576話 魔女様は疑われる
私達がお店を開いてから、まもなく二週間が経過します。
開店当初は先行きも怪しく、目標金額に到達できるか不安でしかありませんでしたが、今では日々の売り上げだけでもそれを超える勢いでお客さんが足を運び続けてくださっていて、魔女の店という不安要素も無事に料理の腕で解消することができているように思えていました。
思えていた、のですが……。
「なんか急に暇になったわねー」
「お客さん、来なくなっちゃったね」
「そうですね……」
今日は週初めの月の日のお昼なのですが、二週間前に戻ってしまったかのように、お客さんが一人も来る気配がありませんでした。
二日前までは、もう休む暇もないと言っても過言ではないくらいの回転率だったので、一日休みを挟んでも大量にトンカツの注文が入ることを想定していたのですが、このままでは初めて余らせることになりそうです。
「ネフェリも来ないのは珍しいわねー」
「今頃の時間ならいらっしゃると思っていたのですが……」
今日はまだ姿を見ていないネフェリさんについて話していると、タイミングを見計らっていたかのように、当の本人が今日も変わらぬフード姿でふらりと来店しました。
「あ! ネフェリさんいらっしゃいませ!」
「こんにちはネフェリさん。今日もトンカツ定食でいいですか?」
「おう! にしても、なんか今日はスッカスカだなぁ。珍しいこともあるもんだ」
「そうなのよ。何か今朝からずっとこんな感じでさー」
「へぇー。ブームが去っちまったのか?」
「どうなのでしょうか……。とりあえず、私はトンカツ定食を作ってきますね」
「おう、頼むぜ!」
今日も変わらず、男性さながらの返事をしてくださるネフェリさんに微笑み、私は厨房へと戻ります。
背中越しにレナさん達と談笑をしているのを聞きながら、もう少しで出来上がりを迎えようとしていた時、来客を告げる鐘の音が店内に鳴り響きました。
「いらっしゃいま――え?」
「こんにちは。少々、お話を聞かせていただけますでしょうか」
「え、あの、ちょ、ちょっと待ってください……」
困惑するレナさんのものとは別に、冷たい男性の声が聞こえてきました。
「し、シルヴィ! 何かやばそうな人達来たわよ!?」
「お姉ちゃん! どうしよう!?」
「どうしよう、と言われましても……」
厨房へ駆け込んできた二人にそう返しながらホールへと視線を向けると、そこには武装している騎士の方がいらっしゃいました。
よく見ると店内には三名、店外には軽く十名ほどは超えてそうな騎士の方々が並んでいて、私達のお店を取り囲んでいる模様です。
何か嫌な予感がします。
そうは思いながらも、作りかけのこれを放置する訳にもいかないので、手早くお皿に盛りつけてホールへと向かいました。
「お待たせしました、トンカツ定食になります」
料理を提供するも、ネフェリさんは小さく頭を下げて何も言わずに食べ始めました。
こういった場面で目立つのは良くないでしょうし、それが賢明な判断かもしれません。と思いながらも、私は彼らの対応を始めることにします。
「私が店主です。今日はどういったご用件でしょうか?」
彼らにそう問いかけると、真ん中にいた男性が私に一枚の書類を見せつけながら答えました。
「こちらの料理を食べた方の三十名程が、食中毒を引き起こしました。そのため、店舗の衛生管理の視察と指導に来た次第です」
「えっ!?」
「三十人も!?」
声を揃えて驚いてしまう私とレナさんに、彼は頷きながら書類を手渡してきます。
そこに目を通すと、確かに私の店舗を利用した方が腹痛を始めとした症状を訴えているとの記載がありました。
「集団食中毒って相当よ!? シルヴィだって料理に関しては人一倍注意してたはずなのに!」
「ですが、こうして問題が起きてしまっている以上、店舗側に問題があったとしか考えられません。申し訳ありませんが、店内を調査させていただきます」
「あ、あの、ちょっと待ってください!」
私の呼び止めも聞かず、彼らはズカズカと厨房の中へと入っていってしまいます。
そのままガチャガチャと甲冑を鳴らしながら、厨房を荒らすように何かを探し始める姿は、最早調査ではなく強盗にきたかのような荒々しさを感じます。
そうこうしている内に、奥の方から食器が割れる音がしてきました。
「やめてください! そんな乱暴な扱い方しないでください!!」
「ちょっとやめなさいよ!! 物を壊すことないでしょ!?」
「やめてー! お皿割らないで! ペルラちゃん達のなの! 壊さないで!!」
「これは調査です。調査の邪魔をするというのなら、公務執行妨害で罪が増えますよ?」
「……っ!!」
レナさんが悔しそうに歯噛みしながらも、その言葉に引き下がってしまいました。
私としても、これ以上何も悪さをしていないのに罪を増やされるのは避けたいところですが、このままでは彼らが厨房を破壊してしまう方が先のように思えてしまいます。
ですが、どうしたら……。
「隊長! こんなものがありました!」
「何だ?」
厨房を荒らしていた騎士の方の一人が、こちらに向けて小さな瓶を持ち上げながらそう言いました。
その手につままれているのは、青い蓋の中に詰め込まれている真っ黒の粒状の物なのですが、私の見覚えのない――いえ、正確には私のものではありませんが、先日レナさんが拾ってきたどなたかの落とし物です。
「何だそれは」
「分かりません。確認をお願いします」
隊長と呼ばれた男性はそれを受け取り、蓋を開けて臭いを確かめ始めます。
すると、カッと目を見開き、私を睨みつけてきました。
「……これをどこで手に入れたか、答えなさい」
「それはお客様の落とし物で」
「嘘を吐くな!!」
突如、人が変わったように声を荒げた隊長の男性に、思わず私は身を竦めてしまいました。
そんな私に、彼は声を一段階低めながら告げます。
「これは恐らく、クダリタケから抽出された調味料です。一昨年の発表で有毒成分が多量に含まれていることが判明し、使用を禁止されているものですが……。詳しく話を聞かせていただきますよ?」
「えっ、きゃあ!?」
ぐいっと腕を掴まれ、そのまま外へ連れ出されそうになりました!
体重を後ろにかけて抵抗を試みるも、男性の力に対して魔法を一切使っていない今の状態では敵うはずもなく、グイグイと引っ張られてしまいます。
「シルヴィ!?」
「お姉ちゃん!!」
「ちょっとどいて! 放しなさいよ! シルヴィを連れていかないで!!」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
後ろからレナさん達が私を取り返そうとしてくださっているようにも見えましたが、体格のいい彼らの鎧の前では、同じく魔法を使わない状態では力負けしてしまっているようでした。
やがてしびれを切らしたレナさんが「このっ……!」と魔力を込めて殴りつけようとした気配がありましたが。
「暴力で解決させたいのなら好きにしなさい。ですが、その場合は君も罪人となることを覚悟しておきなさい」
「ぐっ……! 罪人罪人って卑怯よ!! シルヴィは何もしてないのに!!」
「彼女が罪を犯したか否かは、これからの調査で分かることです。連れていけ」
「はっ!!」
「痛っ! は、放してください! 私は本当に何も知りません!!」
「抵抗するな! 早く歩け!!」
「レナさん! エミリ!!」
「シルヴィ! シルヴィー!!」
「やだぁ! お姉ちゃん連れていかないで!! お姉ちゃーん!!」
私達の抵抗も虚しく、私は半ば晒し者のような形のまま、ルサルーネ中央区にある治安維持局まで連行されてしまうのでした。




