568話 グルメリポーターは大興奮
レナさん経由で注文が入り、まずはブレセデンツァ領内で多くの方々に親しまれているミノタウロスのワイン煮を、私流にアレンジを加えた“イノシシ肉のワイン煮”を提供しました。
「ほわぁ……! ミノタウロスではなくイノシシだと聞いた時は、これちょっと質落とし過ぎじゃないとか思ったりしちゃいましたが、これはこれで素晴らしい出来栄えですねぇ。芳醇なデミグラスソースの香りもさることながら、見ただけでお肉がほろりと溶けているのがよく分かりますよ」
この方、こんなにも饒舌になることができるのですね。
時々、シリア様から昔の旅の話を聞いていた際に何度か出てきた、仕事になると人柄が豹変するタイプの方なのかもしれません。
パシャパシャと様々な角度で写真を撮り、メモ帳の上で忙しくペンを走らせながらレポートを書いていたサティさんは、「それでは早速」とスプーンを手に取りました。
まずはデミグラスソースの質感を確かめることにしたようで、スプーンで救いあげたソースをわざとお皿に垂らすように戻し、その滑らかさと香りを楽しみます。
「ふむふむ。思った通り、サラサラ系のいいソースですね。当ブレセデンツァ領でもワイン煮に使うデミグラスソースは結構流派がうるさいのです。どろりとしたソースこそが肉に合うと主張する方々と、蕩けるお肉にはサラサラとしたソースこそが相応しいと引かない方々で日夜しのぎを削りあっているのですが、魔女様はサラサラ派に属するタイプの料理人なのですね」
「そ、そうなのですね……。魔王城で働いていた方々もこのソースを使われていたので、私も採用させていただいた経緯になります」
「まっ!? 魔王様ともご面識があるのですか!?」
カターン! とスプーンをお皿に落としてしまうほどの衝撃であったらしく、サティさんは驚愕に目を剥いて私を見てきました。
「色々ありまして、今では私的な付き合いをさせていただいてます」
「うわあぁぁぁぁん……! 無理ですぅ、こんなのレポートできないですぅ……! 魔王様と懇意の仲であるお客様をランク付けするなんて、本当に殺されてしまいますぅ……!」
いくらレオノーラでも、それで処刑するようなことは無い気がしますが。
大粒の涙を流しながら「死にたくない、帰りたい」と言い始めてしまったサティさんを何とかなだめ、まだ情緒が不安定ながらも食事に手を付けていただくことに成功しました。
「ぐすっ、ぐす……いただきます……」
それでも、しっかりとお肉と共にソースを口に運ぶあたり、サティさんは本職のグルメリポーターなのでしょう。と内心で微笑ましく思いながら見守っていると。
「むぐっ!?」
そんな声を上げながら、サティさんはスプーンを咥えたまま目を大きく見開きました!
「だ、大丈夫ですか!?」
「サティ、吐き出してもいいのよ!?」
エミリまでもが吐き出すための小皿を持ってきて心配する中、彼女はスプーンを口からするりと抜き出し、今度は瞳を閉じて咀嚼をし始めます。
美味しくなかった、お肉が噛めずに飲み込んでしまったという訳では無かったらしく、とりあえず大丈夫そうだと揃って安堵の息を吐いていると、咀嚼を終えたサティさんが静かに立ち上がりました。
「さ、サティさん……?」
彼女はそのまま、ゆらゆらと私の下へ歩を進めてきます。
その様子に思わず後ずさってしまうも、逃がさないと言わんばかりにがっしりと手を握りしめられてしまいました。
「魔女様! いえ、シェフ!!」
「は、はい!」
勢いよく顔を上げ、レナさんと大差ない視線の高さから私を見上げてくる彼女の瞳は、それはもう大変煌めいていました。
「どうやって作ったんですかこれは!?」
「え?」
「今まで数多のワイン煮を食べてきましたが、これほどの逸品に巡り合えたのは数年ぶり――いえ、下手したら三ツ星以来かもしれません!! これはとんでもない料理です! 事件です!!」
「じ、事件……?」
彼女はぱっと私から手を離すと、お皿を持ち上げて私の前でそれを見せつけてきます。
「このイノシシの肉、私の推測が正しければワイルドボアでしょう。その肉は硬質で筋肉質なことから筋張った触感が独特であり、さらに言えば臭いのえぐみもあるため食用には向きません。それなのに、それを見事に改善して食用として運用し、蕩けた触感の中に癖になりそうな噛み応えを残して見せた。これはもう、食の革命兵器です!!」
どうしましょう。彼女の言葉があまりにも早口すぎて、半分以上聞き取ることができませんでした。
聞き返すのも失礼ですし、なんと誤魔化しましょうかと考えている私を他所に、サティさんの興奮はまだまだ続いています。
「シェフが学んだという魔王城の料理は、魔族領の中でも一位二位を争う腕を持つ料理人がひしめく戦争地帯の中で生み出されているものです。しかし、それを親しみのある庶民派の味に落とし込むことで、ほっとする味わいの中にちょっとした高級感を忍び込ませていた……!」
最早私達の反応など気にしていないかのように、食べた感想を述べていくサティさん。
とりあえず、零してしまうと勿体ないので座っていただこうかと口を開きかけた私へ、彼女は再びずいっと料理を見せつけてきました。
「これは最早、魔法に掛けられたとしか言いようがありません! 食べた人が幸せになってほしいという一心から、愛情という魔法でじっくり煮込まれた至高の逸品……!! あぁ、やはり魔女は恐ろしいです!!」
これは褒められているのでしょうか。それとも、恐れられているのでしょうか。
もう何と返せばいいのかまるで分からなくなってきましたが、彼女は最初から私からのリアクションを求めていなかったようで、そそくさと席に戻ると残りをぺろりと平らげてしまいました。
「ふぅ! これは文句無しの星三つですね! 初手でこれとなると、後が怖いですね!」
そんなことを言いながら、彼女の顔に書いてあるのは“次はどんなものを食べさせてくれるのですか!?”と、期待に満ちているものでした。
「ど、どうせならさ? 変わり種も食べてみない?」
「変わり種と言いますと?」
「出来上がってからのお楽しみってことで。シルヴィ、アレ作ってもらえない?」
「アレですか? 流石に、この土地の方の舌に合うか分かりませんが……」
「シェフ独自の地方料理ですか!? ぜひお願いします!!」
「わ、分かりました。では、作ってきますね」
グルメリポーターと言う方は、皆さんあんな感じなのでしょうか……。
背中に突き刺さる期待の視線を受けながら、私はレナさんの世界の“和食”を作ることにしました。




