604話 異世界人は力技が得意 【レナ視点】
「頑張れ頑張れ~! ほら、あとちょっとで追い抜けるわよ~!!」
「だったらあんたも走りなさいよ!!」
「だって足痛くなっちゃったんだもん~!」
形だけ信仰しているあたしの女神様は、走り出してから十分も経たずに悲鳴を上げ始め、今ではだんじりの上で声援係になっていた。
楽しそうだからってあたしを連れ出しておいて、いざ始めると疲れたから走りたくないとか自分勝手すぎるわ。
「おら行くぞ野郎共ッ!! 気合い入れろおおおおおお!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
「嬢ちゃんも合わせろよ!!」
「分かってるっての!!」
フローリアの隣で指揮を執ってる人の声に合わせて、だんじりを押す速度がグンと上がった。
最後列で綱を握っているあたしも、それに置いていかれないように加速する。
これは次のコーナーで、一位で前を走る金ぴかのだんじりを抜くための事前準備なんだと思う。
速度を下げて曲がりきろうとするところへ、逆に速度が乗ってる状態で割り込みに行く戦法に出たうちの指揮官に、あたしは拍手を送りたいくらいだった。
だけどそれは、この上なくハイリスクハイリターンの賭けでもある。
だって、軽く四トンはあるらしいこのだんじりを、速度を保ったままカーブさせるなんて危険しかないもの。
失敗したら、良くて転倒。最悪はコースアウトで、みんな揃って神住島の海に真っ逆さま。
そんな危険な賭けに出たってことは、この先で勝負できる場所がないってことなんだろうけど、それを知ってか、あたしと一緒に走ってる人達の顔はやる気に満ち溢れていた。
「おうおうおうおう! 正気の沙汰じゃねぇな! ここで勝負を仕掛けてきたか!!」
迫るカーブを見据えて、減速を始めていた金ぴかのだんじりの指揮官が、加速するあたし達を見て楽しそうに言う。
それに対し、うちの指揮官は豪快に笑いながら挑発的に言葉を返した。
「ったりめぇよ! ここで攻めにゃあ男が廃るってもんだろうが!!」
「わっははははは! こいつぁ今年も、濡れ鼠が見れそうだなぁ!!」
……え、待って? まさかこの人達、去年同じことして失敗してるの!?
サァーっと血の気が引き始めるあたしとは対照的に、周りの男連中はどんどんヒートアップしていく。
カーブまで残り三百メートルくらい。今から減速をすれば間に合うんだろうけど、この人達は絶対、さらに加速するつもりしかない。
せめてあの柵が頑丈なら、あたしが横側で軌道を逸らせたかもしれないのに……。
そう考えた瞬間、あたしの脳がある可能性を提示した。
「そうか、そうだわ!! フローリア!!」
頭上で吞気に声援を送っているフローリアを呼ぶと、辛うじて聞き取ってもらえたらしく、何か言った? と言わんばかりの顔で耳に手を当てるジェスチャーをしてきた。
「あそこのカーブに! 頑丈な結界を貼ってって! シルヴィに言ってー!!」
「結界ー!? なんで!?」
「いいから早く!!」
「分かんないけど分かった!!」
そのままフローリアが連絡を取り始めるのを確認し、あたしは全身に魔力を漲らせながら綱を手放した。
「おい嬢ちゃん! 何してる!?」
「ちょっと前行ってくる!!」
「はぁ!?」
だんじりを追い抜いて一足先にカーブへと辿り着き、もう曲がる素振りすら見せないそれを見据えて腰を低く構える。
それと同時に、カーブを覆うようにシルヴィの結界がいくつも展開されたのを感じ取った。
「ありがとシルヴィー!!」
絶対聞こえてないだろうけど、メイナードに乗ってるシルヴィにお礼を言いながら大きく手を振る。
だんじりとの距離はあと五十メートル弱。ここまで付き合わされたんだから、こんなところでコースアウトして負けなんて、絶対にさせないわ!!
「おいおい嬢ちゃん、まさかお前!?」
「そのまさかああああああ!!!」
ありったけの力を込めて、だんじりの右前を強く押し返す。
その衝撃でだんじりは大きく揺れ、今度は後ろ半分が外へと押し出されそうになっていた。
ここまではオッケー。あとは力勝負よ!!
「ぐっ……! ふんぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅ!!!」
「空を、空を駆けてやがる!!」
だんじりがそのまま外に出ないようにと、結界を足場にしてだんじりを押し返しながら並走する。
四トンの重量に押し潰されるのを耐えるなんて、絶対体験する機会のないビッグイベントだわ! と、思わず笑みが零れてきた。
「曲がれる……! 曲げてみせるぅぅぅぅ!!」
「気張れ野郎共ッ!! 嬢ちゃんに漢気を見せてやれえええええ!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
カーブを抜けるまであと少し。
力技で切り抜けようとしていたあたし達の展開を読んだのか、まだまだ修正しきれないだんじりが落ちないようにと、結界を増やし続けてくれているシルヴィが女神に見えてきた。
「頑張ってレナちゃん! もうちょっとー!!」
「なら、手伝えって、言ってんのよおおおおおおおお!!」
最後のフローリアの応援に苛立ち、思わず強く結界を蹴ってだんじりを押してしまった。
だけど、それが絶妙に丁度良かったらしく、だんじりは左右に大きく揺れながらも、カーブを無事に乗り切ってくれた。
「よーくやってくれた嬢ちゃん!! あとは逃げ切るだけだ!!」
「はぁ……はぁ……っ! 上等よ!! 絶対逃げ切るわよ!!」
「今年こそは勝つぞおおおおおおお!!」
「「勝てるぞおおおおおおおおおお!!」」
雄叫びが上がる中、急いで持ち場に戻って綱を握り直す。
さらに速度を上げるだんじりを追いながら後ろを振り返ると、金ぴかのだんじりとの距離はかなり開いているのが分かった。
その差は、ざっくり百メートル以上。
これはもう、勝ちは貰ったわね!
「神住島に来られて良かったー!!」
懐かしの和が溢れる島で、こんなにも高揚感に包まれるお祭りにも参加出来て、あたしとしては全く文句のつけられない旅行だわ!
街中へと戻っていくルートを駆けながら、あたしは心から今回の旅行を楽しいと思うのだった。




