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578話 魔女様は孤独が嫌い

 ……あれから、どれくらい時間が経ったのでしょうか。


 薄っすらと僅かな隙間から差し込んでいた陽の光はすっかり消えていて、今では月明かりがこの牢の中を一部だけ照らしています。

 簡素な硬いベッドの上で膝を抱えながら俯いていましたが、ふと時間を意識すると余計に肌寒く感じられました。


 私の息遣い、絹切れ音しか聞こえない狭い空間。

 まるで、塔の中で暮らしていたあの頃の様です。


 あの頃と違う物と言えば、剥き出しの石畳や老朽化している壁、そして質の悪いこのベッドなどの生活環境でしょうか。

 あとはそうですね、塔の中を行き来できる限られた自由もありましたか。


 少しだけ顔を上げて、両手に付けられている枷を見ます。

 何の装飾も無い、ただ人を捕えるためだけに作られたそれは、私の自由を完全に奪っていました。


 自由を求めて飛び出した世界で、こんなにも窮屈な思いをすることになるなんて考えもしませんでした。

 今までも、沢山怖い思いはしました。

 本当に死んでしまうのではないかと思うくらい、痛い経験もしてきました。

 ですが、そのどれよりも私を苦しめていたのは、今の方が大きいかもしれません。


「シリア様……」


 寒い。


「エミリ……」


 いくら体を引き寄せても、心が温かくなることはありません。


「メイナード……」


 孤独が私を蝕み、塔にいた頃に引きずり戻そうとしてきます。


「レナさん……」


 寒い。寒い寒い寒い。


「フローリア様ぁ……」


 私は明日も明後日も、ずっとこのままひとりぼっちになるのでしょうか。


「ティファニー……っ」


 気が付けば、私の頬を涙が伝っていました。

 脳裏を巡る温かい記憶と家族の笑顔でも、今の私を温められませんでした。

 そこからはもう、決壊してしまったダムのように涙がボロボロと零れていきます。


「帰りたい……家族に会いたい……一人は嫌……」


 ひとりでに口から零れる泣き言が、狭い部屋の中で嗚咽とともに反響します。

 周囲には人はいないらしく、私の泣き声に反応を示す人は誰もいません。

 慰めて欲しいとかそう言った気持ちはありませんでしたが、それがさらに、私の孤独感を加速させていきます。


 本当に私は、塔から出て皆さんと出会ったことで、人間として弱くなってしまったのかもしれません……。





 しばらく泣き続け、気持ちが徐々に無になることで落ち着きを取り戻してきました。

 今なら、先ほどまでのようなネガティブな思考ではなく、今後のことを考えられそうです。

 とりあえずまずはポジティブに、レナさん達が助けてくれることを考え始めましょう。


 私がこうして捕まっている間、料理を提供できないレナさん達はお店を開き続けることができないはずです。

 そうなれば、次に彼女達が取る行動は何でしょうか。

 力づくで私の奪還、という線は考えない方がいいでしょう。レナさんは血の気が多いことも度々ありますが、彼女は常識人です。仮にエミリが狼の姿で行くと言い出しても、きっと止めてくれるはずです。


 となれば、彼女達だけで解決できない現状、誰かに協力を求めるのが妥当なところでしょう。

 幸い、このルサルーネの街はシューちゃんが管理しているブレセデンツァ領ですので、何とかしてシューちゃんに話を持って行こうとするかもしれません。

 それに、あの場にはネフェリさんもいらっしゃいましたので、冒険者という情報網を駆使して私の無罪を突き止めようとしてくれている可能性もあります。


 一番手っ取り早いのはシューちゃんに話を持って行くことだとは思いますが、彼女は曲がりなりにも領主という上流階級でもあるため、身元不明のレナさん達が飛び込みで尋ねてきた場合、門前払いを受けてしまうこともあり得るでしょう。


 こういう可能性を見越して、彼女のお屋敷にお邪魔させていただいた際に、給仕の方々と面識を広げておけば良かったかもしれません。

 そんな後悔をしながら、もう一つの可能性について考えます。


 仮にネフェリさんを頼って、冒険者というルートで情報を集めるのだとしたら、様々な冒険者の方々が集うと言われている酒場へ向かいそうです。

 そこでなら、私の料理を食べて倒れてしまったという方々の情報を始め、本当に食べてすぐだったのか、はたまた別の要因があったのかなど、当日の様子なども仕入れられるかもしれません。

 それらの情報を一通り聞き終えたら、今度はその情報の精査でしょうか。

 人間であることを伏せて、冒険者と偽っているネフェリさんがどこまで協力してくださるのかは分かりませんが、同じ魔女という立場上、恐らくはレナさん達に協力をしてくださるでしょう。


 そこまで考えて、彼女が私に自己紹介をした時の言葉が脳内で再生されました。


『あたしはネフェリって言うんだ。今はこの街で滞在するために冒険者って事にしてるけど、魔導連合では【宵闇の魔女】なんて呼ばれてたりもしたな』

『エルフォニアっていう無愛想なバカ弟子なんだけど、店長は聞いたことあるか?』


 そうです。彼女は確か、エルフォニアさんのお師匠様だと語っていました。

 それはその後、偶然現れたエルフォニアさんとのやり取りから事実に違いありませんし、闇魔法の監督を任されているという立場上、エルフォニアさんが扱う魔法は全てネフェリさんから学んでいる可能性が高いと考えられます。

 と言う事は、ネフェリさんも影を伝って転移することができるのではないでしょうか?


 そこまで思考を巡らせた直後、かなり遠くの方で何かの物音が聞こえてきました。

 それは何かがぶつかったような音にも聞こえますし、お金を落としてしまった時の音のようにも聞こえます。……いえ、複数でしょうか? 何かの音が重なって聞こえます。


「何だ? ――ぐわぁ!?」


 今、はっきりと男性の悲鳴が聞こえてきました。

 もしかしてレナさん達、力づくでこっちに来てしまったのでしょうか!?


 助けに来てくれたかもしれないという嬉しさ半分、何故罪を重ねるようなことをと咎めたくなってしまう気持ちで半々となっている私の視界に、壁を伝って細い影が伸びてきているのが見えました。

 足音も無くこちらへと歩み寄ってくる影の持ち主に警戒を強めていると。


「あぁ、いたいた! 悪いな店長、待たせちまった」


「……ネフェリさん!」


 牢の中を覗き込むようにひょっこりと顔を出したのは、フードを被ったままのネフェリさんでした。

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