600話 魔女様は卓球で遊ぶ
「さぁ! 気分を入れ替えて勝負よ勝負!!」
「お姉さん、手加減しないわよ~!」
「あんた、時間を止めたりしたら反則負けにするからね」
「しないってばぁ!!」
心ゆくまで温泉を楽しみ、お風呂上りのコーヒー牛乳を堪能した私達は、ある遊技台の周りに集まっていました。
青色の長方形のテーブルに、手の平ほどの高さしかない網が張られているこの遊技台は、“タッキュー”と呼ばれるそうです。
親指サイズの軽い球を、大きくした円形のヘラのようなもので打ち合うという不思議なスポーツですが、こちらもレナさんの世界では馴染み深いものだと教えていただきました。
『こ奴がズルをしたら、妾がその都度言ってやるが故、安心するが良い。それよりも、対戦の割り振りはどうするのじゃ?』
「それはもちろん……これよ!」
そう言いながらフローリア様が取り出したのは、ひょろりと長い紙紐でした。
「くじ引き?」
「そう! 赤、青、黄色で塗ってあるから、同じ色同士で勝負するの!」
「へぇー、良いんじゃない? 二回戦目以降は勝った人でやればいいしね」
「うんうん! と言う事でほら、選んで選んで~?」
フローリア様に促され、私達はそれぞれの紙紐の先端を摘まみます。
せーの、という掛け声と共に各々が引き抜くと、私が引き抜いた紙紐の先は青く塗られているのが分かりました。
「あ、わたし黄色だ!」
「じゃあエミリちゃんは私とね~!」
「お母様は何色でしたか? ティファニーは赤でした!」
「私は青なので、他の人とですね」
「ティファニーはあたしとね!」
「レナ様とですか!? うぅ、勝てる気がしません……」
「あはは! ちゃんと手加減してあげるから大丈夫よ!」
と言う事は、残されたのは――。
『くふふ! お主の相手は妾じゃ、シルヴィ』
「お手柔らかにお願いします……」
『それは難しい注文じゃな。妾が勝負事で手を抜かぬことは知っておろう?』
どうやら、私のタッキューデビューはここまでのようです。
自分の運の無さを嘆きながらも、併設されている他のタッキュー台へと向かい、邪魔にならないようにと浴衣の袖をまくります。
「勝負は十一点先取よ! それじゃあ――スタート!」
レナさんの掛け声と共に、全員が集中モードへと切り替わりました。
こちらの先行はシリア様です。既に魔法を用いてラケットを浮かせていることから、何らかの魔法が使われることが予想されます。
一体どのような打ち方をされるのでしょうか。
どこから来ても対応できるように、腰を少し低くしながら構えると。
『とぉっ!!』
高く放り投げられたボールを追うように、シリア様が飛び上がりました!
そのまま大きくラケットを振りかぶり、ラケットの中心部分でボールを叩き落とします。
そのボールはシリア様のエリアで強くバウンドし、私の顔の横を凄まじい勢いで飛び跳ねていきました。
壁に激突したボールが床を跳ねるのを呆然と見る私へ、シリア様はくふふと笑います。
『まずは一本、じゃな?』
「残念、今のはシルヴィのポイントよ」
『なんじゃと!?』
レナさんは何故か勝ち誇ったような顔で、シリア様のエリアと私のエリアを交互に指さしながら言いました。
「サーブする人は、自分と相手のエリアで一回ずつバウンドさせないといけないのよ。しかも、自分のエリアだけバウンドしてたからラリー中でも負けよ」
『そ、そうなのか……』
「はい、じゃあシルヴィ一点先取で再開ねー」
よく分かりませんが、私のポイントとなってしまいました。
すみませんシリア様。そんな顔で睨まれても、これがルールだそうですのでどうしようもありません。
ボールを拾い上げ、他の皆さんがやってるように見よう見真似でサーブします。
あまり早くもないそれを見たシリア様は、瞳を輝かせてラケットを大きく振り上げました。
『そのような玉で、妾から点を取ろうなぞ甘いぞシルヴィ!!』
シリア様は再び、勢いよくラケットでボールを打ち返してきました。
ですが、そのボールはテーブルに着地することもなく、再び私の顔の横を通り抜けていきます。
「シリア! そんな力任せじゃダメだってば! ちゃんと相手のエリアでバウンドさせなきゃ!」
『す、すまぬ……』
「は~い、シルヴィちゃんもう一点ね! シリアがおバカだから勝てるわよ~!」
『なんじゃと貴様!! ええいシルヴィ、早う次のサーブを寄こせ! 次こそは点を奪ってやる!!』
「は、はい!」
その後も何度かサーブを行いましたが、そのことごとくをシリア様は強く撃ち返そうとしては、エリアに着地できなかったり網に当たってしまったりしていました。
その結果、私がストレートに十一点取得することになってしまい……。
『わ、妾がシルヴィに負けたじゃと……!?』
「いぇ~い! シルヴィちゃんの勝ち~!!」
「お姉ちゃんすご~い!」
「お母様流石です!」
何故か私が勝ち進む形となってしまうのでした。
本当に、こんな勝ち方で良かったのでしょうか……。




