603話 魔女様は異世界のお祭りを楽しむ・後編
おやつを楽しみながら、なだらかな山道を登り終えると、高峰神社が見えてきました。
「うわっ……。暑苦しいわね……」
広い境内の中では、人間や鬼の魔族の男性陣による熱気と高揚感で満たされています。
あちこちから士気を高めるための声掛けや、それに応じる雄叫びなどが上げられていて、そんなに近づいていないにもかかわらず、少し耳が痛くなるほどです。
「わぉ、ここだけサウナみたいね~。蒸しっとしてるわぁ」
「時期的なものもあるとは思いますが、かなり暑さを感じますね」
「シルヴィちゃん、無理せず脱いでもいいのよ?」
「いざとなった時は考えておきます」
とは言ってみたものの、衣替えと称して半袖になっているレナさんや、可愛らしいワンピース姿のエミリやティファニーを見ていると、長袖のローブを羽織っているだけで体感の暑さが増す気がします。
しかし、これを脱いでしまうと軽装過ぎるのもあり、肌面積的に気になってしまうのです。
シリア様からいただいた大切な服でもありますし、実際にはそんなに暑さを感じさせない不思議な材質なので中々言い出せませんでしたが、やはり半袖にできないかとお願いしてみるべきでしょうか。
そんなことを考えていると、だんじりを囲んでいた男性陣から、一際大きな声が聞こえてきました。
「行くぞお前らぁ!! 準備はいいかぁ!!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
「今年も派手にぶちかますぞおおおおおお!!!」
「「おおおおおおおおおおおおっ!!!」」
今にも走り出しそうな勢いに圧倒されながらも、ウィズナビで時刻を確認します。
時刻は間もなく、十一時を示そうとしています。どうやら、遂に神住島名物と言われる“だんじり祭り”が始まるようです。
「そろそろ始まるそうですよ……あれ?」
『む? あの阿呆とレナはどうした?』
先ほどまで隣にいたはずのレナさん達が、いつの間にか姿を消していました。
まさか、この人混みではぐれてしまったのでしょうか!?
慌てて周囲を見渡し、レナさん達の姿を探してみると。
「わーっしょい! わーっしょい!!」
「あたし参加するつもりないってばぁ!!」
いました。
何故かお二人は、質素なだんじりを押すための棒を押す構えに入っていました。
「おらぁ! 始めっぞおおおおおお!!」
「「祭りじゃあああああああああああ!!!」」
「行っくわよおおおおおおおお!!」
「まっ、待って――わああああああああああああ!?」
『いかん! 下がれ!!』
「エミリ、ティファニー! こっちへ!!」
「うん!」「はい!」
私が二人の手を引いて道の外れへ逃げ込むと同時に、一斉に走り出した各勢力のだんじりが走り抜けていきます。
途中、レナさんらしき声が「もう何なのよー!!」と悲鳴を上げていた気もしましたが、聞き間違いでは無いかを確認する前には、とっくに砂ぼこりの奥へと姿を消していました。
「ど、どうしましょうか……?」
『やれやれ。どうするも何も、様子を見るしかなかろう。メイナード、頼めるか?』
『お任せを』
メイナードが肩から飛び降りて元の大きさへと戻ると同時に、残っていた島の方々から悲鳴が上がりました。
余計な騒ぎになる前にとエミリ達を背中に乗せ、彼らに愛想笑いだけ向けて、その場から飛び去ることにしました。
上空からでも分かるほどの勢いで走り抜けていくだんじりは、あっという間に山の中腹部に到達していたらしく、それなりに急なカーブに差し掛かっているところでした。
確かレナさん達は、質素なだんじりに連れていかれてしまったはずですが……と目を凝らして観察すると、今は最後列で前の二台を追いかけている形になっています。
「レナ様達、負けてしまっています!」
「大丈夫かなぁ?」
「どうでしょうか。まだ始まったばかりですし、まだまだ順位を上げる機会はあるとは思いますが」
『じゃが、序盤のアドバンテージは後々になって響くものじゃ。果たしてどうなることやら……』
『やはり人間の考えるものは、理解しがたいな。あんなもので優劣を競って何になるのだ』
『くふふ! 何も、勝敗だけを求めている訳ではないのじゃ。皆で心をひとつにして勝利へ駆けること。共に汗を流して辛苦を分かち合うこと。勝利に歓喜し、敗北に涙する。そのいずれもを楽しむのが人というものじゃ』
『……我には分かりかねる感情です』
『常に孤高であったお主には、理解できんのも無理はない。じゃが、そういう楽しみ方もある程度に覚えておくと、何かの役に立つやも知れんぞ』
シリア様の言葉にメイナードは何も答えず、ただ正面を向くだけでした。
メイナードの気持ちは、私も分からなくはありません。
私も今のような暮らしになっていなければ、きっとメイナードと同じように“誰かと何かを達成する”と言う事に楽しみを見出すことは無かったと思います。
メイナードもいつかは、私のように変われる日が来るといいですね。
そんなことを思いながら、私は眼下で繰り広げられているだんじり祭りの観察に戻るのでした。




