596話 将軍様は明朗快活
城の外から鳴り響いていた爆音が静まってから数分後。
わざわざ歩いて戻って来たらしいシリア様達が、スパーンと襖を開け放ちました。
「わっはっはっは! 女神様の力は凄まじい! あっぱれあっぱれ!」
「シュウイチロウくんも頑張ってたわよ~!」
「あぁ! 俺も全力で臨まねば死ぬと感じたからな!」
「くふふ! 悪くない腕であったぞ?」
「女神様にお墨付きをいただけるとは有り難い! これでマガミ流も繁栄するというものだ!」
私達の前を素通りし、ドサッと腰掛けるマガミ様の服装は、それはもう酷い物でした。
立派な作りの衣装は煤や砂埃に塗れていて、あちこちが破れているせいで、彼の肌がところどころ見えてしまっているほどです。
一方で、シリア様は服の袖が少し斬られてしまってはいたものの、それ以外に目立った外傷などはなく、ほぼ一方的な勝利が収められていたと想像するのに難くありませんでした。
「おかえりなさいシリア様、フローリア様。ご満足いただけましたか?」
「うむ。マガミ流の剣筋も理解できたし、奴の実力も十分測れた」
「シリアったらね、魔法を斬られたからってムキになっちゃってたのよ~?」
「魔法を斬る?」
「そう! 火の玉とか雷の槍とかを、綺麗にスパーン! って斬っちゃうの!」
そんなことが可能なのでしょうか。
聞いたことも無い防衛手段に驚く私へ、隣に腰を下ろしていたシリア様が答えます。
「魔法であろうと何であろうと、力が働く物には中心点が存在するのじゃ。そこを強く刺激すれば内部から破裂させることもできるが、そこのみを切り裂けば力を霧散させることもできる。レナの魔力爆発による滞空方法もその一種じゃよ」
「ほう!? レナ殿もマガミ流と似たような芸当ができるのか!」
「うぇっ!?」
突如話を振られたレナさんが答えに困るのを気にせず、マガミ様は再び刀を手に立ち上がろうとし始めます。
「ぜひ手合わせ願いたい! 見込みがあれば、我がマガミ流の後継者と――」
「ま、待って待って待って! あたし、刀なんて持ったことも無いから!」
「慣れれば誰でも扱える! さぁ!」
「くふふ! 止めよシュウイチロウ、今のお主ではレナには敵わんじゃろうよ。傷と疲労を癒してからにするのじゃな」
「そうか。ならば明日だ! 明日までには万全の状態にして見せよう!」
「戦うことは決定事項なのね、あたし……。っていうか、あたしのことはもう知ってるんだ?」
言われてみれば、レナさんの名前を聞いただけで誰のことか特定していた気がします。
シリア様と戦っていた最中に聞いていたのでしょうか、と疑問を感じた私の考えを肯定するように、マガミ様は頷きました。
「シリア様から、マガミ家同様の異世界の血筋であると聞いていたからな! 君がトンカツのレシピをシルヴィ殿に教えたのだろう?」
「教えたのはあたしじゃなくてレシピ本だけど、味の監修をしたのはあたしね」
「そうか。ならば、レナ殿は俺に異世界の話をしてくれないか? 君が見聞きしていた世界と、俺達マガミの一族が聞いていた世界と差異が無いか調べたい」
「あたしも全部知ってるって訳じゃないけど、それでも良ければ」
「無論だ! かたじけない!」
レナさんに頭を下げたマガミ様は、ハッとした様子でエミリ達へと視線を向けます。
「すまない、君達のことを聞きそびれていたな!」
「え、えっと、エミリです。十一歳です。お姉ちゃんのお手伝いをしています」
「ティファニーと申します。お母様の下で、上に立つべきものの矜持を学んでいます」
可愛らしい二人の自己紹介に、マガミ様は首を傾げます。
何となくそうなるであろうと予想はしていましたし、私から先にフォローを入れておくことにしましょうか。
「エミリは、私が住んでいる森で保護した孤児です。血は繋がっていませんが、今では普通の姉妹以上には繋がりが深いと思っています。ティファニーは説明するのが難しいのですが、私の魔力を通して生まれた植妖族と呼ばれる種族です。私の魔力が体内に巡っているので、実質的には私の娘に当たるのかもしれません」
「なるほどな。その歳でこんなに大きな娘がいるのかと思ってしまったが……事情は理解した」
ある意味では魔族とも言えるティファニーとエミリの存在を、マガミ様はあっさりと許容してくださいました。
やはり魔族と共存している神住島では、こういったケースは珍しくはないのかもしれません。
そう思った直後、神住島に住む魔族のことで気になっていたことがあったのを思い出しました。
「話は変わりますが、マガミ様。質問をよろしいでしょうか?」
「構わないぞ。それと、無理に様を付けずともよい。呼びやすいように呼ぶがいい」
「ありがとうございます。では、改めましてマガミさん。神住島では魔族と人間族が共存しているとお聞きしていましたが、私の知る魔族がいないように見えました。これは、何か理由があるのでしょうか?」
「ふむ、いい観察眼だな」
彼はパンパンと手を打ちました。
それに呼応するように、襖の向こうからサユリさんの声が聞こえてきます。
「お呼びでしょうか」
「この島のパンフレットを持ってこい」
「はっ」
パンフレット? と疑問を感じたのも束の間、先ほどの会話から間もないにも関わらず、再びサユリさんの声が聞こえてきました。
「お待たせいたしました」
「いや早すぎでしょ!?」
「ご苦労、入れ」
今の速度で持ってくるのが当たり前なのでしょうか……。
あまりにも早すぎる仕事ぶりに困惑しながらも、私達にパンフレットを手渡して、再び退室していく彼女を見送るしかできませんでした。
「では、まずはこの島の話から始めるとするか。分からないことがあれば、都度聞いてくれ」
彼はそう前置きし、神住島の歴史について語り始めました。




