593話 魔女様はお茶を楽しむ
道行く人々は、大半の人がシューちゃんが着ていた物に似ている着物を着ていて、あちこちからカランコロンと耳に残る足音を奏でています。
店先の様子もかなり異なっていて、横長の椅子に座る人を日差しから守るにしては、かなり心許ない赤い傘が添えられていたり、風船とはまた少し違う形の飾り物が吊り下げられていたりと、見る物すべてが新鮮で楽しくなってきます。
そんな中、店先にちょこんと置かれている看板を見ていたレナさんが、唐突に歓喜の声を上げました。
「ちょっとちょっとちょっと! ねぇ待って!? 抹茶あるって!!」
「マッチャって何?」
エミリ同様に首を傾げてしまう私達に、レナさんではなく緑色の女性が答えます。
「抹茶とは、こちらで栽培されている茶葉を乾燥させ、微粉末状にした物です。それを湯で溶くことで、ほのかな苦みや甘みなどを味わえるお茶となります」
「では、神住島ではこの抹茶が主な飲料なのですね」
「いえ、抹茶よりは緑茶が主飲料となります」
「両方ともお茶じゃないの?」
「口で言われても分からないわよね~。ねぇ使者ちゃん達、ちょっとお茶してもいいかしら?」
「もちろんでございます」
「やった! じゃあ、早速体験してもらいましょ!」
「そうね。実際に飲んでみる方が早いと思うわ」
「ささ、入って入って~!」
フローリア様に押される形で店内へと入った私達は、内装でまた驚かされてしまいました。
なんと、シューちゃんのお屋敷とほとんど似通っていたのです。
『あ奴が神住島の文化に傾倒しておったのは知っておったが、よもやここまでとはな……』
シリア様の呟きに同意する私達を迎えるように、落ち着いた着物姿の女性が姿を現しました。
こちらは魔族の方ではなく、見た感じでは人間の方の様です。
「いらっしゃいませ、異国のお客様方。七名様ですか?」
「はぁい☆ あ、でもメイナードくんとシリアも入れたら九かしら?」
「九名様ですね。では、奥のお座敷へどうぞ」
そう言って案内してくださる女性の後に続こうとして、レナさんに両手で進路を塞がれてしまいました。
「ど、どうしたのですか?」
「ここは土足厳禁よ。靴を脱いで上がって」
やはり、シューちゃんのお屋敷同様に土足のままではダメなようです。
レナさんに言われるがままに靴を下駄箱にしまい、木造の廊下を渡って移動します。
「こちらでございます」
お店の方に案内された部屋は、こじんまりとしつつも窮屈さを感じさせない部屋でした。
畳張りの床からほのかに香る独特の匂いを感じながら足を踏み入れると、窓ガラス越しに中庭の様子が見え、花で彩る私達の文化とは大きく異なった質素な光景が広がっています。
敷き詰められた小石、丸く刈り取られた背の短い植木、壁沿いにひょろりと植えられている葉の細い植物……と、寂しさを覚えてしまいそうにもなりますが、何故かそれはそれで趣があるようにも感じられます。
「んん~……! これぞ和って感じ! 落ち着くわー!」
「レナさんの家もこんな感じだったのですか?」
「あたしが借りてた家は違うけど、実家はこんな感じだったわね」
『ほぅ。異世界とやらは、小娘程度の生活能力でも生きていけるのだな』
「ぶっ飛ばすわよあんた!?」
「ま、まぁまぁ……」
「わたし、レナちゃんのお家見てみたーい!」
「ティファニーも見てみたいです!」
「見せられるなら見せたいけど、たぶん無理かなぁ」
『異世界ともなれば見ることも叶わぬじゃろう。この場で雰囲気だけでも楽しむがよい』
「「はーい……」」
しゅん、とうな垂れてしまう二人が可愛らしくて小さく笑ってしまいます。
そんなこんなで、席についてメニュー表を取り出した私達でしたが、書いてあるメニューでまたしてもひと悶着を起こしてしまうのです。
「ねぇレナちゃん! この“あんみつ”って何?」
「あんみつって言うのはねー……」
「お母様お母様! こちらの“くずもち”と言うのは何ですか!?」
「えっと……フローリア様、分かりますか?」
「もっちろん! くずもちはねー?」
『おい、我に食えるものはあるか』
『お主は甘い物もイケる口であろう? ならば、これとかどうじゃ』
『ぜん、ざい? 申し訳ありませんがシリア様、我は汁物は苦手で……』
『これは汁物なのか? ならば……』
などと、注文が決まるまでにかなりの時間を要してしまいましたが、何とか注文を終えて運ばれてきた料理に、再び盛り上がってしまいました。
「お待たせいたしました。こちらが抹茶わらびもち、白玉あんみつ、わらびもちぜんざいで、こちらがところてんと抹茶パフェ、そして抹茶ゼリーになります」
「「わぁー……!!」」
運ばれてきた料理はどれも華やかさは控えめなものの、質素ながらに綺麗な彩りをしていました。
私が注文した白玉あんみつという物は、白と緑のお団子の他に透明な四角いものが入っていて、それに“餡”と呼ばれる黒いソースのようなものが添えられています。
全員でいただきますの合掌をしてから、まずは白いお団子と餡をスプーンで掬って口に運んでみます。
すると、想像以上の甘さが口の中を襲ってきました!
「シルヴィ何その顔! そんなにびっくりした?」
口の中に入ったまま喋る訳にもいかず、コクコクと頷いて咀嚼を開始します。
お団子はぷるぷるのもちもちで、餡と呼ばれるソースの中に混じっている豆と混ざり合って、さらに濃厚な甘みを奏でています。
煮詰められた豆も舌先で潰せるほどに柔らかく、触感としても非常に楽しめる逸品です。
「……こんなに甘いものだと考えていなくてびっくりしてしまいました」
「餡子を食べたの初めてだろうし、仕方ないわよ。ほら、こっちも食べてみて?」
レナさんから差し出されたのは、抹茶わらびもちと呼ばれていた緑色のお団子です。
こちらもたっぷりと付けられた黒蜜が今にも垂れそうになっていて、垂れる前にとそれを口に含みます。
それと同時に、先ほどとはまた異なる強い甘みが私の舌に広がり、口から鼻へとふわりとした香ばしさが伝わってきました。
これが、粉末状にした茶葉――抹茶と呼ばれるものなのでしょうか。これは確かに、レナさんが歓喜するほどの美味しさかもしれません。
「どうどう? 美味しいでしょ?」
「はい。抹茶というものは、こんなにも香り高くて美味しい物なのですね」
「でしょー!? あたし、抹茶大好きなのよー!」
そう言った彼女は、抹茶がまぶされているお団子にたっぷりと黒蜜をかけてから口に運び、幸せそうに頬を押さえながら悶えていました。
「レナちゃん、あーん」
「同じの頼んでるんだから自分のを食べなさいよ」
「えぇ~!? いいでしょいいでしょ~? あーん!」
「全く……ほら」
「ん~! ひあわへ~!」
味も変わらないはずですが、レナさんから分けてもらって嬉しそうに食べているフローリア様とのやり取りを見ていたエミリが触発され、私に声を掛けてきました。
「お姉ちゃん、一口ちょうだい?」
「いいですよ。……はい、あーん」
「ん~!! 甘ぁい! 美味しー!」
「あぁー!? ずるいですエミリ! お母様、ティファニーにもください!」
「ふふっ、あーん」
「あーむっ……ん!? んん~!!」
エミリと全く同じ動作で頬を押さえるティファニーは、まるで本当の姉妹のように見えます。
愛らしい二人を見ながら和んでいると、お返しにと二人同時にスプーンを差し出してきました。
「こっちのパフェもすっごく美味しいよ!」
「パフェよりもゼリーの方が美味しいです!」
「お姉ちゃん!」
「お母様!」
「「あーん!」」
「ふ、二人同時にはちょっと……」
対処に困りながらも、言い出した順番にと言う事でエミリからいただく私を見ながら、シリア様がくふふと笑います。
その隣では、何とも言えない顔つきで“ところてん”という料理と格闘しているメイナードがいました。
『どうじゃメイナード、そのところてんとやらは』
『……非常に食べにくいですが、美味ではあります』
『ほぅ? どれ、妾にも寄こすがよい』
シリア様は魔法で数本浮かばせると、つるるっとそれを吸いながら咀嚼します。
咀嚼中も感嘆の声を上げていらっしゃいましたが、飲み込み終えた第一声も似たような声色でした。
『これは美味いのぅ! ツルツルとした触感じゃが、噛むとすぐに崩れる! パスタとはまた違った美味さじゃ!』
「メイナード、私も少し食べてみたいです」
『好きにしろ。だが我にもそれを寄こせ』
『ほれシルヴィ、このぜんざいとやらも美味いぞ?』
メイナードとも交換し、シリア様からも分けていただいたりした私は、この他にはどんな食文化があるのでしょうかと心を躍らせるのでした。




