590話 魔女様は情報収集をする・後編
続いて私達が向かった場所は、神住島と直接やり取りをしているはずのシューちゃんのお屋敷……ブレセデンツァの領主館でした。
しかし――。
「え、シューちゃん留守なの?」
「はい。つい先程、魔女様に会いに行くとお出かけになられまして」
『ふむ……。妾達に何の用があったのかは分からんが、行き違いになってしまっておるようじゃな』
シューちゃんはレオノーラのように暇を潰すためにふらふらするような方では無さそうですし、シリア様の仰る通りだと思います。
なんともタイミングが悪かったことに、どうするべきかと考え始めた時、私のウィズナビが着信を報せる子猫の鳴き声を上げました。
取り出した画面に表示されているのは、ちょうど今家に残っているフローリア様です。
「はい、シルヴィです」
『あ! 良かったぁ、繋がってくれた! 今ね、シュタールちゃんが遊びに来てくれてるのよ〜』
「それはちょうど良かったです。少し代わっていただけますか?」
『おっけーよ!』
僅かに小声でやり取りが行われた後、フローリア様に代わってシューちゃんの声が聞こえてきました。
『あー、あー。これほんまに聞こえてるん?』
「聞こえていますよ」
『おわっ!? いきなり話さんといてな! びっくりしてまうやろ!』
「ふふ、すみません。ところで、私達に何かご用だったそうですが」
『せやった! ほら、こないだマガミの使者が来たー言うとったやろ? あれのことなんやけど、シルヴィちゃん今どこにおるん?』
「今はシューちゃんのお屋敷の前にいます」
『あ、ほんま? ほんならうち、これから帰るさかい。もうちょい待ってーな』
「分かりました」
シューちゃんとの通話を終えてから間もなく、先月の出店の際に置かせていただいていた猫の転移像を経由して、今日も独特の着物姿のシューちゃんが転移してきました。
「お待たせー! いやぁ、まさか行き違いになるなんて思いもしいひんかったで!」
「いえいえ。私達こそ突然訪れてしまってすみません」
「ま、お互い様ってことでええやんな。それより、こないなとこでずっと立ち話するのもかなわんし、中に入って続きを話そか」
シューちゃんはそう言うと、私達に手招きしながらお屋敷の中へと入っていきました。
その後に続いてお屋敷に入れていただき、見慣れてきた畳の部屋へと通された私達に、彼女は座るように促しながら書類を渡してきます。
「これは?」
「神住島の領主に関する情報と、神住島の情報をまとめた物や」
『ほぅ?』
早速シリア様がそれに目を通し始め、書いてある内容を読み上げます。
『ショウイチロウ=マガミ。四十八歳、男性。マガミ家の長男として神住島の領主を引き継ぎ、今年で二十八年とな?』
「せやで。前領主であり、ショウイチロウの父であるソウゼンの跡継ぎや。中々男前やで?」
『見てくれなぞに興味はない。えー……、ん? 何じゃ、この“マガミ流”というのは』
シリア様が指している部分には、“マガミ流の師範代であり、現在は独身。親族は十歳下の妹が一人”と記されていました。
師範代という名称があることから、何かの師匠役を務めているのではないかと思いますが……と考え始める私達に、シューちゃんが答えてくれます。
「マガミ流って言うんは、神住島にある剣術の流派でな? うちが教わった剣術でもあるんやで」
「へぇー、シューちゃんの剣術はマガミ流って言うのね」
「他にもキシマ流やシナノ流とかいろいろあるんやけど、領主っちゅうこともあってか、神住島の中ではマガミ流が一番広まっているんとちがうかな?」
と言う事は、キシマと言う名前の方や、シナノと言う名前の方がいらっしゃるのでしょうか。
「あまり馴染みのない名前の方が多く住んでいらっしゃるのですね」
「せやなぁ。でも、レナちゃんもあまり変わらへんとちゃう? 神住島の子やろ?」
「えっ!?」
唐突に話を振られたレナさんは、どう答えるべきかと視線を彷徨わせながら頬を掻いていました。
「そ、そうね? あたしは花園だけど、他に同じ名前の人はいなかった……かな?」
「ハナゾノ! 何やそれ、えらいかわええなぁ!?」
「あはは……」
何とも言えない表情で愛想笑いを浮かべるレナさん。
そう言えばレナさんの世界では家名と名前が逆になるらしく、こちらでは「レナ=ハナゾノ」の彼女ですが、異世界では「花園恋奈」になるのだと聞いたことがあります。
神住島の文化はレナさんの世界に通ずるものがあるようですし、もしかすると、神住島に住んでいる方々の名前は異世界準拠なのかもしれません。
『こ奴のことより、マガミのことじゃ。他には何があるのじゃ』
「あ、そうね! えーっと……?」
シリア様の一言で話題が修正され、全員の視線が手元の書類へと戻ります。
マガミさんのプロフィールがつらつらと書き綴られているものに目を通していると、気になる文章を見つけました。
「“血筋を辿ると、初代マガミ家の当主は異世界人である”……って!?」
『何じゃと!?』
「マガミって人、異世界人なの!?」
驚愕する私達に、シューちゃんは頷きます。
「せやで。シュウイチロウは、異世界人の子孫や」
神住島の最初の領主は――レナさんと同じ異世界人だった。
あまりにも衝撃的過ぎる事実に言葉を失ってしまいます。
そんな中、その事実を知っていたシューちゃんが言葉を続けました。
「異世界人の存在が判明したんは、恐らくマガミが初めてや。せやけど、この世界にはマガミ家以外には異世界人おらへんと違うかな」
その言葉に、一瞬だけ私とシリア様がレナさんへ視線を向けてしまいましたが、シューちゃんに悟られないように視線を逸らします。
魔族領内では、マガミ家以外に異世界人の存在が知られていない現状、異世界人は他にもいますなんてとても言えません。
ひとまず、話を逸らしておきましょうか。
「それで、異世界の料理に興味があったという話に繋がるのですね」
「あのトンカツ言うんも、女神様が持ち帰って来はった異世界の料理やろ? その事実を知らへんとは思うけど、トンカツ異世界の料理だっちゅう事は知っとったのかもね」
「なるほど……ありがとうございます。何となく、マガミ様の目的が分かってきたような気がします」
「そうね。あたし達に何かするつもりは無さそうだし、会ってみてもいいんじゃないかしら? ね、シリア?」
『そうじゃな。異世界人の末裔というのは驚きであったが、概ね奴の素性が見えてきたしの』
シリア様に頷き、お茶を一口啜ります。
この私達に馴染みが薄い緑茶も、きっと神住島では愛飲されているのでしょう。
もしかしたら、神住島ならではのお茶や料理も多く存在しているかもしれません。
レナさんとは別の意味で、神住島に興味が湧いてきました。
「それじゃ、今度の日曜日――じゃなかった。太陽の日に行くことを伝えてあげましょ」
「はい」
「あぁ、せやった。行くのならこの手紙を渡しといてもらえへん?」
そう言いながら、シューちゃんは高級そうな便箋を差し出してきました。
裏面には、ブレセデンツァ領主であることを示す特別な封が施されています。
「これは?」
「来月の発注書とかまぁ、諸々やな」
「そうでしたか。では、預かっておきますね」
「おおきに! よろしゅうお願いね」
これでマガミ様に関する情報は、一通り集められたと思います。
あとは太陽の日に向けて、日々の鍛練を怠らずに過ごすことにしましょう。




