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20話 魔女様は強敵と戦う(中編)

 開始早々に先手を打って動いたのはレナさんでした。

 弾かれるように横に飛び、自身の風魔法とフローリア様の加護である加速を組み合わせ、一瞬で姿を消しました。その直後にエルフォニアさんの背後から強烈な回し蹴りを繰り出します。

 早すぎる急襲にエルフォニアさんが反応できておらず、初撃が入る――。私達はそう確信していましたが、それが当たることはありませんでした。


 いえ、正確には当たってはいるのですが……。


「なっ!?」


「体が!?」


 レナさんの鋭い蹴りが彼女の横腹を捉えたはずでしたが、薙いだ箇所に実体は無いようで、黒い煙のようなものが揺らいでいました。

 急襲に失敗したレナさんが素早くその場から離れると、体から出ていた煙がエルフォニアさんの全身を徐々に包み込み始めます。そして完全に全身が見えなくなると、今度は風に乗るように煙が消え、彼女の姿も消えていました。


「消えた!」


「いい速さね。まともに貰ったら間違いなく致命傷だわ」


 姿は無いのに、エルフォニアさんの声だけが聞こえてきます。

 私は防護結界の準備をしながら周囲を警戒していると、レナさんが私に向けて鋭く叫びました。


「シルヴィ、後ろ!!」


「っ!」


 慌てて振り向いて結界を展開すると、まるでレナさんの意趣返しかのように、今度はエルフォニアさんが私の背後に現れていて、影で出来た剣が私の結界に激しく叩きつけられました。


「ぐっ、うぅ!!」


「戦闘向きではない、という噂はあながち間違いではないようね。かなり高密度な防護結界だわ。それも、初めて見る組み立て方ね」


 私の結界を観察しながら、余裕そうにエルフォニアさんが感想を述べました。

 彼女の剣は細身のはずですが、レナさんに匹敵するかのような重さを持つ攻撃に、私は結界の維持で手いっぱいになってしまいます。


「あなたの結界、どこまで堪えられるかしらね?」


 どこか楽しそうな声色なエルフォニアさんは、少しだけ後ろへ離れると、今度は自身の周囲に無数の剣を出現させました。あれは、一回戦で見たあの剣……!


「行け!!」


 エルフォニアさんの掛け声と共に、影の剣の切っ先が私へ向けられ、一斉に飛んできました。

 正面から来るそれを防いでいると、視界の端に新たに剣が出現し襲い掛かってきます。一撃一撃が重いのに加え、数でも押してくる彼女の攻撃は、確かに少し前までの私だったら耐えられなかったでしょう。


 ですが、私だって毎日のようにこれよりも強く、軌道も無茶苦茶な雷撃を捌いていたのです。これくらい、防ぎきってみせます!


「あたしを無視してんじゃないわよ!!」


 激しい剣の雨を防いでいると、レナさんが私を飛び越えて、エルフォニアさんを目掛けて飛び蹴りを繰り出しました。

 そのままレナさんは地面を蹴り、エルフォニアさんに猛攻を仕掛けていきます。


「鬱陶しい……。あなたに興味は無いのよ!」


 レナさんに押されながらも剣で防いでいたエルフォニアさんでしたが、そう吠えながら空いている片手で何かの魔法を行使しました。それはレナさんの背後で剣の形を取り始め、私は彼女のやろうとしていることを防ぐために急いで結界を準備します。


 剣の襲撃に合わせて、レナさんを守るように結界を展開させると、剣は私の結界に阻まれて甲高い衝突音を立てながら消えていきました。


「……そう上手くはいかないわよね」


「シルヴィ、ナーイス!!」


「エルフォニアさんからの攻撃は私が対処します! レナさんはそのまま攻め続けてください!」


「了解!」


 なんとかレナさんのペースに持ち込めそうな展開になりました。

 ですが、エルフォニアさんも防戦一方という訳ではなく、大振りだったレナさんの攻撃を躱すと、今度は攻防が一転して剣技による近接戦闘を行い始めます。それもただ剣を振るうだけではなく、合間を縫って私を狙って剣を飛ばしてきたり、剣の軌跡が影となって切り裂いて来ようとしたりと、豊富な技でレナさんに対抗しています。


 その後もレナさんとの応酬が続き、何か他に支援できないでしょうかと考えていた時でした。

 遂にエルフォニアさんがレナさんの攻撃を捌き切れず、体勢を大きく崩しました。


「貰った!!」


 レナさんはそのチャンスを見逃さず、地面に手をついてバネのように使い、下から思いっきり蹴り上げます。その足は的確に彼女の顎を捉え、エルフォニアさんの体が宙を舞いました。初めて彼女に一撃が入った瞬間です。


 そのままレナさんは追撃を掛けようと飛び上がりますが、私はエルフォニアさんが口の端を上げて笑っていることに気が付きました。

 まさか、わざと蹴り上げられたのでは……!?


「ダメですレナさん! 下がってください!!」


「っ!?」


 エルフォニアさんが忍ばせていた影の槍が、レナさんの体を貫こうと地面から矛先を見せ始めました。

 反射的に身を逸らそうとしたレナさんでしたが、既に前方に向かって飛んでしまっているため、今から方向を変えることは不可能です。どうしたら、どうすれば……!!


 思考が止まりそうになる頭を懸命に回し、一か八かでレナさんの目の前に大きめの結界を展開し、叫びます。


「結界を壁にして飛んでください!!」


 レナさんは空中でくるりと回転し、結界を思い切り蹴り飛ばしました。ですが、最悪の事態は避けられたとはいえ、全て避け切れた訳ではありませんでした。


「あぐっ!? あああああああっ!!」


「レナさん!!」


 小柄な彼女の左脇腹と、左手の甲が槍に貫かれ、地面に落下しながらレナさんの悲鳴が響きます。

 おびただしい量の出血をしながらレナさんが地面を転がり回り、私は急いで彼女の元へと駆け寄りました。


「レナさん! レナさん! 大丈夫です、今治しますから!!」


「あああ……! ぐっ~~~~!!」


 痛みを堪えるように何とか声を殺そうとするレナさんを抱きかかえ、突き刺さった槍を引き抜きながら治癒魔法を掛けます。槍が抜けた瞬間に小さく声を漏らしましたが、治癒自体はしっかり効いているようで、苦悶に塗りつぶされていた表情が徐々に穏やかになっていきました。


 ですが、治癒を万全にさせてもらえるほど、エルフォニアさんは待ってくれるはずもありません。


「戦闘中に背中を向けて治療だなんて、随分と余裕があるのね」


 はっと背後を振り向くと、エルフォニアさんは口元の血を拭いながら、再び無数の剣を私へと向けています。それは徐々に束のように集まり、やがて一本の巨大な剣になりました。


「これで終わりよ、さようなら【森組】」


 治療の手は止められません。でも、あれを防がないと確実に殺されてしまいます。


「はぁ、はぁ……。シルヴィ、あたしは、もう大丈夫だから……! 結界を……!」


「ダメです! 今手を止めたら、効果が無くなってしまいます!」


「ちょっと痛いだけだって……! シルヴィ……!」


 頭の中では、レナさんに痛みを堪えてもらって結界を展開するのが最善だとは分かっています。ですが、このままではレナさんが出血多量で死んでしまう可能性すらあります。


 レナさんを見殺しにするか、二人とも倒れるか。

 そんな選択肢のどちらかを選ぶことなんて……。


「シルヴィ!!」


 追い詰められ、切迫する選択の時が迫る中。私が魔法を覚え始めた最初の頃に読んだ、魔法を扱うための基本的な内容を思い出していました。


『魔法の行使は、一回の発動に対し一種類の魔法しか使えない。

 多重詠唱を行うことはできなくはないが、人間の脳の作りからして耐えられるようにはなっていない。

 故に、如何なる魔女であっても必ず一種類ずつ行使する。』


 できなくはない。ということは、もしかしたら耐えられる可能性もあるのでしょう。


 それができるのであれば、この状況を切り抜けることができるかもしれません。


 例え私自身が耐えられなかったとしても、レナさんを万全な状態にさえ戻せれば、試合を覆すチャンスだって見えてくるかもしれません。


 それなら、迷う必要なんてどこにもありません。私が今やるべきことは、ひとつだけです!

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