587話 魔女様は訪問される
「それじゃあ! 今年も魔女様感謝祭を始めるぞー!!」
「「おー!!」」
ルサルーネの街での出店を終え、あっという間に一か月が経過した六月の下旬。
不帰の森では、今年も豊作を祝う“魔女様感謝祭”が開催されていました。
レナさんが「ハイエルフはいつでも豊作にできるんだから、豊作を祝う必要あるの?」と言っていましたが、シリア様に鋭い猫パンチを入れられていたのを見る限り、それはそれとして流しておくべき事項なのだと思うことにしていました。
という訳で、お祭りの席に参加させていただいているのですが、今年から初参加となる植妖族の皆さんは、花を使った見事な芸を披露してくださっていました。
「さぁ! とくとご照覧あれ! フラワリング・ブルーム!!」
ペルラさん達の可愛らしいダンスよりは落ち着きがあり、以前レナさんが技練祭で披露した舞いとはまた違った優雅さと華やかさがある花騎士の皆さんの踊りは、お酒の席を大いに盛り上げてくださっています。
ハイエルフの皆さんによる演奏に合わせて、華やかな踊りを披露する彼女達を肴に、獣人族の方々のお酒は止まることを知りません。
「ペルラちゃーん! お代わり頼むよー!」
「はーい! ただいまー!」
「こっちも頼むー!」
「はーい!」
こちらも踊るようにあちこちを回りながらお酌を続けるペルラさん達を見て、シリア様がくふふと笑います。
『歌に踊りに、酌にトーク! 奴らは休む暇がないのぅ!』
「ペ~ルラちゃぁん! こっちもグラス空いてるわよ~!!」
「あんたねぇ、忙しいの分かってるんだから自分でやってあげなさいよ」
「や~だ~! 可愛い女の子にお酌されたいの~!!」
「ではフローリア様! ティファニーがお酌して差し上げます!」
「わぉ! それも全然アリね~! どこかのおケチなレナちゃんとは大違いだわ!」
「ぁんですってぇ!?」
「じゃあお姉ちゃんのジュース、わたしが入れてあげるね!」
「ふふ、ありがとうございます」
エミリにリンゴジュースを入れてもらい、私達もお祭りを楽しみながら談笑に華を咲かせます。
久しぶりのシリア様達との団らんはとても心地よく、不安しかない未来のことや、私自身が置かれている状況も忘れさせてくれます。
――ずっと、こんな幸せな時間が続けばいいのに。
つい、そう思ってしまう欲張りな自分に内心で苦笑しながらも、レナさんとフローリア様の取っ組み合いの被害に巻き込まれそうだった自分のお皿を上に持ち上げて避難させます。
それでも勢いよく持ち上げてしまったせいで、お皿から零れてしまったポテトフライをエミリが上手に口でキャッチして、褒めてと言わんばかりに見せてくる様子に笑みを向けていると、ふと結界内に感じ慣れない魔力の反応を感知しました。
『む? どうかしたかシルヴィ?』
「今、誰のものか分からない魔力反応が、結界の中に入って来たような気がしまして」
『何じゃと?』
即座に警戒態勢に移行して周囲を探知し始めるシリア様でしたが、それよりも先に、私達の少し後方にそれの正体が現れました。
いつかのレナさんが出現した時のように、桜の花吹雪を舞い散らせながら現れたのは、シューちゃんが着ていた着物をよりアクティブな動きに対応させたかのような、ミニスカートなどが織り交ぜられている不思議な服装の女性の姿です。
どちらも髪色に合わせて、白や緑と言った服装をしているのですが、何故か顔を見せないように狐のおめんをしているのが怪しさを掻き立たせています。
「うわっ!? クノイチっぽい! こっちにも忍者いたんだ!?」
レナさんが何に歓喜しているのかは分かりませんが、どうやら彼女達の恰好は、レナさんの世界に通じるものがあるようでした。
それはともかく、この結界の中に入ってこれたと言う事は、私達に対する敵意は無いはずですが……と思いながらも、何かあっても対応できるように、杖を取り出して立ち上がります。
「……今日のお祭りにはご招待していないと思いますが、どちら様でしょうか」
私の問いかけに、彼らはその場にスッと片膝を突くと。
「お初にお目にかかります、【慈愛の魔女】様。突然の訪問による無礼を、どうかお許しください」
「我々は神住島の領主である、マガミ様の命を受けて来た者です。決して、魔女様に危害を加えるつもりはございません」
マガミ、という人名を聞いたのは初めてですが、彼女達が口にした“神住島”と言うのは、最近よく耳にした土地名です。確か、魔族領内にある小さな離島の名前で、レナさんと同じ異世界の文化が根付いているという場所だった気がします。
そんな場所の領主様が、一体何の用で……と疑問を感じると同時に、彼女達は言葉を続けました。
「先日、魔女様がブレセデンツァ領で披露したトンカツなる料理を主様へ献上した際、非常に好評でございました。そして、ぜひ神住島内でも広めたいとのお言葉を賜っております」
「そ、そうでしたか」
どうやら彼女達の領主様は、あのトンカツをとても気に入ってくださっていたようです。
あれを“魔女のトンカツ”という風に広めてくださるのはありがたいことですし、私からもお願いしたいところではありますが、こうしてわざわざお礼を言いに来ただけでは無いように思えてしまいます。
それはシリア様も同じであったようで、私の感じていた疑問をそのまま代弁してくださいました。
『して、貴様らの望みは何じゃ? よもや、シルヴィに広めて良いかと許可を貰いに来ただけでは無かろう?』
ふと、シリア様の言葉が彼女達に通じるか心配になりましたが、私の懸念は不要であったらしく。
「はい。つきましては、魔女様にはぜひ、我らが神住島へお越しいただければと」
「魔女様から、あのトンカツのイロハをご教授賜りたい所存でございます」
そう、申し出て来るのでした。




