579話 関西系領主は激昂する
ネフェリさんは指先でクルクルと鍵を回して弄びながら、私に話しかけてきます。
「本来ならあそこで伸してでも止めるべきだったんだけど、ほら……あたしって目立ったらマズイだろ? だから黙ってるしかできなくてさ。悪いね」
「いえいえ、そんなことは……。それよりも、助けに来てくださったのは嬉しいのですが、脱走してしまっていいのですか?」
「あぁ、それなら気にすんな。今、街で面白いことが起きてるからよ」
「面白いこと?」
「っそ。まぁ見ようによっては気分が悪いモンかもしれないけどな。ほら、出てきな」
鍵を開けてくださった彼女の下へと歩み寄ると、そのまま私の枷も一緒に外してくださいました。
半日ぶりに自由になった手を握ったり開いたりしていると、そんな様子をネフェリさんがケラケラと笑います。
「にしても店長、良い子ちゃん過ぎないか? 大人しく捕まってそのまんまとか」
「抵抗するのは簡単でしたが、それだと私がやったと認めてしまいそうだと思いまして」
「あはは! そりゃその通りか! ……っと、そうだそうだ」
ネフェリさんは何かを思い出したかのように、内側のポケットに手を入れ始めました。
ゴソゴソと何かを探し、取り出したものは携帯用のやや固めのパンです。
「腹減ってるだろ? こんなもんしかないけど、食べないよりはマシってな」
「ありがとうございます、ネフェリさん。いただきます」
「おう。歩きながらで食べてくれ」
パンをかじりながら彼女の後ろに続いていると、先ほど悲鳴を上げていたであろうと思われる、騎士の男性が力なく壁に背中を預けているのを見つけました。
ぱっと見た限りでは怪我はしていないようで、ただ意識を失っているように見えます。
「ネフェリさん、この方は」
「邪魔だったから寝かせた」
「そ、そうですか……」
「な、何だよその反応。殺してないんだからいいだろ?」
それはそうかもしれませんが。と反応に困ってると、ネフェリさんは言い訳をするかのようにやや言葉を探しながら続けました。
「ほら、あたしは冒険者ってことにしてるだろ? その中でも、あたしは盗賊をやってんだ。闇討ちは影魔法の得意とするところだし、一口に盗賊って言っても型にはまらない奴らが多いから丁度良くてさ」
「そう、なのですか?」
「そ。んで、サクッと闇討ちして鍵を奪ってお宝をいただくなんて、日常茶飯事なわけ。殺すと後処理が面倒だし、跡が付くから基本的には一撃で昏倒させてるんだよ」
ほらここ、と彼女が指で示した箇所には、頭部を守る兜と胴体の鎧の隙間から僅かに見える首筋がありました。
「ここを、こうやっていい感じに攻撃すると、大体の人は意識が無くなる。つってもまぁ、適当にやっても意味は無いんだが……機会があったら試してみるといいかもな」
「え、遠慮しておきます」
「ははっ! 店長はこういう荒事は嫌いそうだもんなぁ。縁がないのは良いことだ」
彼女はそう笑いながら、階段を上っていきます。
その後に続いてしばらくすると、誰とも顔を合わせることなく外へ出ることができました。
「もしかして、あの建物の中にいた人全員倒してしまったのですか?」
「んな訳! これはあたしの盗賊として培ってきた勘で、どこに人がいるか分かるんだよ」
「魔法も使わずにそんなのが分かるのですね」
「まぁね。んじゃ、ここからは転移するからこっち来な」
ネフェリさんに従って彼女の傍まで歩み寄ると、足元の影が球体を描くように伸びながら私達を飲み込もうとしてきました。
「エルフォニアさんの物と一緒なんですね」
「そりゃそうだろ! あたしが教えたんだから!」
何を当たり前のことをと言わんばかりに怒られてしまいました。
そんな彼女に苦笑しながら転移に身を任せると、次に灯りが差し込んできたのは、街のグリフォン便が発着する大広場でした。
どうしてこんなところに? と疑問を感じた次の瞬間、何かが激しく地面を叩いたような強い振動を感じました!
「な、何ですか!?」
「あそこだよ」
ネフェリさんが指で示す先では、たった今何かが建物を抉るように斬り付けられていたらしく、斜めに剣閃が走っていました。
倒壊しそうな建物に向かって小さな影が飛び、その建物に叩きつけられていたと思われる何者かを地面に放り投げています。
その放り投げた人物は、遠くからでも見覚えのある人物でした。
「え、シューちゃんですか?」
「おーおー、これはまた随分とお怒りだなぁ」
気楽そうに言うネフェリさんと共にそちらへ向かうと、全身ボロボロで倒れている騎士の方の眼前に、シューちゃんがしゃがみ込むようにしながら、顔の横にレナさんが欠けさせてしまった大剣を突きさしています。
「なぁ。あんた、ほんまに何してくれてんの? 下手したらこんなん、国交問題どころか魔族全滅させられるレベルの重大案件やで? あんた如きの命一つで責任取れるんか?」
「ゲッホ、カハッ……! も、申し訳、ございま」
「申し訳ないちゃうんよ。責任取れるんかって聞いてんで?」
シューちゃんがそう聞き返した直後、騎士の男性の右腕が宙に舞いました。
ガチャンと音を立てて落下すると同時に、男性の絶叫が私の耳をつんざきます。
「しゅ、シューちゃん……何を……」
震える声で呟いた私の視線の先では、彼女のお屋敷にいた袴姿の給仕の方が、斬り落とされた腕を持って彼の下へと戻っていっています。
そのまま断面に押し当て、治癒魔法を使った彼女が立ち去る頃には、荒い息を吐いている男性の腕はすっかり元に戻っていました。
「あの腕、何本やられたんだろうな」
「え……?」
小さく零したネフェリさんの声に反応した次の瞬間、再び男性の絶叫が聞こえてきました。
そちらに視線を戻すと、彼女の大剣の先が騎士の男性の手を深々と突き刺しています。
「なぁ、答えへんならもういっぺん斬り落とすで? 責任、取れるんか?」
「とれっ!! 取れません!! 取れません!!!」
「せやなぁ、取れへんよなぁ? ならなんで、あないな判断下したか言うてみぃや!!」
声を荒げたシューちゃんが剣を引き抜くと、その僅かな一瞬で今度は騎士の方の右足が切断されていました。
泣き叫び、痛みに悶える彼を給仕の方が二人掛かりで押さえつけ、再び治癒魔法を使って切断された足を元に戻していきます。
その光景を見て、たった今ネフェリさんが口にした言葉の意味を理解してしまいました。
本来なら一度しか感じることの無い切断の痛みを繰り返させるために、シューちゃんは切断した箇所を治癒魔法で無理やり回復させているのです。
「な、何でこんなことを……」
気さくで人当たりが良くて、笑顔の絶えなかったシューちゃんの変貌ぶりに、私は腰を抜かしてしまいました。
その音にシューちゃんが反応し、返り血を浴びている顔をこちらに向け、とてもこの状況で浮かべて良いものではないにっこりとした笑顔を浮かべました。
「……あぁ、堪忍なシルヴィちゃん。もうちょいで終わるさかい、そこで待っとってや」
終わる。終わる? 何が……?
「ほら、あんたが泣かせた魔女様が来よったで? なんか言う事あるとちゃうん?」
「はっ、はい! はいぃ!!」
ガッと蹴り上げられた騎士の方は、私の少し手前まで転がるように駆け込んで来ると、これ以上ないくらいにひれ伏して体を震わせ始めました。
「申し訳ございませんでしたっ!! 我々の調査不足で! 魔女様に不快な思いをさせてしまったことを! どうかお許しくださいぃ!!!」
「ちゃうやろが!! 何がなんでそう言う判断を下すことになったか、一からちゃんと説明しぃや!!」
シューちゃんはそう怒鳴りつけながら、大剣を荒々しく地面に突き立てました。
それだけで騎士の方はさらに震え上がり、たどたどしくも私に事情を説明してくださいました。




