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569話 魔女様はトンカツを作る

「お待たせしました。こちらがトンカツです」


「こ、これは……!?」


 レナさんに言われた通り、トンカツを作ってみました。

 これはレナさんが特に好きな一品であったため、こちらでも需要がありそうならと言う事で用意しておいたものですが、残念なことにこの“ルサルーネ”の街では揚げ物料理をあまり見かけず、街の人からの人気が無いのではと思ってしまい、メニューに掲載しなかったのです。


 やや肉厚な豚肉は、ネイヴァール領で丹精込めて育てられている上質なものを使わせていただいていて、サクサクの黄金色の衣を纏ったそれを切り分けた時、あまりにも柔らかな肉感に驚きの声を上げたのが記憶に新しく残っています。

 それの付け合わせには、スピカさん達が作っているキャベツの千切りとレモンを。

 そして、トンカツだけでも十分な味わいではありますが、とっておきのトッピングとして、お手製のソースを小皿に沿えてお出ししています。


「し、シェフ。こちらは」


神住島(かすみじま)でのみ食べられている穀物で、お米と言います」


 レナさん曰く、「トンカツにパンとか無し! 絶対ご飯! あ、でもサンドイッチはアリよ!」とのことだったのですが、自分に出されたわけではないのに、隣で目を輝かせているレナさんを見る限り、この組み合わせで正しい物だったのでしょう。


 本来ならば、異世界の食器である“お箸”を使わなければならないとのことですが、あれはあまりにも使いづらい物であったため、今回はフォークとスプーンもセットにしています。


「お米、トンカツ……。私、グルメリポーターを勤めてそれなりのつもりでしたが、初めて見ました。早速いただいてしまっても?」


「はい。結構熱いので、お気をつけてお食べください」


「分かりました。では……」


 サティさんはおもむろにフォークに手を伸ばし、縦長に切り分けられているトンカツへそれを突き立てました。

 サクッ、という気持ちのいい音が鳴り、その音からこれから自身の口の中へ伝わる触感を想像した彼女の喉もゴクリと鳴ります。


 彼女はゆっくりとトンカツを口に運び、一口齧りつくと――。


「ふぉっ!?」


 謎の奇声を発しながら表情を輝かせ、食べる速度を一気に上げていきました。

 トンカツを食べては悦に浸り、スプーンでご飯を掬い上げては粒を観察してから頬張り、また幸せそうに顔を蕩けさせ、キャベツを大きく口に含んで嬉しそうな声を上げるその様子は、初めてトンカツを作ってみた日のレナさんそっくりでした。


「な、何よ」


「すみません。食べ方がレナさんに似ていたもので、つい」


「あたしだって、美味しい物を食べたらこんな顔になるわよ! もう……」


 そう拗ねてみせながらも、彼女はサティさんにソースも勧めます。

 ほうほうと頷いてトンカツの先をソースに染み込ませ、それを齧ったサティさんは、これまた頬を押さえながら美味しさを体全身でアピールし始めました。


 物凄い勢いでペンを走らせながらも、あっという間に全て食べ終えてしまった彼女は、カタリとフォークをお皿の上に置き、名残惜しそうな顔で両手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟きました。


「お粗末様でした。気に入っていただけたようで何よりです」


「……うぅ、ひっく……」


「ど、どうしたのですか?」


 突然泣き出してしまったサティさんにそう声を掛けると、彼女はぼろぼろと涙を零しながら答えました。


「わたっ、私ぃ……何てレビューしたらいいか、ぐすっ、分からなくなっちゃいました……! 私の言葉でなんて、失礼過ぎてぇ……!」


 何とも、情緒が激しく不安定な方です……。

 私としては、これまでレポートされていたお店と同じように、ありのままの評価をいただければと思っていたのですが。


 流石のレナさんも困惑してしまっているらしく、私に「どうすんのこれ」と言った顔を向けてきています。私もどうするべきか分からないので、私に聞かないでください……。

 訳が分からないながらも、とりあえず慰めようとエミリにいい子いい子されている姿を見つめていると、カランカランと来客を告げる鐘が鳴りました。


「お、良かった。ちゃんと来とったね」


 シューちゃんの声が聞こえた瞬間、サティさんはビクッと体を大きく振るわせ、凄まじい速度で椅子から降りてこれ以上ないくらいひれ伏し始めてしまいました。


「しゅっ、シュタール様!! も、ももも、申し訳ございません!!」


「え、何? 何でうち、土下座されとるん?」


 やや引き気味の彼女に敬意を伝えようとしましたが、私よりも先にサティさんが自分から説明しました。


「あ、ああああの、シュタール様のごっ、ご依頼で、シェフシルヴィのお店の食レポを引き受けさせていただいたんですけれども、その、私、こんな料理食べたことがなくてですね? それで、あの、何と言いますか、評価に困ると言いますか、ちょっと評価するのも失礼かなとか思ったり思わなかったりしてまして」


「ほんほん」


「けっ、結論から申し上げますと!!」


 ガバッと顔を上げた彼女の顔は、それはもう悲惨なくらい涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってしまっています。


「私なんかに、評価を下せません! 本当に申し訳ございません!! うえぇぇ~ん!!」


 またしても額を床に擦り付ける勢いでひれ伏し、泣きじゃくってしまうサティさん。

 そんな彼女の様子を見ていたシューちゃんは、「なるほどなぁ」と顎に手を当てながらしゃがみ込みます。


「なぁサティ?」


「すみませんすみませんすみません! 何でもしますからどうか、どうか殺さないでくださいぃぃぃ! まだ美味しい物食べたいんですぅぅぅぅ!!」


「阿保。こないなことで殺す訳ないやろ? それよりも、あんたの食レポ見してや」


「はいぃ……」


 頭は上げずにメモ帳だけを差し出されたシューちゃんは、それをパラパラと捲りながらうんうんと頷いています。時々、「ほーん」と言った感想が零れるくらいには、シューちゃんの興味を惹くメモが書かれているようです。


「うん、ええんとちゃう?」


「ふぇ……?」


「せやから、このまま書いてええんとちがうかって」


「で、ですがこれじゃあ、今までの評価が」


「ええやん。美味いも不味いも山ほどあるんやで? その中でずば抜けて美味いもんあったら、特別に星を増やしても文句言われへんやろ」


 それでも納得がいかない様子のサティさんに、シューちゃんは「ほんなら」と付け足します。


「うちが特別審査員したるさかい。あの領主も唸る絶品料理言うんやったら、あんたらも贔屓と言われへんやろ?」


「シュタール様、いいんですかぁ……?」


「ええよええよ。っちゅう事で、うちにもこのトンカツっちゅうんを作ってくれへん? この子泣くほど美味いんやろ? どないなもんが出てくるか楽しみやわぁ」


「分かりました。では、少し待っていてください」


「いつまでも待つでー! ほな、早う座りサティ! ここはあんたの家とちがうさかい!」


「はいぃ! すみませぇん!!」


「あ、シルヴィ! あたし達もお願いしていい? そろそろお昼も近いしさ」


「ふふ、ではお昼は皆さんトンカツにしますね」


「わたしも食べていいの!? やったぁ!!」


「ふっふっふ、エミリも泣いちゃうくらい美味しいわよ~?」


「泣かないよ!」


「どうかしらねぇ」


「エミリちゃんやなく、うちが泣いてまうかもなぁ!」


 後ろから聞こえてくる賑やかな会話に微笑みながら、私は自分の分も一緒に作ることにするのでした。

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