ごめんわざとじゃ――にゃ!!」
レナさんの謝罪は最後まで言わせて貰えず、お返しとばかりにフローリア様が投げた枕を、顔で受止める事になります。
「わざとじゃないって言ったのに!!」
「びゃ!!」
今度はフローリア様ではなく、私の布団の上でゴロゴロしていたエミリの尻尾が狙われました。
もしかしてレナさんは、何かを投げることが苦手なのでしょうか?
そんな事を思った矢先、エミリまでもが枕を手に立ち上がります。
「わたし何にもしてないのにー!!」
「ごめんって――危なっ!!」
エミリが投げると同時にフローリア様も枕を投げ、二人に狙われながらもレナさんは器用に避けてみせました。
しかしそれは、あくまでも枕を避けただけで。
「きゃあ!!」
「ごめんティファニー!!」
「もぅ!! お部屋で暴れてはダメだとお母様が言ってましたのに!!」
「ちょっとそれ洒落にならないわよ!?」
避難しようとしていたティファニーの浴衣の裾を強く踏んだことで派手に転倒してしまい、ティファニーが涙目になりながら魔法で枕を投げ飛ばし始めます。
飛び交う枕、あちこちから聞こえる悲鳴と怒声に、ついにシリア様が立ち上がりました。
『やかましいぞ貴様ら!! 旅先くらい静かにできにゅ!!』
……綺麗にシリア様の顔を枕が襲いました。
若干肌がひりつく感覚に私は深く溜息を吐き、せめて巻き込まれないようにとお風呂場へ逃げることにしました。




