番外編 魔女様のバレンタイン~魔導連合編~
魔導連合にいるアーデルハイトへチョコを贈ることにしたシルヴィ。
そんなイタズラ心を持った彼女を待ち構えていたのは……?
魔導連合でも本格的に冬入りしているらしく、建物の屋根にはしっかりと雪が積もっていました。
そう言えば、ここがどの場所にあるのか聞いたことがなかったような気がします。忘れていなければ聞いておきましょうか。
そんなことを考えながら、シリア様と共に魔導連合の昇降機へ乗り込み、総長であるアーデルハイトさんがいらっしゃる最上階へと向かいます。
『しかし、トゥナにチョコレートの贈り物とはのぅ。あ奴は見た目こそ男ではあるが、元は女子なのじゃぞ?』
「今は男性として生きていらっしゃいますし、こうした場合では男性として扱うべきだと思いまして」
『かつてのトゥナを知る妾からすれば、何とも言えぬ複雑な心持ちじゃよ。……してお主、本当にあ奴にイタズラを仕掛けるのか?』
そうは言いながらも、底意地の悪そうな顔をしていらっしゃるシリア様に頷きます。
レナさん達と共にチョコレートを作りながら、誰に渡すべきかを考えた結果、お世話になることの多いアーデルハイトさん達にするべきだと思いました。
……と言うのは建前で、日頃から私への当たりが強いアーデルハイトさんへ、たまには一矢報いてみるのも悪くはない気がしてしまったのでした。
それを聞いたシリア様は、それはもう大喜びで一緒に行きたいと仰ったものですから、今日は二人だけでの訪問となっています。
『確かここら辺のはず……おぉ、あったぞ。ここじゃな』
シリア様が前足で示す先には、何度か訪れたことのある“総長室”がありました。
予めウィズナビでお邪魔する旨も伝えてありますし、これでいないということは無いでしょう。
怒られることを覚悟でイタズラを仕掛けると言うのは、こうも緊張するのですね……と深呼吸をしてから、意を決して扉をノックします。
「アーデルハイトさん、こんにちは。シルヴィです」
「入れ」
短く返って来た彼の声に従い、ゆっくりと扉を開けて中へと足を踏み入れます。
部屋の中では、今日もこんもりと山積みにされた書類と格闘しているアーデルハイトさんと、その傍らで壁に寄りかかりながら書類をめくっているヘルガさんがいらっしゃいました。
「ん? おぉー! シルヴィちゃんじゃねぇか! 神祖様もご無沙汰してます!」
「こんにちは、ヘルガさん」
『二人とも変わりない様で何よりじゃ』
「わはは! 毎日毎日、連合所属の魔女達からの報告書や経費の稟議書とにらめっこの日々っすよ! 変われるものも変わりませんって!」
そう笑うヘルガさんに微笑み返し、アーデルハイトさんへと視線を移します。
彼の顔には強い疲労の色が浮かんでいて、目元にはクマがありました。
「アーデルハイトさん、もしかして長いこと休んでいらっしゃらないのですか?」
「お前のように毎日を持て余してはいないからな。寝る時間も削らなければ、とても追いつかない」
私も暇を持て余しているという訳ではないのですが……。
今日も今日とて当たりの強い彼の言葉にムッと感じてしまいましたが、そんな彼に一矢報いるためのコレがあるので受け流すことにしましょう。
「アーデルハイトさん。先ほどウィズナビで連絡させていただいた件ですが、今お渡ししてもいいでしょうか?」
「あぁ、そこに置いておいてくれ」
「いえ、手渡しさせてください」
「何?」
顔を上げた彼へ、桃色の可愛らしい包み紙でラッピングしたチョコレートを差し出します。
それと同時に、フローリア様仕込みの演技も忘れてはいけません。
「……何をもじもじとしているんだお前は」
「その、魔族領のある地方で聞いた話なのですが、今日はバレンタインデーという特別な日なのだそうです」
「それで?」
「バレンタインデーと言うのは、女性が意中の男性に対して、想いを込めたチョコレートを渡すという慣習があるらしく、その……」
ここで、あえて言葉を切って顔を俯かせます。
こうすることで、あとは何を言いたいか察させて、向こうから意識させることができるとのことですが……。
「し、シルヴィちゃん、それってお前……!」
ヘルガさんじゃないのです! その反応はアーデルハイトさんにしていただきたいのです!
演技で顔を赤らめていたつもりでしたが、何だか本当に恥ずかしくなってきました!
早く引っかかってください、アーデルハイトさん!
私の想いが届いたのかは分かりませんが、彼はふぅーと長く息を吐き、静かに立ち上がりました。
そのまま靴音を鳴らしながら、ゆっくりと私の方へと歩み寄ってきます。
「……お前、自分が言っていることを理解しているのか?」
「もっ、もちろんです」
彼が私に近づいてくるにつれて、何故か若干怖くなってきてしまい、彼から離れるように後ずさってしまいます。
ですが、そこまで広くもない室内で後ずされる距離などたかが知れてしまっていて、私の背中はすぐに壁に当たってしまいました。
「意中の男性にチョコレートを渡すバレンタインデーという催しがあることは、私も聞いたことがある。それをわざわざ持ち出して、こうしてチョコレートを持って来たと言う事は――」
「っ!?」
彼は私に被さるように壁に手を突き、膝を足の間に割って入れてきました!
こうなるとは想定していなかったため、どうしたらいいか分からず、ただ眼前の彼の顔を見つめるしかできません。
切れ長の紅い瞳と、男性にしては長いまつ毛を持つ彼の顔は、よく見なくても非常に整っている美男子そのものだと思います。
元は女性とは言え、今はこうして男性の姿を取っているアーデルハイトさんに迫られ、私は徐々に、自分の心臓が早く脈打ち始めていることに気が付きました。
いえ、あり得ません。だって、アーデルハイトさんは元女性なのですよ?
それなのに、ドキドキしてしまうなんて、それではまるで、私が――。
「なぁ、【慈愛の魔女】」
彼は小さくそう呟くと、今度は空いている手で私の顎先をクイッと上げてきました!
「お前は、私とこういう関係になりたいのだと……そう言いたいんだな?」
「わ、わた、わ、わ……」
もう、上手く言葉も喋れません。
思考もぐちゃぐちゃで全く纏まりませんし、どうしたらいいのかも分かりません。
自分の心臓の音が、とても大きく聞こえます。心なしか、私自身の呼吸も乱れているように感じます。
どうしましょう。これではまるで、本当にアーデルハイトさんのことが――。
「はーいストップストップ! 二人共悪ふざけが過ぎるぞ?」
考えてはいけないことを考えそうになっていたところを、ヘルガさんが割って入ってくださいました。
それと同時に、私の全身から一気に力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまいます。
『くふふ! まぁ、シルヴィにしては頑張った方では無いかの!』
「お前もやりすぎなんだよ。せっかくのシルヴィちゃんのイタズラだったんだから、大人しく引っかかってやりゃあいいのによー」
「あいにく、私は冗談に付き合えるほど融通が利く人間では無くてな」
遠く聞こえてくるその会話で、私は全てを察してしまいました。
私のイタズラは最初から読まれていて、それを逆手に取られてしまっていたのです。
その後も私以外の三人で何かを話していたようにも思えましたが、私は恥ずかしさのあまり、膝に顔を埋めながら両耳を塞いでしまっていたので、何の会話が行われていたのかは分かりませんでした。




