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605話 魔女様は花火を楽しむ

「「かんぱーい!!」」


 時刻はまもなく、十八時を迎えます。

 レナさんの離れ業のおかげで勝ちをもぎ取れた祝杯の席に、私達も参加させていただいていました。


「……ぷはぁ!! カァーッ! 酒はいつ飲んでも美味ぇが、今日は一段と美味ぇ!! 魔女の嬢ちゃん様々だなぁ、おい!!」


「わっ!? ……っとと、急に肩組まないでよ。お酒が零れちゃうじゃない」


「わははは! 零れたら注げばいい! 飲んだら注げばいい! 違うか!?」


『くふふ! その通りじゃ!』


 シリア様までそんな事を……と呆れそうになりましたが、辺りを見渡すと、お酒を零すだけならまだ可愛い方だと思わされてしまいました。


「酒が足りねぇよなぁ!?」


「ぎゃっはははは!!」


 瓶入りのお酒を頭から被る人もいれば、顔よりも大きなジョッキに入ったお酒を一気飲みしている人もいます。

 あ、また一人酔い潰れてひっくり返ってしまいました。当然ながら、彼が持っていたジョッキの中身も地面へと流れていきます。


 何とも勿体ないと思う反面、お祭りの場でそんなことを考えるのも無粋なのかもしれないとも思えてくるのが不思議です。


 彼らのように騒ぎながら飲むお酒も美味しいのだとは思いますが、やはり食事は食事として楽しみたいです。

 巻き込まれてしまわない内にと離れようとしましたが、フローリア様は見逃してくれませんでした。


「あ〜!? 影の立役者が逃げようとしてるわよ! であえであえ〜!!」


 どんな掛け声ですか!? と突っ込みたくなるのを堪え、早足で逃げ出します。

 しかし、中心に近い場所にいたせいで包囲網を抜けることなど叶わず、あっという間に囲まれてしまいました。


「おいおい魔女さんよぉ〜! 俺達とは酒が飲めねぇってのかい!?」


「い、いえ、そういう訳では無いのですが」


「なら飲むしかねぇよなぁ!! だよなぁ野郎共!!」


「「魔女の姉ちゃんに、かんぱーい!!!」」


 何かされるのかと身構えていましたが、彼らは持っていたお酒を一斉に呷り始めました。

 そのまま肩を組み合い、ご機嫌に歌い始める彼らの輪からどう逃げるべきかと思案していると、突然私の体が誰かに持ち上げられました!


「きゃあああああああ!?」


 悲鳴を上げてしまう私を高く掲げていたのは、まさかのレナさんです。

 しかも、私が持っていたはずの飲み物はいつの間にか無くなっていて、視界の端に見えたフローリア様の左手に収まっていました。


 まさか、時間を止められたのですか!?


「さぁさぁ! 打ち上げ花火に合わせて、我らが魔女を胴上げするわよー!!」


「えっ、あの、冗談ですよね!? 降ろしてください!!」


「あと三十秒で始まるぞー!!」


 どこかからか聞こえてきたその声に、私の焦りが加速します。


「レナさん! 本当に! 本当に降ろしてください!!」


「逃げようとした罰よ! お祭りは一緒になって楽しまないと!」


「他にも楽しみ方はありますよね!?」


「聞こえなーい!!」


 こんな間近なのに聞こえない訳がありません!!

 意地悪をするレナさんから逃れようと試みますが、気が付くとレナさんに密着するように男性陣が集まってしまっていました。


 降りるなら横に転がるだけでいいのですが、今転がれば間違いなく彼らの頭上に身を投げ出す事になります。

 それに、この角度ではスカートの中が見えてしまっているのではないでしょうか!?


 もう逃げることは諦めて、短めなスカートを押さえて隠す私をレナさんがおかしそうに笑います。


「あと十秒よ!」


「もう好きにしてください!」


「いい覚悟!」


「「はーち! なーな! ろーく!」」


「ほら、あれ見て!!」


 野太いカウントダウンが響く中、レナさんは私の視線を声で誘導します。

 そちらへ顔を向けると、ひょろひょろと尾を引く何かが天高く打ち上げられていました。


 あれは一体……と思った直後。


「「ゼロー!!!」」


「きゃあああああああ!?」


 私の体が高く放り投げられると同時に、打ち上げられていたそれが耳を塞ぎたくなるような炸裂音と共に弾けました!

 弾けた場所を中心として、カラフルな光の玉が夜空を彩っていきます。


 一瞬だけ夜空を染め上げたその輝きに、私の心は奪われてしまい。


「綺麗……」


 自分が胴上げされているという感覚も忘れ、無心で花火を楽しんでしまいます。


『くふふ! 花火という物は見応えがあるのぅ!』


 半実体で私の視界に顔を出してきたシリア様を見て、ようやく私は現実に帰ってきた気がしました。

 シリア様は私の横でふわりと寝転がり、私と光景を共有するように夜空を見上げます。


『ここでは魔女も魔族も、人を縛るしがらみは何も無い。皆がこの島での暮らしを謳歌し、同じ空を見上げて笑いあっておる。ほんに良い島じゃのぅ』


「本当に良い島だと思います。人と魔族、そして魔女も共生できる理想的な環境です。ここなら、魔術師や錬金術師であっても受け入れていただけそうですね」


『くふふ! 妾達の思い描く理想郷を見て、お主は何を思った?』


 シリア様の言葉を、またひとつ打ち上げられていく花火を見ながら考えます。


 この島に比べて、私達の暮らす環境はあまりにも暮らし辛いものです。

 魔女という肩書きだけで恐れられ、時には復讐の為に命を狙われてしまいます。

 魔術師と名乗れば、魔法も使えない劣った人だと嘲笑われ、仕事の選択肢や住居も選ばせて貰えません。

 魔族という種族だからと言って、人間に歩み寄ることも叶わず、その逆も同様に距離を置かれます。


 差別や偏見に満ち、息苦しいこの世界に対して、私は何ができるのでしょうか。


 ……いえ、違いますね。物事を難しく考えられるほど、私はシリア様のように多くのことは出来ないのですから。


 ドーン、と弾ける花火を見ながら、シリア様へ私なりの回答を口にします。


「私には大それたことはできませんが、手を取り合うことは出来ます。それを率先して繰り返して、この世界で生きる人達の意識を、僅かでも変えられればと思います」


『力で導くのではなく、共に生きる隣人として手を差し伸べる……か。お主らしいと言えばお主らしいやも知れぬのぅ』


 呆れるように笑うシリア様でしたが、花火に照らされているその笑みは、慈しみを感じさせる優しいものでした。

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