598話 魔女様は箸が止まらない
マガミさんとレナさんによる異世界トークから抜け出した私達は、それぞれ別行動を取っていました。
私は神住城の厨房へ行き、主目的のひとつであるトンカツの調理方法を教えに。
シリア様はメイナードと共に、この島の地脈を確認したいとのことで散策へ。
残りのフローリア様とエミリ、そしてティファニーは、一足先に宿泊先へと向かっています。
厨房では割烹着姿の人間族や、鬼となってしまった魔族の女性達が忙しなく動き続けていて、私が教えたレシピとにらめっこをしながらトンカツづくりに励んでいました。
「シルヴィ様! こちらでいかがでしょうか!?」
「確認しますね。……少し、油の温度が低かったかもしれません。衣がべちゃっとしてしまっています」
「し、失礼いたしました!! 作り直します!」
「シルヴィ様、どうやっても衣が剥がれてしまいます」
「それは恐らく、揚げる前の手順を間違えているのだと思います。ノートを見せていただけますか? ……そうですね。ここの部分なのですが、お肉が薄くなることを恐れて叩く力を弱めてはいけません」
「しかし、トンカツを作る際に厚い肉を選ぶようにと仰っておられましたよね?」
「はい。私がそれを言った理由として、この工程を挟んでも十分な厚みを維持できることが最大の理由です。お肉の叩きが甘いと、揚げている最中にお肉が縮んで衣から剥がれてしまいますので、多少薄くなることは覚悟の上でしっかりと叩いてください」
「かしこまりました!」
試作したトンカツを見せに来ては、ダメ出しを受けて作り直しに向かう彼女達を見ながら、ペルラさん達に料理を教えていた時のことを思い出します。
彼女達はややドジを踏んでしまうこともあり、料理以前の段階で躓くことも度々ありましたが、そこは本職の料理人と言いますか、彼女達は手際よく調理を進めてくださっていました。
慣れない料理に悪戦苦闘しながらも、私が作っていた物と遜色のないレベルに到達するまでにそう時間はかからず、私が厨房へ来て二時間ほどでマスターしていただけました。
「ありがとうございました、シルヴィ様! これでマガミ様もお喜びになられます!」
「いえいえ、皆さんの覚えが早くてとても助かりました」
「そんなことは……! あぁ、そうだ! せっかくですので、よろしければ神住島の料理を学んで行かれませんか? 恐らく、シルヴィ様のお住まいの地方とは異なった食文化だと思いますので!」
「ぜひお願いしたいです。こちらに来てからという物、街中で見た料理に目を奪われ続けていまして」
「まぁ! でしたら、早速いくつかお教えしますね! 何からにしましょうか……」
「シルヴィ様、何か好みの食事などはございますか?」
「私自身は特にはありませんが、肉料理を好む家族が多いので、何かお肉をメインとしたものだとありがたいかもしれません」
「肉料理ですか?」
彼女達はああでもない、こうでもないと議論を重ねた末に、私に二つの料理を提案してきました。
「では、生姜焼きとおでん……なんていかがでしょうか?」
おでん、という物は聞いたことがありませんでしたが、生姜焼きはフローリア様が持ち帰ってきてくださったレシピ本に書いてあったような気がします。
「生姜焼きは教えていただいたことがあるので、おでんをお願いできますか?」
「かしこまりました! それでしたら、百聞は一見に如かずとも言いますので、今ご用意いたしますね」
「ありがとうございます」
テキパキと調理を始める様子を見ていると、どうやらおでんという料理は、いわゆるお鍋料理の一種であることが分かりました。
大きめにカットされた豚バラ肉のブロックや、鶏もも肉の外にも、かなり厚切りの大根とゆで卵、そして“ちくわ”や“こんにゃく”と呼ばれる具材などをじっくりと煮込んでいくそうです。
しかし、どうやら味が染み込むまでに相当時間がかかるらしく、その間の暇つぶしとして、お互いの食文化の情報交換や談笑などを楽しむことになりました。
シューちゃんのお屋敷でいただいた料理もそうでしたが、やはり神住島の食事は全体的に薄味、もしくは塩味を基本としたものが多いようで、その理由として挙げられるのが“素材の味を引き出す”ことにあるようでした。
基本的には、油を用いて焼く・揚げると言った調理方法に偏りがちであり、濃いめの味付けとなることが多い私達の料理に対し、神住島やレナさんの故郷で作られることの多い料理は、煮る・茹でる・蒸すというように油を必要としない調理方法が多く用いられていました。
中には、同じ揚げ物でもまるで見た目の異なるものもあり。
「んんっ!? これ、すっごく美味しいです!」
「気に入っていただけて何よりです! これは“天ぷら”と言うんですよ!」
「これはぜひ、皆さんに食べていただきたいですね……。これもあとで教えていただけますか?」
「もちろんです!」
魚介類や野菜を揚げる“天ぷら”という料理は、たっぷりの油で揚げているのに油っぽさを感じさせないなど、私の料理の概念が覆されるほどの衝撃を受けてしまいました。
そうこうしている内におでんも完成し、よそっていただいたそれを見て、思わず感嘆の声を漏らしてしまいます。
「……とてもいい香りです」
「ご飯と一緒に食べると、もっと美味しいですよ」
「ありがとうございます。ですが、私はそんなに食べれる方ではなく」
「もちろん、シルヴィ様が食べられるだけで大丈夫です」
そう言われてしまうと、手を付けないのは失礼にあたりそうな気がしてしまいます。
今日は夕飯は食べられないかもしれません。と覚悟を決めて、フォークで大根を小さく切り分けて口に運んでみます。
すると、口の中で大根がほろりと崩れてしまい、大根に染み込んでいたお出汁が広がるように溢れてきました!
これは確かに、ご飯と一緒に食べたくなってしまいます。
すぐにご飯をスプーンで掬い、続けざまに一口食べてみると、ほかほかのご飯におでんの優しい味付けが染み渡っていき、そのまま食べてもほんのりと味のあるお米の味わいを強めてくれました。
これは危険な組み合わせです。絶対に食べ過ぎてしまいます。
そうは分かっていても、この幸せな味付けを前に手を緩めることなどできるはずもありませんでした。
おでんとご飯を交互に食べて味わい続けた結果、あれだけデザートを食べ歩いた後だというにも関わらず、私はおでんもご飯も完食してしまいました。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「ふふ! シルヴィ様、ずっと目を輝かせて食べていらっしゃいましたね」
「すみません……。こんなに美味しいものだと予想していなかったので、つい」
「凄く落ち着いていらっしゃったので、あまり感情を表に出さないお方かと思っていましたが、お年頃の女の子という一面が見られて微笑ましかったですよ」
「あ、あまり見ないでください……!」
気恥ずかしさから赤面してしまう私に、彼女達は優しい顔を浮かべながらクスクスと笑い続けるのでした。




