591話 異世界人は頼まれる
そして迎えた太陽の日。
時計の針が午後二時を示すと同時に、来客を告げるノックが聞こえてきました。
「来たみたいよ」
「私が出ます」
二階から玄関へと向かい、扉を開くと。
「こんにちは、魔女様」
「先日はお楽しみのところ、大変失礼いたしました。本日、このようにお時間をいただけましたことを感謝いたします」
「いえいえ、とんでもありません。中へどうぞ」
案の定、神住島からの使者である変わった服装のお二人がいらっしゃいました。
今日も狐のお面で顔を隠しているお二人を中へ招き入れ、二階の食堂へと案内します。
「シリア様、レナさん。お二人がいらっしゃいました」
『うむ』
「いらっしゃい」
フローリア様にはエミリとティファニーを連れて酒場へ遊びに行っていただいて、メイナードも『人の政には興味はない』と散歩に行っているので、今日はシリア様とレナさんしか家にいません。
彼女達に席を勧め、私の分も含めたお茶を用意します。
お茶を差し出すと、彼女達は少し身を固く構えました。
「どうかしましたか?」
「いえ……何でもございません」
もしかして、私が毒を入れていないか警戒されてしまっているのでしょうか。
それならば、私が先に飲んで見せた方が安心できるかもしれません。
そう思い、彼女達の向かいの席に腰掛けてお茶を飲んで見せましたが、淹れたてのお茶は私の舌を強く熱しました。
「熱っ」
『……何をしておるのじゃお主は』
「す、すみません」
「あはは! シルヴィのことだから、毒なんて入ってないよってアピールしたかったんじゃないの?」
レナさんの言葉に、お二人がやや慌てたような反応を示しました。
「も、申し訳ございません! ですが、我々はそのような疑いを持ってはおりません!」
「こちらのお茶の色に、少々驚いてしまっていただけで!」
そ、そういう事でしたか。これは私の早とちりだったようです。
大事なお話の前だというのに醜態を晒してしまったことを恥じながらも、取り繕うように苦笑で誤魔化してみます。
「失礼しました。魔族領で買って来た茶葉なら、もしかしたら多少は馴染みがあるかと思ってまして」
「話には聞いておりましたが、実物を目にしたことは無く……。いただきます」
彼女達は静かにカップを持ち上げ、お面を外さずにお茶を口に含みました。
それをゆっくりと味わったお二人は、どちらともなくほっと息を吐きます。
「……ほんのりと甘みのある、香り高いお茶ですね」
「美味しいです、魔女様」
「ありがとうございます」
まだ少ししか言葉を交わしたことがありませんが、どうやら緑色の女性がリーダー格であるようです。
年長者だからか、落ち着きのある振る舞いと声質である彼女とは対照的に、白が多いこちらの女性は、まだ年若い印象を受ける雰囲気を纏っています。
しかし、お面越しであるにも関わらず、普通にお茶を口にできているのはどういった技術なのでしょうか。
個人的な興味はありますが、それは一旦置いておくとしましょう。
「さて、早速本題へと移らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。我々もあまり世間話が得意な方ではありませんので、そうしていただけますと助かります」
「では……。先日お話しいただきました神住島の件、もしご迷惑でなければお受けさせていただこうと思います」
私の回答を聞き、白い女性が露骨に嬉しそうな反応を見せました。
緑色の女性はそれを小さく諫め、何事も無かったかのように話を進めてきます。
「お受けいただき、誠に感謝いたします。マガミ様もさぞ、お喜びになられることでしょう」
「ですが、私もこの診療所を営んでいる以上、あまり長期間は滞在することができません。日数としてはどれくらい必要なのでしょうか?」
「我々としても、ご多忙であられる魔女様のお手を煩わせるわけにはいかないと考えております。そのため、可能であれば三日ほどご予定を空けていただければと」
三日間であれば、余程のことが起きない限りはポーションだけで対応できると思います。
万が一のことが起きたとしても、今の私なら転移魔法で帰ってこられますし大丈夫でしょう。
「分かりました。それで大丈夫でしょうか、シリア様」
『うむ。じゃが、妾達は具体的に何をすれば良いのじゃ? まさか、トンカツのレシピだけをくれてやれば終わりともならんのじゃろう?』
「はい。そちらにつきましては、こちらにお目通しいただければ幸いです」
白い女性が差し出してきたのは、先日シューちゃんから預かったような上質な便箋でした。
便箋右下には桜の模様が添えられていて、とてもレナさんが好みそうなデザインをしています。
「ねぇシルヴィ。それ、あとで貰っていいかしら?」
「レナさんが好きそうだと思っていたところです。先にお渡ししておきますね」
「ありがと!」
中身を取り出して便箋をレナさんへ渡すと、彼女は何故か匂いを嗅ぎ始めました。
私は全く意識しませんでしたが、何かの香り付けでもされていたのでしょうか?
「あぁ……和紙の匂い……」
よく分かりませんが、きっとレナさんの世界の技術が使われていた物だったのでしょう。
試しに手紙を鼻に近づけてみるも、よく分からなかったので手紙の内容に目を通すことにしました。
内容としては、概ね私達を歓迎する旨と、トンカツのレシピを提供してもらえないかという交渉の話が大半であり、私達には可能な限り最上級のもてなしをしてくださると言った内容が記されていました。
「トンカツのレシピで、金貨五枚ですか……。マガミ様はそんなに気に入られたのですか?」
「はい。魔女様のトンカツを食してからという物、時折思い出しては自ら調理場へ足を運ぶほどでございました」
「そんなに気に入ってくれたってなると、作り手冥利に尽きるわね」
「そうですね。もしかしたら、レナさんが知ってる他の料理とかも気に入ってくださるかもしれません」
「たまたまトンカツを知らなかっただけだろうし、あたしの世界の子孫ならもっと詳しいでしょ」
レナさんの言葉に、使者であるお二人が大きく反応しました。
「レナ様も、マガミ様の血縁者であられるのですか!?」
「うえっ!? い、いや、血縁者じゃないけど、領主さんのご先祖様と出身が同じって感じかな?」
「何という……! レナ様、どうかマガミ様へご出身地のお話をして差し上げてくださいませんか!?」
「え? でも領主さんは直系の子孫なんでしょ? 代々伝わる歴史の本とかで分かりそうだけど」
白い女性は首を小さく振り、残念そうに話し始めます。
「確かに、マガミ家に伝わる異世界の見聞録が保管されていました。しかし、数十年前に神住島を襲った災害に巻き込まれ、今ではそれを知る由も無くなっているのです」
「マガミ様は御父上様より口頭でしかお聞きしていらっしゃらないため、異世界について強い憧れを抱いておられます。ですので、レナ様からそのお話をお聞きできれば、マガミ様の憧れを満たせるかと!」
「とは言っても、あたしも歴史に詳しい訳じゃないわよ? あちこち旅してた訳でもないし、マガミ家みたいに歴史のある家って訳でも無いし」
「些細なことでも構いません。僅かでも、失われてしまった異世界の情報を残したいのです」
彼女達に強く頼まれたレナさんは、やや引き気味になりながらも考えた末に、お二人に頷いて見せました。
「分かったわ。役に立つかは分からないけど、それでもいいなら」
「「ありがとうございます!」」
お二人は綺麗に揃って頭を下げました。
私もご先祖様であるシリア様の偉業には興味がありましたし、やはりマガミ様もご自分のご先祖様の出身地については気になってしまっていたのでしょう。
これは私よりも、レナさんの方が自由が無くなるかもしれません。
そんなことを考えて小さく笑いつつ、彼女達と来訪の日程や準備について話を進めるのでした。




