570話 魔女様のお店は大繁盛
サティさん達が来た翌日。
今日の開業準備に取り掛かろうと二階に転移してきた私達は、信じられない光景を目撃することになります。
「な、何これ……?」
「うわぁ~! すっごく並んでるね!!」
二階の窓越しに見える入り口前には、開店前にも関わらず、既に十人以上の方々が待機列を作っているのです。
昨日まではあり得なかったその光景に絶句していると、私の視界の端で、並んでいる方々が本のようなものを片手に並んでいるのが見えました。見た感じ、何かの写真が散りばめられているようなページなのですが、あれは何でしょうか……。
そう思っていたところへ、私のポケットから魔力反応を感知しました。
取り出してみると、レオノーラと連絡を取ることができるペンダントからでした。
「はい」
『おはようございますシルヴィ! 貴女の特集、見ましてよ!!』
「特集?」
『サティズ・グルメですわ! 取材されていたのでしょう!?』
サティズ・グルメ。確か、昨日サティさんが見せてくださった、彼女が編集しているグルメ雑誌だったはずです。
「はい。取材は受けましたが、昨日だったはず……」
『まぁ! では駆け込みで特集していただけたのですね! 幸運ですわ!』
「まさか、昨日の今日でもう雑誌に取り上げられているのですか!?」
『えぇ! 貴女のこと、“美麗な魔女が作る絶品料理!”と書かれてましてよ! あとで私も行きますので、とびきりのトンカツを用意してくださいませ!!』
「わ、分かりました……」
その返事を最後に連絡は途切れてしまいました。
まさか、こんなにも早く雑誌に取り上げていただけるとは思っていなかったため、現実を受け入れられずぼーっとしてしまう私に、レナさんがパシンと背中を叩いて来ました。
「何ぼーっとしてんのよシルヴィ! 早く準備するわよ!」
「そうですね。もう並ばれていますし、少し早めですが開店してしまいましょうか」
「よーし、今日は頑張るわよエミリ!」
「おー!!」
バタバタと更衣室へ駆け込み、早速レナさん達が着替え始めます。
私も気合いを入れて、着替えに向かうことにしました。
「すみませーん、注文いいですかー?」
「はーい、ただいま!」
「お姉ちゃん! トンカツ三つ、ワイン煮一つだって!」
「分かりました!」
開店から早三十分が経過した店内は、既に満員に近いほどの賑わいを見せています。
ホールで注文を取り、お皿を下げたり配膳をしているエミリとレナさんが忙しそうにしているのもそうですが、厨房側も今日は大忙しです。
「ニャッ!!」
「ありがとうございます。続けて、ワイン煮の下準備をお願いできますか?」
「ニャニャ!」
「あ! 青さんは先にお皿をお願いします! もうそろそろ置けないと思いますので!」
「ニャー!」
可愛らしい猫のゴーレムも忙しなく動き回り続ける中、私も息を吐く暇もないほどの同時作業が求められ続けていました。
三つのコンロではそれぞれ、ステーキとワイン煮が。熱された油鍋の中には、トンカツが音を立てながら揚げられているのを適宜確認しつつ、切っていただいた野菜や茹で野菜を手早くお皿に盛りつけていかなければなりません。
さらに、先ほどからライスの注文も途切れないため、追加の分を蒸し上げる必要もあり、忙しい時の診療所並みの集中力を維持し続けるのは中々に大変です。
「お姉ちゃん! 新しいお水欲しい!」
「ちょっと待ってください……はい、お待たせしました!」
「ありがとう!」
「シルヴィ! アイスケーキ入ったわ!」
「食後で大丈夫ですか!?」
「食後でいいわ!」
「分かりました! では、ボードに貼っておいてください!」
「了解!」
カウンター横に用意しておいた“後出しメニュー”のボードに伝票を貼っていただき、頭の片隅にアイスケーキを作ることを控えて料理に戻ります。
満足サラダとグリルソーセージ、あと野菜スープとロングパン。これでワンセット。
続けて、バイソンのステーキを二人前とスティックサラダ。そして焼いたチーズブレッドでワンセット。こちらは汁物はいらなかったはずです。
「レナさん、提供お願いできますか!?」
「もちろん! えーと、おっけー。二番テーブルに持ってくわ」
「お願いします」
レナさんに運んでいただく傍らで、私自身もカウンター席で待っている方へ料理を提供します。
「お待たせいたしました。グリルソーセージと満足サラダ、野菜スープとサイドセットのロングパンです」
「ありがとうな」
魔族の男性は私に笑いかけ、料理を見て「美味そ~!」と歓声を上げます。
そんな彼に微笑み返していると、後ろから私を呼ぶ鳴き声が聞こえてきました。
「あぁ、すみません! ……ありがとうございます、おかげで焦がさずに済みました」
「ニャッ!」
トンカツを油から掬い上げ、しっかりと油を切ってからまな板に載せます。
サクッ、と包丁越しからでも伝わってくる丁度いい揚げ具合を確認しつつ、断面の温度を指先で確かめます。
「熱っ」
少し熱かったですが、しっかり熱は通っているようです。
近くに置いておいた布巾で指を冷まし、お皿にトンカツとキャベツを盛りつけ、ソースを添えて完成です。
レナさん……は注文を取っているようなので、エミリにお願いしましょう。
「エミリ、提供お願いします!」
「分かった!」
「危ないので一つずつ持って行ってくださいね」
「はーい!」
トンカツの乗ったトレイを慎重に運び、テーブル席まで届けたエミリは、満面の笑顔を咲かせながら到着を告げました。
「お待たせしました! トンカツセットです!」
「「か、可愛い……!!」」
その顔はあまりにも可愛らしく、私までお客さんと一緒になって口元を押さえながら悶えてしまうほどでした。
あぁ、エミリ! ペルラさんのところでお手伝いをしながら、いつの間にかそんなにアイドルさながらの笑顔を咲かせられるようになっていたのですね! 姉として大変誇らしいです!! あなたは最高の妹です!!
「シルヴィ、お客さん待ってるから帰ってきてー」




