18話 魔女様は不審者と遭遇する
愛する夫のために決勝戦への出場権を放棄して帰ってしまった、マレリアの代理人が見つかったそうです。
ですが、その代理人の姿は非常にアレなもので……?
お昼休憩を終えた私達は、再び技練祭会場内へと戻りました。
観客席も既に八割以上の人が戻ってきているようで、私とレナさんの帰還を見ては歓声を飛ばしてきています。
やがて観客も全員戻ってきたようで、出場者である面々を確認した司会の方が、拡声器を手に進行を再開させました。
「皆さま、お待たせいたしました! それでは第百二十一回技練祭、決勝トーナメントを改めて執り行いたいと思います!! 補充が必要になってしまったシルフブロックですが、無事に出場者を確保できましたのでご紹介いたします! 【神出鬼没の双翼】のお二人です、どうぞー!!」
司会の方が後方を示すように腕を振るいますが、彼の背後には誰かいるようには見えませんでした。
周囲からも少しずつざわめきが生まれ、マレリアさん同様に急用で帰られたのではと思っていると、よく見ると小さな影がクルクルと動き回っているのを見つけました。
まさかと思い上空へ顔を向けると、そこには――。
「はーっはっはっはっはっはぁ!!」
マントをはためかせながら、ムササビのように宙を滑空している怪しい人の姿がありました。それも一人だけではなく、二人分です。
「な、何あれ……」
隣でレナさんが凄い顔をしていました。
その顔を例えるなら、メイナードがよく分からない魔獣の死体を持ち帰ってきた時のぎょっとした顔に似ています。
呆然と上空を見上げている私達を笑っていたその人は、「とぉう!!」という掛け声と共に突然飛び降りてきました。
そしてかなり上空から落下したというのに、ほとんど音を立てずに華麗に着地して見せたその人は、何故か顔を隠している目元のみのマスクを抑えながら斜め立ちするという、奇妙なポーズを取りながら発声しました。
「待たせたな諸君! 我こそは【神出鬼没の双翼】が一人…………ディル!!」
純白のマントをはためかせるその男性――ディルさんは、そう自己紹介すると口角をにやりと上げました。
全身を白と金色で装飾が施されている綺麗なスーツに、好印象を受ける爽やかな金髪のショートヘアなので、男性としては美形の部類に入りそうな気はするのですが、それらを全て台無しにするような奇抜なセンスのマスクのせいで他が霞んでしまっています。
それに、何でしょうか。なんとなくですが、森の筋肉自慢の皆さんに似た何かを感じてしまい、私個人としてはあまりお近づきになりたくない人として印象が付いてしまいそうです。
そんな私をよそに、上から降ってきたもう一人の男性が、ディルさんの横に並び立ちました。
その人は全身を深みのある赤で染められたスーツを身に纏い、燃え上がるような髪をオールバックスタイルにしています。こちらもこちらで、同じように独特のセンスが光るマスクをしているせいで、せっかくの決まっている服装が台無しになっています。
その男性もマスクを片手で押さえながら、ディルさんに背中を預けるような体勢で立ち姿を定めると口を開き始めました。
「……【神出鬼没の双翼】が一人、ハイド」
「我ら二人で一対の双翼! 人呼んで、【神出鬼没の双翼】なのだ!! はーっはっはっは!!」
誰に対して指を指しているのかすら不明なディルさんが、声高々にそう自己紹介をしてくださいました。
……私達、こんな変な方々と決勝トーナメントで戦わなくてはいけないのでしょうか。
いえ、変な方と言うのは流石に失礼でした。
こんな方々でも、決勝トーナメントの補欠に加えられるくらいの実力者。決して油断はしてはいけません。
いけないのですが……。
「あたし帰っていいかな」
「レナさん。私も少しだけそう感じていますので、我慢してください……」
「シルヴィですら引くって相当よあいつら。やばいでしょ……」
どうしても私達の士気が恐ろしい勢いで削られてしまいます。
これも、彼らの戦略の内のひとつなのでしょうか。
ちらりとエルフォニアさんの様子を窺うと、まるで興味が無いようで、腕を組んで目を閉じていました。
もう一人の参加者であるエイバンさんは、彼らを見ながら深い溜め息を吐いています。
そんな私達など気にも留めないかのように、ディルさんが再び変なポーズを決めながら言います。
「突然の欠員が出てしまったようだが、案ずることはなぁい!! 我らが双翼で、お前達全員を倒して見せよう!!」
「……はぁ」
良く見れば、隣の赤髪の男性――ハイドさんでしたか。彼も付き合っていられないと言わんばかりに嘆息していました。二人一組とは言え、テンションの違いに付いて行けていないのでしょうか。
ますますよく分からなくなってきましたが、どちらにせよ彼らと戦わなくてはいけない可能性は捨てられません。少しだけ気が重いですが、真面目に考えるようにしましょう。
気を引き締め直していると、少しだけ気まずそうな司会の方が声を上げました。
「あー、ええっと。シルフブロックからは、マレリアさんの代わりに彼らが出場いたします! これで全ブロックの出場者が整いましたので、改めまして決勝トーナメントの振り分けを開始いたします!」
司会の方がウィズナビと思われる端末を操作すると、会場の中央にある大型水晶板の画面が切り替わりました。
そこには、四匹の愛らしい黒の子猫が仲睦まじく遊んでいる光景が映し出されています。
「はあぁぁぁぁぁぁぁん!! 猫ちゃぁぁぁぁん!!」
レナさんが目を奪われ、両頬を押さえながら恍惚とした表情をしています。
た、確かに可愛いですがそこまで身悶えするものでしょうか……。
レナさんの奇行にちょっとだけ引きながら、改めて画面を見直します。
画面の中で遊んでいる黒猫に対し、口笛のような音が発されたかと思うと、遊んでいた子猫が全員こちら側を向いて立ち上がり、我先にと駆け寄ってきました。
これは一体何なのでしょうか……。と画面を見つめていると、よく見れば一匹一匹に色の異なる首輪が付けられているのが分かりました。
色は合計四色で、赤、青、緑、黄色です。
もしかしたら、画面手前側に到着した子猫が着けている、首輪の色に対応したチーム分けになるのでしょうか。
そう考えている内に、一匹の子猫が画面手前側にいたらしい人の腕に抱え上げられました。
カメラで拡大されたその子の首には、青色の首輪が付いています。
そして、それに続くようにもう一匹も抱き上げられ、そちらの首輪の色は赤でした。
画面の様子を見守っていた司会の方は、再び拡声器を手にして高らかに宣言します。
「お待たせいたしました! それでは、決勝トーナメント第一回戦。対戦となるのは……【森組】と【暗影の魔女】エルフォニアー!!」
やはり、色に応じた振り分けだったようです。
初戦からエルフォニアさんと当たることになり、私の中に緊張が走ります。
次期大魔導士候補と呼ばれ、魔導連合の魔女達からも一目置かれているほどの人物。
そして前回の優勝者であり、圧倒的な力を見せつけて出場者を全員、一瞬で屠ったと言われる名実ともに最強に近い存在。
そんな魔女である彼女に、私達はどこまで対抗することが出来るのでしょうか……。
不安な気持ちを胸の奥にしまいながら、そっとエルフォニアさんへと視線を向けた瞬間でした。




