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575話 暗影の魔女は笑わない

 案の定閉店後にエルフォニアさんに怒られた私は、保存していた写真を細かくチェックされている間、彼女の前で正座させられていました。

 パシュッ、パシュッ、とウィズナビから聞こえてくる写真を削除する音に肩を落としていると、操作を続けたままの状態でエルフォニアさんが口を開きました。


「あぁそう。ここに来た理由なんだけど、別にあなたの開店祝いだけじゃないのよ」


「と言いますと?」


「去年のこの時期に技練祭があったの覚えているかしら」


 言われてみれば、まもなく六月に差し掛かろうとしています。

 去年の今頃は確か、レナさんと出会って少ししたくらいの時期だった気がします。


「今年もあるのですね、技練祭」


「えぇ。総長からも、あなた達に出欠確認をしてくるよう言われているの」


 エルフォニアさんは「だけど」と続けながら、足を組み替えました。


「この店を開けている期間と丸被りしているし、今年は難しそうね」


「そうですね……。確か去年は、技練祭が開かれたのは六月の上旬でしたから、時期が変わらないとなると、まだここを離れる訳にはいかないと思います」


「なら、そう伝えておくわ。初年度とは違って、翌年以降の参加は基本は自由だから」


「すみません。よろしくお願いしま――わっ」


 ひょいっと放り投げられたウィズナビをキャッチし、早速保存していた写真を確認するも、エルフォニアさんとの写真は綺麗に消されてしまっていました。

 全て消すことは無いですのに……と悲しむ私に対し、当の本人は我関せずと言った様子でお茶を一口啜ります。


「あんたさぁ、どうしてそう愛想がない訳? 師匠の人にもあんな感じだったし」


 見かねたレナさんがモップを片手にそう質問を投げかけますが、エルフォニアさんの回答は淡泊なものでした。


「愛想を振りまく必要がないからよ」


「そんなんじゃいつか、誰からも相手にされなくなるわよ」


「死ぬわけじゃないもの。必要ないわ」


「うわ、出た……」


 心底引いている様子のレナさん。

 ここまで露骨ではありませんが、私としても、レナさんの気持ちが分からない訳でもありません。


「エルフォニアさん。確かに愛想を良くしなければ死ぬと言う事は無いかもしれませんが、それがきっかけでトラブルになると言う事も無いと思いますよ?」


「不快なら力づくで来るでしょうし、どちらが上かを示せば二度とトラブルも起きなくなるわ」


「なんでこう、力のあるタイプって分からないのかしらね……」


 深く溜息を吐くレナさんに、私も内心で同意してしまいます。

 メイナードの時もそうでしたが、彼や彼女が持っている力が強すぎるせいで、他者への理解を求めずとも生きてこられてしまっていたのでしょう。

 かと言って、それを持ち出せば間違いなく「他人を必要とするのは力がないからと言えないかしら」と返されてしまう気がします。


 どうしたら分かってもらえるのでしょうか……。


 そう悩んでいた時、唐突にエミリがエルフォニアさんへ声を掛けました。


「エルフォニアさんは、人が嫌いなの?」


「嫌いでは無いわ」


「じゃあ笑おうよ! わたし、エルフォニアさんの笑顔好きだよ?」


 そう言って、まずは自分から笑顔を見せるエミリに、エルフォニアさんは驚いたように目を見開きました。


「エミリちゃん……」


「ティファニーも言ってたよ! エルフォニアさんはいつも表情が変わらないけど、笑うと可愛いって!」


 その言葉に、私とレナさんの視線がエルフォニアさんへと向けられます。

 それに対し、本人はと言いますと。


「…………」


「ちょっ!? 無言で睨みつけてこないでよ! あんたのそれ怖いんだって!!」


 本気ではないと思いたいのですが、殺意の籠った目で私達を睨みつけてきました。

 たじろぎそうになってしまうのを抑えながらも、私もエミリに同意することにします。


「エミリの言う通り、もう少し笑ってみてはどうでしょうか。そうすれば、多少は近寄りがたい雰囲気も緩和されるかもしれませんし」


「そう」


 彼女はそう言うと。


「……こうでいいかしら」


「全然良くないわよ!?」


 まるで悪者のような、若干恐怖心を煽る笑みを浮かべながら私を見下してきました!

 その後も、何度か笑顔の練習をしていただきましたが、一向に良くなる気配はなく、最早わざとなのでは無いかと思えてしまい始めて来た頃、レナさんが溜息を吐きながら匙を投げてしまいました。


「もういいわ。あんたに笑顔なんて期待できないってよく分かったし」


「随分と勝手な言い草ね」


「あんたが下手くそ過ぎるのよ!!」


 クワッと牙を剥く勢いで反発するレナさんに、エルフォニアさんは応じることなくお茶を啜ります。

 思い返してみれば、エルフォニアさんの笑顔は私も片手で数えられるくらいしか見たことがないような気がします。

 シリア様に合う前の私のように、笑顔の作り方が分からないという訳では無く、ただそうする必要がないからと言う事で笑顔を浮かべないエルフォニアさんの心理は分かりかねますが、エミリやティファニーにも笑顔を見せてくださっていたのですから、必要な時や自然に零れる時には笑みを浮かべてくださるのでしょう。


 かなり不器用な方だとは思いますが、それはそれでエルフォニアさんらしさなのかもしれません。

 ……それはそうとして、他のお客さんに圧を掛けるような真似は止めていただきたいのですが。


「はぁ~あ。もう帰りましょシルヴィ、エミリ。コイツに笑顔なんて絶対無理よ」


「あなたが帰ったら笑ってるかもしれないわよ?」


「性格悪っ!! 一人で笑ってなさいよ!」


 キッと睨みつけ、やや足音荒く二階へ登ってしまうレナさんを見ながら、エルフォニアさんが小さく微笑んでいたのは見なかったことにしてあげましょう。


「それではエルフォニアさん。私達はそろそろ帰りますね」


「えぇ。お邪魔したわ」


「また来てねエルフォニアさん!」


「その内また、ね」


 エミリを優しく撫でて、入り口に向かいながら影に溶けていく彼女を見送り、私達も二階へと上っていくのでした。

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